加藤晴明さん
たらたらと車を走らせていると、日の入りの時間まで、あまりないことに気がついた。
ちくしょう、高速道路だってのに低速運転してたからか!?と、自虐を心で呟くも、どうにもならない。
晴明は、車のスピードを上げた。
20分程で、目的の出口に到着。そこで晴明は思い出した。今回は、時間がかかる料金制なのだ、と。
くそっ、レンタカーにもETCくらい着けとけよ。腹の中で怒鳴ってみるが、苛立ちは解消されなかった。
順番がやってくる。財布を開ける。小銭が少ない。ほとんどお札ばかりだ。
「くそっ。」
今度こそ口に出した。
「料金は1480円です。」
千円札を2枚渡し、釣り銭を受け取る。そんな時間さえもどかしい。ようやく釣り銭が返ってくると財布に放り込み、晴明はアクセルに足をかけた。
さあ、早くバーを上げてくれ。早く。早く。
バーが上がる。晴明は、アクセルを踏み込んだ。
ここから夕焼けスポットまでは、あと少しだ。
車は次々と見慣れない民家を通り抜けていく。
この道の先。この道の先に、茜に見せたい景色があるのだ。
俺はそこに、行かねばならん。晴明は、強い使命感に駆られている。
道はまっすぐに続いている。先が下り坂になっているせいで、その果てを見ることはできない。
先を走る車が、見えなくなった。対向車はない。走っているのは晴明と茜だけだ。車は進んでいるのに、終わりが見えない。
進む。ずんずん進む。
あった。下り坂だ。
ここを下ってすぐにある上り坂。上りきって左に曲がれば、あるのだ。あの夕焼けが。
晴明は下り坂を下る。小さなトンネルに入った。10秒ほどで抜けると、上り坂。ぐんぐん上る。ああ、あとは曲がるだけだ。少しずつ、見えてくる。切り立った崖と、木でできたベンチ。
ここだ。こここそが。
「着きましたよ。」
晴明が、茜に声をかけた。
「はい?」
茜は寝ている間に状況を忘れでもしたのか、呆けた顔をしている。
しかし、やがて思い出し、
「どこですかここ?」
と聞いた。
ここは。
「ここは、夕幻崖というところです。
その名の通り、夕焼けが凄く綺麗なんです。ほら。」
晴明が声をかけると、茜は上体を起こした。
「うわ〜!」
茜が一際大きな歓声を上げる。
「降ります?」
と、晴明が声をかけた。
はい!茜は元気良く言った。体を捻り、ドアの方へ向けるが、降りようとはしない。どうやら、晴明が助手席のドアを開けないと、降りられないと思っているらしい。晴明が、助手席のドアを開けた。しかし、これまた茜は降りられない。
「シートベルト。」
と、晴明は笑いながら肩の辺りをとんとんと指差した。茜ははにかみながらシートベルトを外し、勢い良く車を降りる。そして、ガラス越しでなく直接見るその夕焼けに、ますます興奮した。
晴明は、目的も忘れて夕焼けを見ている。
思っているよりも、太陽が大きかった。そして、赤い。メラメラと動いている。
「加藤さん、見て、大きなトマトみたい!」
晴明ははっとした。
今、茜は俺のことを、「加藤」と呼ばなかったか。それに、この感想は、『木枯らし』と同じだ。
「晴明さん?」
反応のない晴明を不審に思ってか、茜が声をかけた。晴明はそれに我に返る。
あ、ああ。と、気の抜けた返事をした。
俺は、加藤なのか?晴明なのか?分からない。俺は彼女の何なんだ?
確かに、小説の中で茜を連れてきたのは加藤だ。しかし、ここにいるのは、晴明だ。
俺は、何?作者なのか、彼氏なのか。
晴明はますます分からなくなった。
ただ茜は小説の出来事を、なぞり続けている。