6話
転移先は大きな洞窟。
鍾乳洞のように静謐だ。
水滴が落ちる音が、やけに神秘的である。
「着いたな」
「ああ、ここから先は徒歩で行こう」
転移結晶はあくまでエリア間の移動。
そのエリアの最奥までは自らの足で進まなければならない。
今回は既にマッピング済みなので良いが、これが未開のダンジョンとかだった場合、かなりの時間を要する。
現実世界が多忙な人はやり込むのに時間がかかってしまう。
「ところでウィントム、この前の件はどうなったんだ?」
「この前の件?」
レイルが聞いてくる。
「ほら、一目惚れがどーのこーの」
「え、レイル信じてたの?」
ショウが驚きながら言う。
つまりお前は信じてないって事なんだな?
「まあ、ぼちぼちな。悪印象は持たれてないかも」
「煮え切らねーな」
「しょうがないだろ、会ったばかりなんだし」
照れ臭くなったので適当に会話を切り上げる。
それにしても、煮え切らないか。
確かに的を得ていると発言だ。
ここのところ、チャットでしか話してないし。
いっそ俺の方から会いましょうって言うか?
もしくは下校中のところを待ち伏せする。
……それじゃただのストーカーか。
「難しいなあ……」
「仮にウィントムの妄想が現実だとして」
「リアルだってば!」
ショウがニヤリと笑いながら言う。
性欲盛りの中学生みたいな表情だ。
アバターがそうなだけで、中身はただのおっさんである。
「その子、可愛いの?」
「そりゃ勿論、俺が出会った中で一番可愛い」
「二次元よりも?」
「そこは個人の趣味だろ」
ショウは重度のアニメオタクだ。
俺も見てる事は見てるのだが、どちらかと言うとアニメよりもゲームをプレイしている時の方が楽しいので、そこまで詳しくはない。
「しかし、一目惚れなんてする奴を初めて知ったよ」
「それは……俺もそうだな」
創作物の中では、一目惚れから始まる恋、というのは耳にタコができる程聞いた。
正直半信半疑で、そんなの実在するのか、と疑っていたのだが……まさか自分の身に起きるとは。
なんて風に話しながら進んでいく。
暫くして、広いドームのような空間に出る。
真上は暗く先が見えない。
洞窟はここで終わりのようだ。
「ここに出現するのか?」
ザードに問う。
そう言った瞬間、モンスター出現のエフェクトが発生した。
空中に現れる紫色の魔方陣。
その魔方陣の中から、黒い手足が見え隠れてしている。
両手両足には鋭い爪が鈍い光りを放っており、それが黒龍の手足だと分かる頃には、俺は背中の剣を抜いていた。
素早く陣形を組む。
まず、前に俺が一人。
その背後にレイルとザード。
更にその後方にショウ。
前衛、中衛、後衛。
綺麗に分散したバランスの良いパーティーだ。
そのパーティーメンバー全員が、魔方陣の中から徐々に姿を現わす黒龍を睨む。
今はまだ登場イベントの真っ最中。
故に、攻撃しても無意味だ。
どんなにリアリティがあっても、これはゲームであると物語っているようで、少し複雑な気分になる。
俺にとっては、こっちが現実なのだから。
「グオオオオオオッ!」
そして、黒龍が降臨する。
視界に表示されるモンスター名。
〈黒龍エンシェント〉
その姿形はひたすら巨体だ。
全身が黒い鱗に覆われており、瞳は充血してるかのように赤く濁っている。
ドラゴンの象徴でもある両翼は大きな影を作り、それだけで周囲を威圧させていた。
「グオオオオオオオオオオオオッ!」
凶悪な顎が開かれ、先程よりも長い咆哮をあげる。
これは……戦闘開始の合図!
