表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

8話

 

 憂国さんと共に駅前を歩く。

 俺達が住んでる町は霧沢市と言う。

 都市化してる部分とそうでない所の差が激しい、二面性を持つ特殊な町だ。


 霧沢女学院の学校名はここから取っている。

 何でも学校運営者の中に、市の関係者が居るらしく、その影響だと言う噂が流れているのだが、真偽は分からないし別にどうでもいい。


 とにかく、今はその霧沢市の都市化方面にある駅前で、俺は憂国さんと二人で歩いてる。

 そんなある種の異常事態に、俺は緊張しっぱなしだ。


 しかも彼女は美人だから、やたら目立つ。

 ただ歩いてるだけで、俺と同じような冴えない男共の視線を釘付けにしていた。


 同時にひそひそと囁かれる。

 どうして俺みたいな奴と並んで歩いてるのかと。

 すみません、俺自身も分かりません……


「……なんか、凄い見られてるね」

「気にしないで……というのも酷ね、ごめんなさい」

「そんな、憂国さんは悪くないよ」


 本気で申し訳無さそうな表情になる憂国さん。

 俺は馬鹿か。

 折角誘ってもらったのに、気を使わせるような事を言って。

 これだからいつまで経っても童貞なんだ。


「憂国さんは、何処か行きたい所はある?」

「私は余り……男の人と二人で歩くなんて、初めてだから」


 少し照れながら言う憂国さん。

 ど、どうしてまたそういう萌える言い方を!

 俺の中の男が燃え盛る。

 何とかしてリードしなければ。


「……あの、俺もこういうの初めてなんだ。だからその、変に緊張しちゃって……はは、似てる、かな」


 口を開くも、こんな事しか言えなかった。

 恥ずかしさが込み上げてくる。

 しかし彼女は、くすりと笑ってくれた。


「ふふ、ありがとう……優しいのね」

「優しいって、大袈裟な……」

「私が慣れてないって言ったから、そう言ってくれたのでしょう?」


 気持ち距離が近くなる。

 艶やかな黒髪が視界に入り、ドキリとしてしまう。

 女性特有の香りが鼻腔をくすぐった。


 女の子って、こんな良い匂いがするのか……?

