8話
憂国さんと共に駅前を歩く。
俺達が住んでる町は霧沢市と言う。
都市化してる部分とそうでない所の差が激しい、二面性を持つ特殊な町だ。
霧沢女学院の学校名はここから取っている。
何でも学校運営者の中に、市の関係者が居るらしく、その影響だと言う噂が流れているのだが、真偽は分からないし別にどうでもいい。
とにかく、今はその霧沢市の都市化方面にある駅前で、俺は憂国さんと二人で歩いてる。
そんなある種の異常事態に、俺は緊張しっぱなしだ。
しかも彼女は美人だから、やたら目立つ。
ただ歩いてるだけで、俺と同じような冴えない男共の視線を釘付けにしていた。
同時にひそひそと囁かれる。
どうして俺みたいな奴と並んで歩いてるのかと。
すみません、俺自身も分かりません……
「……なんか、凄い見られてるね」
「気にしないで……というのも酷ね、ごめんなさい」
「そんな、憂国さんは悪くないよ」
本気で申し訳無さそうな表情になる憂国さん。
俺は馬鹿か。
折角誘ってもらったのに、気を使わせるような事を言って。
これだからいつまで経っても童貞なんだ。
「憂国さんは、何処か行きたい所はある?」
「私は余り……男の人と二人で歩くなんて、初めてだから」
少し照れながら言う憂国さん。
ど、どうしてまたそういう萌える言い方を!
俺の中の男が燃え盛る。
何とかしてリードしなければ。
「……あの、俺もこういうの初めてなんだ。だからその、変に緊張しちゃって……はは、似てる、かな」
口を開くも、こんな事しか言えなかった。
恥ずかしさが込み上げてくる。
しかし彼女は、くすりと笑ってくれた。
「ふふ、ありがとう……優しいのね」
「優しいって、大袈裟な……」
「私が慣れてないって言ったから、そう言ってくれたのでしょう?」
気持ち距離が近くなる。
艶やかな黒髪が視界に入り、ドキリとしてしまう。
女性特有の香りが鼻腔をくすぐった。
女の子って、こんな良い匂いがするのか……?
そりゃ匂いフェチなんてのが生まれる。
原罪の一つとして数えた方がいい。
なんて変態的な事を考えてながら進んでいると、憂国さんがとあるカフェテリアを見つけて指差す。
「あそこ、入ってみない?」
断る理由なんて無い。
俺は快く了承した。
カフェテリア・シエル、それが店の名前だった。
シエルって確か、風って意味の言葉だった筈。
外観は静かな雰囲気をイメージさせている。
ふむ、憂国さんは余り騒がしいのは好みじゃないのかも。
しっかりも覚えておく。
俺も静かな方が好きだ。
単純に学校のやかましい連中が嫌いなだけかもしれないが。
「いらっしゃいませー、二名様ですか?」
「あ、はい」
「あちらの席はどうぞー」
店内へ入る俺と憂国さん。
カランコロンと鈴の名が鳴る。
女性店員がやって来たので、二名ですと伝えた。
空いていたので、待つ事なく席へ案内される。
強張りながら席に座る……当然、目前の座席には憂国さんが腰掛けているのだが、自分でも信じきれないような気分になってしまう。
女の子と一緒に店に入る。
仮想世界なら何度か経験したけど、あれはゲームだ。
アバターという仮面を被っているから、外見的なコンプレックスも基本、プレイヤーは抱かない。
だからこそ、そういう事が出来た。
しかし現実は違う。
ドギマギしながらメニュー表を見た。
正直、今は何を口に入れても味なんて分からない。
そうだな……少しでも気を律する為、コーヒーでも頼むか。
コーヒーはいつもブラックで頼む。
砂糖やミルクを入れるのは好みじゃない。
それなら最初から甘い物を頼みたいと考えてしまうのだ。
「えと、俺は決めたけど、憂国さんは?」
「私も決めた、注文しましょう」
店員さんを呼んで注文する。
憂国さんは紅茶を頼んでいた。
勝手なイメージだが、凄く合っている。
「……」
「……」
注文したものが届く間も時間は過ぎる。
しかし、お互いに無言だった。
俺はソワソワしながら視線を右へ左へ。
くそう、何を話していいのか分からない。
この前会話した時は、それなりに話せてた。
だけど、一度デートかもと意識してしまった所為で、上手く口を開く事が出来ない。
周囲の音が、物凄く遠くの音のように聞こえる。
視界には憂国さんしか入ってない。
意識すれはする程、喉が渇く。
俺は意を決して、口を開いた。
「憂国さんは、好きな事とか、あるの?」
言って後悔する。
なんて馬鹿な事を聞いてしまったんだ。
好きな事くらい、誰にでもあるだろう。
と、思っていたらーー予想外の回答が返ってきた。
「……無い」
「え?」
「何にも無い。興味はあるけど、好きになれない」
悲しいそうな顔をしながら、彼女は言った。
好きな事が……無い?
