表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
1/59

ピンポンダッシュ

「まったく、何だってんだ……。」

  晴明(はるあき)は舌打ちをして呟いた。

  彼は今、アパートのドアを力(まか)せに閉めたところである。


  三十路(みそじ)に差し掛かった晴明は、同年代の男に笑われるほど(ひげ)をぼうぼうに伸ばし、毛玉だらけのスウェットに袖を通し、やせぎすだった。

 それには訳がある。彼はここ何日か、飲まず食わず―とはいかない。水道水は、意外と旨いのである―で、髭も剃らず、風呂にも入らず、着替えはおろか洗濯もしていないのである。別にこれは、アパートの共同洗濯機が壊れている(など)ということは関係ない。

 問題は彼にあるのだ。


  晴明は、背骨が不健康に曲がった小説家である。

  特に賞をもらったでもないが、2,3か月に一度は、神経質な字のファンレターがくる。その程度の人気である。

 そして、彼はスランプに苦しむ小説家でもある。彼はもとより遅筆(ちひつ)であったが、現在はそれに拍車がかかって―というよりも、止まっていると言った方がいいのかもしれない―いるのだ。担当の(ひいらぎ)にもたしなめられ、家賃滞納の日々である。

「頼みますよ、鳴海(なるみ)さぁん。ミステリー作家じゃああるまいし……。」


 彼は、いらついている。理由はそれに合わさって毎日のようにある、このピンポンダッシュである。


「ピンポーン」

 高らかに鳴り響いたならば、晴明はすわっ、と立ち上がり、積もり積もった(ほこり)を吹き飛ばしながら、ドアへと猛然と進む。おまけに体重を右腕に乗せながらドアノブを(ひね)る。

  するとそこには……誰もいないのである。


  何者か。

  晴明はここで、幽霊だなんだと騒いでびくつくような男ではなかった。

  全く、暇なやつもいるもんだ……と、同情してやる、優しい―晴明は昔、雛鳥(ひなどり)を助けたこともある―男なのである。


  夏の盛りの火曜日、晴明はうちわをパタパタやりながら思い付いた。

  そうだ、ドアの前で待っといて、チャイムが鳴った瞬間に開けてやろう。そうすりゃ、暇も潰せるというもの……。

  晴明は、暇な男である。


「ピンポーン」

  一週間後、待ちに待った瞬間。

  晴明は、ドアノブを60度捻った。晴明の視界に、少しずつおんぼろアパートの廊下が見えてくる。

「あれ?」

  そこにいた―正確にはあった―のは、一冊の本であった。 タイトルは「木枯らし」。晴明のデビュー作である。

  ファンレターならまだしも、本を突っ返してくるとは変なやつだな?

 

 晴明は、首を10度捻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