 そりゃ匂いフェチなんてのが生まれる。

 原罪の一つとして数えた方がいい。


 なんて変態的な事を考えてながら進んでいると、憂国さんがとあるカフェテリアを見つけて指差す。


「あそこ、入ってみない?」


 断る理由なんて無い。

 俺は快く了承した。


 カフェテリア・シエル、それが店の名前だった。

 シエルって確か、風って意味の言葉だった筈。

 外観は静かな雰囲気をイメージさせている。


 ふむ、憂国さんは余り騒がしいのは好みじゃないのかも。

 しっかりも覚えておく。

 俺も静かな方が好きだ。

 単純に学校のやかましい連中が嫌いなだけかもしれないが。


「いらっしゃいませー、二名様ですか?」

「あ、はい」

「あちらの席はどうぞー」


 店内へ入る俺と憂国さん。

 カランコロンと鈴の名が鳴る。

 女性店員がやって来たので、二名ですと伝えた。


 空いていたので、待つ事なく席へ案内される。

 強張りながら席に座る……当然、目前の座席には憂国さんが腰掛けているのだが、自分でも信じきれないような気分になってしまう。


 女の子と一緒に店に入る。

 仮想世界なら何度か経験したけど、あれはゲームだ。

 アバターという仮面を被っているから、外見的なコンプレックスも基本、プレイヤーは抱かない。


 だからこそ、そういう事が出来た。

 しかし現実は違う。

 ドギマギしながらメニュー表を見た。


 正直、今は何を口に入れても味なんて分からない。

 そうだな……少しでも気を律する為、コーヒーでも頼むか。


 コーヒーはいつもブラックで頼む。

 砂糖やミルクを入れるのは好みじゃない。

 それなら最初から甘い物を頼みたいと考えてしまうのだ。


「えと、俺は決めたけど、憂国さんは?」

「私も決めた、注文しましょう」


 店員さんを呼んで注文する。

 憂国さんは紅茶を頼んでいた。

 勝手なイメージだが、凄く合っている。


「……」

「……」


 注文したものが届く間も時間は過ぎる。

 しかし、お互いに無言だった。

 俺はソワソワしながら視線を右へ左へ。


 くそう、何を話していいのか分からない。

 この前会話した時は、それなりに話せてた。

 だけど、一度デートかもと意識してしまった所為で、上手く口を開く事が出来ない。


 周囲の音が、物凄く遠くの音のように聞こえる。

 視界には憂国さんしか入ってない。

 意識すれはする程、喉が渇く。


 俺は意を決して、口を開いた。


「憂国さんは、好きな事とか、あるの?」


 言って後悔する。

 なんて馬鹿な事を聞いてしまったんだ。

 好きな事くらい、誰にでもあるだろう。


 と、思っていたらーー予想外の回答が返ってきた。


「……無い」

「え?」

「何にも無い。興味はあるけど、好きになれない」


 悲しいそうな顔をしながら、彼女は言った。

 好きな事が……無い?

 そういう人も、いるのか?


「君は? あるのかしら、好きな事」

「そりゃ勿論、あるさ……ゲーム、だけど」


 少しだけ言い淀む。

 好きな事がゲーム……余り好印象は抱かないだろう。

 しかし、俺には本当にそれしか無い。

 俺からゲームを取ったら、残るのは大半の時間を無為に過ごした、愚かな学生でしか無い……だから。


 だから、隠さず正直に言った。

 ゲームは俺の人生そのもの。

 それが否定されるのなら……受け入れよう。


「へえ、ゲーム……得意なの?」

「う、うん」

「羨ましい、好きな事を得意だって言える君が……」

「え」


 苦笑いを浮かべながら、憂国さんは言う。

 それは、想像していたどの反応でもない。

 羨ましい……?

 俺みたいな人間が?


「ど、どうしてそう思うの?」


 すると、彼女はくすりと笑ってから言った。


「だって今の君の表情、凄く活き活きしてるから」

「あ……」

「本当に好きなのね、ゲームが」


 コロコロと表情を変える憂国さん。

 年相応の少女の笑みだ。


「ごめん、なんか一人でテンション上がっちゃって」

「そんな事無い。寧ろ、そういうのもっと聞かせて?」

「お待たせしましたー」


 タイミング良く、頼んだ物が届く。

 俺はコーヒーを、憂国さんは紅茶を手に取る。

 ブラックコーヒー独特の香りに包まれながら、カップを口元へ運び一口飲む。


 キリッとした苦味が舌を刺激する。

 このくらい苦い方が丁度良い。

 彼女も紅茶を一口飲んでから、言った。


「私、そういうの興味あるの。ゲームとか」

「意外だなあ」

「お父さんが厳しくてね」


 成る程と合点する。

 霧沢女学院に娘を通わせる父親の事だ。

 きっと厳格な人なんだろう。


 でも……


「お父さん、全然融通効かなくて。もう少し、優しかったら良いんだけど」


 父親の事を話す憂国さん。

 その顔は優しい色に染まっている。

 それだけで、彼女が父親をどう想ってるのか、理解出来た。


「好きなんだね、お父さんのこと」

「……ええ、とても良いお父さんよ?」

「はは、憂国さんがそう言うなら、間違いないよ」


 ズキンと、ほんの一瞬だけ心が痛む。

 良い父親か。

 俺の父親は……いや、今考えるべき事じゃない。


「ふふ、ありがとう……それで、君は普段、どんなゲームをプレイしてるの?」

「えーと、そうだなあ」


 そこから先は俺が話し続けた。

 普段プレイしてるゲームのこと。

 昔ハマったレトロゲームのこと。

 彼女はしっかりと、俺の目を見て聞いてくれた。


 それだけで、凄く居心地が良い。

 学校や家で感じる閉鎖感、孤独感が、今この瞬間だけは忘れれ事が出来た。


 彼女と話すのが、とても楽しい。


 その日は結局、夕方頃までカフェで話し合い、別れた。

 また今度と、憂国さんはハッキリ言ったのだ。

 次がある……その事実だけで、俺は小躍りしそうになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