俺は剣を両手で持ち、風のように飛び出した。
「戦神マルスよ、彼の者に戦いの加護をーー」
ショウが魔法の詠唱を始める。
魔法を発動するには、詠唱が不可欠だ。
詠唱中は完全無防備になってしまうが、そこはレイルとザードがしっかりとサポートしてくれる。
「ストロング!」
「よし、サンキューなショウ!」
ショウが魔法を唱える。
瞬間、俺のスピードが倍になった。
元々風のように地を駆ける俺だったが、魔法のおかげで更に速さに磨きがかかる。
支援魔法・ストロング。
身体能力を大幅に強化させる上級魔法だ。
「はっ!」
「グオオオッ!」
黒龍の前で大きく跳躍する俺。
そのまま黒龍の頭部へ着地し、首を渡って背中へ登る。
俗に言う「乗り」だ。
モンスターの上に乗って優位に立つ技術である。
「でりゃああああ!」
強化された腕を振るう。
二度、三度と剣で斬りつけると、硬い鱗が砕け、四度目からは鮮血が飛ぶようになる。
いけるーーと思った時、黒龍が翼を動かし始めた。
飛翔するつもりだ。
だけど、これも想定内。
俺は構わず背中を斬り続ける。
「グオオオ……オオッ⁉︎」
「へっ、足元がお留守だぜ!」
双剣のレイルが、目にも留まらぬ速さで黒龍の右足を斬り刻んでいく。
しかもレイルは素早しっこい。
黒龍が爪であしらおうとしても、ちょこまかと逃げ回る。
あれでは飛ぶのに集中出来ない。
そういう思考ルーチンを組まれているのだ。
限り無くリアルに近づけた思考AI。
ラスト・ラグナロクの全モンスターには、それぞれに専用のAIがセットされている。
「は、せい、だあっ!」
無心で背中を斬り続ける。
気づけば、黒龍の背中はズタズタになっていた。
そろそろかな。
俺はショウに合図を送る。
「ショウ!」
「おっけい!」
黒龍の背中から飛び降りる。
足元ではレイルが嫌がらせ攻撃を続けていた。
「レイル、離れろ」
「ショウの魔法か?」
「ああ、そろそろ来るぞ」
二人して黒龍から離れる。
その直後。
黒龍の巨躯にも劣らない、巨大な火球が発生した。
「炎神イグニスよ、我が身に全てを焼き尽くす許可をーー」
火球は発光しながら黒龍の元へ。
すると、黒龍も口を開けた。
ブレスだ。
ドラゴン系モンスターが得意とする攻撃方法である。
「バーンエンド!」
「グオオオオオ!」
火炎系最上級魔法・バーンエンド。
そのバーンエンドとぶつかる、黒龍のブレス。
鍔迫り合いのように二つの炎が互いを燃やす。
空気が沸騰するかのように熱くなる。
熱風が容赦なく吹き込んでくるが、俺とレイルは何とかその場で持ち堪えていた。
拮抗する二つの火炎。
どちらが勝つのか、分からない。
だからこそーー俺は走った。
「あちち!」
メニュー画面を操作し、アイテムストレージから結晶アイテムを具現化させる。
耐熱結晶。
効果はその名の通り、身体を熱に強くする。
俺はそれを、派手に叩き割った。
「トドメは俺が決める!」
返事を聞かずに黒龍の元へ突っ込む。
当然熱風をモロに受けるが、耐熱結晶のおかげで数分間ならこの状況でも活動出来る。
やけど状態というバッドステータスがあるのだが、これになると一定時間ダメージを受けてしまうのだ。
「おおおおおおっ!」
炎の渦の中を真っ直ぐに突き進む。
剣を右手で持ち、いつでも突き出せるよう準備しながら。
「グオオオオオオ⁉︎」
黒龍が俺の存在に気づく。
しかし、時既に遅し。
俺は両足に力を込め、高くジャンプする。
跳躍の先は、黒龍の下顎。
そこへ剣先を向ける。
直後、俺の全身が光に包まれ、スキルが発動した。
スキルとは武器を使った必殺技である。
俺の武器は剣。
そして、数ある剣のスキルの中から、俺は上級スキルである……〈シューティングスター〉を選択した。
「らあああああああっ!」
輝く星の如き一撃。
光の線を描きながらの突撃は、黒龍の下顎をぶち抜き、強引にブレスを中断させた。
ブレスが中断したなら、ショウのバーンエンドを防ぐモノはもう何も無い。
「ーー⁉︎」
黒龍が火炎に呑まれる。
そのまま、断末魔すらあげずに消滅した。
俺達の、勝利だ。
「……俺だって、得意な事はある」
呟く。
それは誰にも言ったことの無い、心の吐露。
人それぞれ、得意な事は違う。
ただそれが、評価されるかされないかの違いだ。
気にしなければいい。
俺は仮想世界でーーこんなにも、活躍できるのだから。