そういう人も、いるのか?
「君は? あるのかしら、好きな事」
「そりゃ勿論、あるさ……ゲーム、だけど」
少しだけ言い淀む。
好きな事がゲーム……余り好印象は抱かないだろう。
しかし、俺には本当にそれしか無い。
俺からゲームを取ったら、残るのは大半の時間を無為に過ごした、愚かな学生でしか無い……だから。
だから、隠さず正直に言った。
ゲームは俺の人生そのもの。
それが否定されるのなら……受け入れよう。
「へえ、ゲーム……得意なの?」
「う、うん」
「羨ましい、好きな事を得意だって言える君が……」
「え」
苦笑いを浮かべながら、憂国さんは言う。
それは、想像していたどの反応でもない。
羨ましい……?
俺みたいな人間が?
「ど、どうしてそう思うの?」
すると、彼女はくすりと笑ってから言った。
「だって今の君の表情、凄く活き活きしてるから」
「あ……」
「本当に好きなのね、ゲームが」
コロコロと表情を変える憂国さん。
年相応の少女の笑みだ。
「ごめん、なんか一人でテンション上がっちゃって」
「そんな事無い。寧ろ、そういうのもっと聞かせて?」
「お待たせしましたー」
タイミング良く、頼んだ物が届く。
俺はコーヒーを、憂国さんは紅茶を手に取る。
ブラックコーヒー独特の香りに包まれながら、カップを口元へ運び一口飲む。
キリッとした苦味が舌を刺激する。
このくらい苦い方が丁度良い。
彼女も紅茶を一口飲んでから、言った。
「私、そういうの興味あるの。ゲームとか」
「意外だなあ」
「お父さんが厳しくてね」
成る程と合点する。
霧沢女学院に娘を通わせる父親の事だ。
きっと厳格な人なんだろう。
でも……
「お父さん、全然融通効かなくて。もう少し、優しかったら良いんだけど」
父親の事を話す憂国さん。
その顔は優しい色に染まっている。
それだけで、彼女が父親をどう想ってるのか、理解出来た。
「好きなんだね、お父さんのこと」
「……ええ、とても良いお父さんよ?」
「はは、憂国さんがそう言うなら、間違いないよ」
ズキンと、ほんの一瞬だけ心が痛む。
良い父親か。
俺の父親は……いや、今考えるべき事じゃない。
「ふふ、ありがとう……それで、君は普段、どんなゲームをプレイしてるの?」
「えーと、そうだなあ」
そこから先は俺が話し続けた。
普段プレイしてるゲームのこと。
昔ハマったレトロゲームのこと。
彼女はしっかりと、俺の目を見て聞いてくれた。
それだけで、凄く居心地が良い。
学校や家で感じる閉鎖感、孤独感が、今この瞬間だけは忘れれ事が出来た。
彼女と話すのが、とても楽しい。
その日は結局、夕方頃までカフェで話し合い、別れた。
また今度と、憂国さんはハッキリ言ったのだ。
次がある……その事実だけで、俺は小躍りしそうになった。