5話
憂国さんと知り合って一週間が経った。
この間、俺は彼女と一度も会っていない。
チャットのやり取りなら何度かしたが。
正直、直接会って話したい気持ちはあるが、余り積極的すぎると引かれるかもしれない。
少しずつでいいから……こう、距離が近づくみたいな。
そんな関係になりたいと俺は思っている。
……まあ、彼女が俺をどう見てるのか、分からないけど。
嫌われてはいないよな?
嫌いな相手の為に何時間も待ったりする程彼女も暇では無いだろうし、IDだって交換しない。
とりあえず、友達から始めよう。
俺は最初の目的をそう定めた。
しかし、ここで致命的ミスを発見する。
まずは友達から。
そう決めたはいいもの、どうしたら友達になれるんだ?
俺は今まで友達が出来た試しが無い。
幼稚園からずっと一人だ。
人との接し方が分からない。
家族とでさえ、上手くいってないのだから。
「……まずいな」
光明が見えたと思ったら目前で消えた。
全く、どうしてこう悩みは絶えないのだろう。
リアルで頼れる人は誰もいない。
となるとやはり、ネット……仮想世界か。
でもなあ。
ネットの知り合いも、あの三人しかいないし。
この際、選り好みは出来ないか。
「おし、次は試合を始めるぞ!」
「よっしゃあ!」
「誰か俺とチーム組もうぜ!」
思考を一旦打ち切る。
どうやら体育の授業で、バスケットボールの試合が始まるみたいだ。
俺も他人事では無い。
やりたく無いが、授業なので参加する。
早くもチーム分けが始まり、当然のように俺は余った。
はあ……これだから体育は嫌いだ。
小学校の頃からこんな扱いを受けてきたが、慣れる、という境地には未だ至っていない。
一人省かれるというのは、いつの時代も辛いものだ。
「おい、誰かアイツ入れてやれよ」
「あーあいつ……誰だっけ?」
「あんな奴クラスにいたか?」
俺の事を知らないクラスメイト達。
いや、毎日同じ教室で授業を受けてる級友ですよ?
陰キャラなのは自覚してるが、ここまでとは。
学校という場はリア充達の独壇場だな。
結局、俺は他のチームと比べて一人少ないチームに加入させられる事になった。
このままではいつまで経っても試合が始まらないから、体育教師が強引にねじ込んだ。
さて、当たり前だが、俺は運動神経が悪い。
五対五のバスケットボールの試合。
足を引っ張らない訳が無い。
飛んできたパスは落とす。
シュートは必ず外す。
ドリブルは途中で転ぶ。
ディフェンスも満足に出来ない。
結果、俺にボールが回ってくる事は無くなった。
その方が俺も気楽でいいけどさ。
人には向き不向きがある。
うん、そう思い込みたい。
「たくっ、使えねーヤロウだな!」
試合中、味方チームから悪態を吐かれた。
クラスのカースト上位の生徒だ。
彼は確か、運動神経がとても良い。
何の部活かは知らないが、全国大会に出場したとか。
「寺沢、まー落ち着けって」
「ちっ……」
試合後も俺は睨まれた。
思うところはあるが、チキンな俺は何も出来ない。
そのままスルーして体育の授業を終えた。
帰宅後、自分の部屋に入った俺は鞄を床へ投げつける。
自分でも思ってた以上に苛立っていたようだ。
そのまま流れるような動作でベッドの上へ。
「……俺だって、仮想世界なら」
四角いヘッドギアを手に取る。
このヘッドギアの名は〈アナザーセカンド〉。
仮想世界へのアクセスを初めて可能にした、初代ヘッドギア〈アナザー系統〉の正式な二代目だ。
外観は灰色の四角い箱。
内部には仮想世界を構築する様々なパーツが組み込まれており、俺なんかではその全てを把握出来ない。
だけど……このアナザーセカンドは、現実とは別の世界を俺に見せてくれる。
俺にとっては、仮想世界の方がよっぽど現実だ。
