4話
窓の外を飛ぶ小鳥を眺める。
俺の席は教室後方の窓側。
心地良い風が吹く、最高の座席だ。
ぼーっとしながら憂国さんの顔を思い出す。
そこら辺の女子なんて、比べものにならないくらい、可愛らしくて美しい。
少なくとも、俺のクラスに憂国さんを超える容姿を持つ女子生徒は一人として存在しない。
月とスッポンくらいの差だ。
まあ容姿以前に、俺はクラスメイトの女子は苦手なのだが。
なんか……生きてる世界が違う。
いや、階層が違うと言った方がいいか。
俺が一階なら、彼女達は二階か三階にいる。
どんな理由、目的で行動してるのかまるで分からないのだ。
勿論、それは俺が理解出来ないというだけで、彼女達は彼女達なりの考えの元行動している。
「皆んな、今日息抜きに何処か遊びにいかないか?」
「お、いいね!」
「私行きたーい!」
教卓前で、一人の男子がクラス中の注目を集める。
サラサラの茶髪に細身ながらしっかりと肉の付いた体躯。
爽やかスマイルを浮かべるその生徒の名は、高堂輝人。
クラス……いや、学校中の人気者だ。
成績優秀、スポーツ万能。
家は裕福で、容姿もモデルやアイドル並みに整っている。
要するに完璧超人高校生って訳だ。
はー、天は二物を与えずなんて嘘っぱちだな。
四つか五つくらい与えてるじゃないか。
「それじゃあカラオケにでも行こうか、折角だし。行きたい人は手を挙げてくれ」
クラスメイトのほぼ全員が手を挙げる。
挙手してないのは俺を含めた数人の生徒だけ。
その数人も、用事があるから行けない、と残念そうに高堂へ告げていた。まあこの時期だしな。
つまり、自ら望んで行かないと選択したのは俺だけ。
この教室では、俺は塵みたいなものだ。
吹けば飛ぶような存在なのである。
「これだけいるなら、絶対楽しくなるな。今日の放課後、皆んな楽しみにしててくれ!」
快活に笑う高堂。
彼の周りには、同じく笑顔なクラスメイト達。
対して俺は一人ぼっち。
周りには誰もいない。
酷い差だな。
何が違うのだろう?
……多すぎて分からないな。
センチメンタルな気分になりながら、外を眺める。
せめて、自分に酔うくらいは許してほしい。
それくらいなら、誰にも迷惑をかけないから。
しかし、俺は自分に酔う事すら、許されなかった。
とある生徒の一言で、俺の脳は急速に覚醒する。
「そういえばさ、この前高堂が霧沢女学院の子と一緒に歩いてたの見かけたけど、もしかして彼女?」
空気が凍りつく。
主に女子生徒達の空気だ。
高堂を囲む輪の雰囲気が、一瞬で変わる。
「え、それどーいう事高堂くん!」
「霧沢って、あのお嬢様校⁉︎」
「そ、そんな、高堂くん!」
楽しい雰囲気から一転、詰問の嵐へ。
高堂に無粋な質問をした男子生徒が、他の男子から視線で責められる。
一方、女子達は気が気で入られないのか、質問を続ける。
そして正気を保っていられない男が、ここにも一人いた。
「……き、霧沢女学院……」
呟くように言う。
憂国さんの通ってる学園だ。
ま、まさかな……
俺は最悪の空想に取り憑かれる。
も、もし、高堂の彼女が憂国さんなら……俺は死ぬ。
高堂を刺し違えても殺して、俺も死ぬしかない。
なんて黒い計画を夢想しているとーー
「勘違いしないでくれ皆んな、ただの知り合いだよ。親同士の仲が良いだけさ」
慌てず、騒がず、冷静に。
高堂はいつもの調子で言った。
それが女子達に安心感を与える。
「な、なあんだもう!」
「ただの知り合いかぁー」
「でも、あの霧沢に通うって凄くない? てか高堂君のお父さん何者?」
話題は一転し、高堂家の話に。
そうか……彼の家も裕福だったな。
父親が有名弁護士かなんかだっけ。
それなら霧沢女学院に通っているような子と知り合いでもおかしくないのか?