「……よし」
アナザーセカンドを頭部に装着する。
横にある起動スイッチを押し、準備完了。
音声コードを呟けば、俺の意識は仮想世界へ送られる。
この瞬間は、何度経験してもワクワクしてしまう。
肉体という牢獄からの乖離。
意識と魂だけが闊歩する仮想世界への出発。
俺は、音声コードを呟いた。
「……1024、アクセス」
アナザーセカンドが起動音を鳴らす。
視界が徐々に、白く染まる。
深い眠りに誘われてるようだ。
直後、俺の意識はフッと途切れた。
◇
「……あぁ、やっぱりここが」
ーー俺の世界だ。
感嘆の息を漏らす。
目前に広がる森林のフィールド。
空は青く、大地は茶色い。
ここが仮想世界〈オルタナティブ〉。
VRMMOラスト・ラグナロクの舞台だ。
広大なフィールドが売りの頭痛(長いのでこれから通称で呼ばせてもらう)は、本当に世界が無限に広がっているのかと錯覚させられる程である。
ここでプレイヤー達はモンスターと戦い、レベルを上げたり装備を整え、またモンスターとの戦いへ……この世界は純粋に、ゲームが上手い人間が成り上がれる。
仮想世界を扱うゲームは、総じて難易度が高い。
ゲームバランスの話ではない。
自らの肉体の代わりとなるアバターを動かすのが、非常に難しい事なのだ。
俺も完全にアバターを操る事が出来るまでに三年を要した。
まあ、これは戦闘系のゲームに限った話だ。
日常系のゲームで遊ぶには何の問題も無い。
それに……仮想世界でアバターとなる体を『操る』というのは、現実世界とは少々意味が異なる。
とにかく、そんな感じで頭痛のプレイヤーは日々先鋭化されているのが現状だ。
コンテンツの衰退を招くと危惧されているが、それはVRMMO全てに言える事なので今は気にしなくて良い。
「……ふう」
深呼吸をしてからメニュー画面を開く。
メニュー欄にある頭痛専用のチャットを開き、いつもの三人を呼び出す。
三人は直ぐに応答してくれた。
本当、普段は何をしているのだろう。
暫くして、俺の目前の空間が揺らぐ。
直後光の粒子が集まり、三人のプレイヤーを形作る。
「おーウィントム、今日もよろしく」
「レイル。ああ、こっちこそ頼む」
ウィントム、という名は俺のプレイヤーネームだ。
で、金髪碧眼の青年がレイル。
アバターは好きに弄れるので、本当の素顔は知らない。
「今日はモンスター狩りがしたい、出来るだけ手強い」
「となると……黒龍か?」
提案したのは赤髪のイケメン、ショウ。
彼は片手で杖を持っている。
魔道士……魔法職系のジョブだ。
頭痛の世界には魔法も存在する。
「いいですな、早く行きましょう!」
緑髪の少年がザード。
他二人に比べると、少し口調が変だ。
ネットスラングが混じっている。
この三人が俺のパーティーメンバー。
一応、俺の友人と言えるプレイヤー達だ。
全員高レベルのゲーマーでもある。
「今日は俺がメインを張る」
「やたらやる気だな」
レイルが言う。
俺はそれに頷き、背負っている剣の持ち手を握る。
「暴れたい気分なんだ」
「ストレス発散か?」
「まあ、そうだな」
体育の時間で行ったバスケットボールを思い出す。
散々なプレイの連続で、俺は全く活躍出来なかった。
しかし、何度も言うが人には向き不向きがある。
バスケットボールなどのスポーツでは俺は活躍出来ないが、仮想世界なら話は別だ。
俺だって、人より優れているところはある。
誰に見せつける訳でも無いけど……やってやる。
「黒龍が出現するエリアまで、転移結晶で飛ぼう」
「気前がいいでござるな」
「それだけやる気があるんだよ……いくぞ!」
転移結晶を叩き割る。
こうする事で望むエリアまでテレポート出来るというアイテムなのだ。