とりあえず安心した。
そうだよな、普通に考えればどんな確率だよ。
昨日偶々会った人がクラスメイトの恋人。
そんな偶然ある訳ない。
それにしても、知り合いねえ。
霧沢女学院の生徒は全員容姿も優れていると聞く。
高堂はあれだけのものを持ってて、他校にまで可愛い女の子の知り合いまでいるのか。
ムカつきやイラつきを通り越して、呆然とする。
これが、持つ者と持たざる者の差なのか。
呆れて何も言えない。
そろそろ昼休み終了のチャイムが鳴る。
心地良い風だと思ってた窓から吹き込む風が、なんだかやけに冷たく感じた。
「……やっと終わった」
放課後、五時過ぎ。
俺はヘトヘトになりながら校門を出た。
いつもなら四時過ぎには校門を出ている。
なのに今日は担任教師に呼び出され、進路相談という名の説教を一時間近く受けていた。
あのクラスで進路が決まっていないのは、俺だけらしい。
だからいい加減に何とかしろと怒られた。
進路が決まらない生徒がいると、その担任教師の評価が下がると我が校の噂で聞いた事がある。
もしそれな本当なら、すみません先生。
多分まだ決まらないから、先に謝っておきます。
「……はー、やだやだ」
自動販売機で炭酸ジュースを買う。
缶入りのやつだ、その方が美味く感じる。
シュポッと気持ちの良い音が鳴り、口元へ運ぶ。
炭酸飲料水が喉を潤す。
相変わらず、コーラの甘さは変わらない。
糖分が披露した身体に染みる。
今日も疲れたなあ。
とぼとぼと歩き出す。
この時間帯は帰宅ラッシュだ。
会社帰りの人が多い。
会社勤めの人達の顔は軒並み暗い。
働くのは辛い事なんだと、見るたびに思う。
就職か……俺に出来るのかな。
足取りが自然と早くなる。
それは、焦燥感の表れだった。
周囲に取り残される、危機感。
「くそ、このままじゃダメだって分かってるのに……ん?」
昨日俺が少年を救った通りに入ると……ふと、視界に見知った人が瞳に映った。
特徴的な制服に美しい立ち姿。
昼間散々妄想してた相手……憂国凛音さんだ。
ど、どうして彼女がここに⁉︎
「……ゆ、憂国さん?」
恐る恐る近づく。
彼女は俺の姿を見つけると、少しだけ微笑んだ。
「こんばんわ、幻冬くん」
「いきなり名前呼び⁉︎」
「図々しかったかしら?」
「い、いえ! 全くそんな事は!」
ぶんぶんと首を振る。
憧れの女の子に、下の名前で呼んでもらえる……それだけで狂喜乱舞してしまう。
「なら良かったわ」
「あ、あの、どうしてここに?」
「待ってたのよ、君を」
二人称が貴方から君に変わっていた。
いや、そんな事は置いておいて。
「お、俺を待ってた?」
「ええ」
変わらぬ表情で言う憂国さん。
どうやら、冗談の類では無いらしい。
では、何故だ?
「君と話してみたかったから」
ーーどうして、俺を待ってたの?
そう聞こうとした前に、答えられてしまった。
しかしそうなると、新たな疑問が湧いてくる。
「俺と話したいって……会ったばかりですよね、俺達」
「だからこそよ。私、高校生の間は、興味のあるものはとことん追求するって決めてるのよ」
「は、はあ」
不思議な人だ。
高校生の間って、期間限定なところも。
「今年が最後だから、余計にね」
「憂国さん、三年生なんだ」
「ええ、もしかして君も?」
「う、うん」
高校生でいられるのは、今年だけ。
確かにそうだ。
留年は流石にあり得ないから、一応は卒業出来る。
「もしかして……その為にずっと待ってたの?」
「ええ、そうよ」
「ご、ごめん!」
慌てて頭を下げる。
俺が説教を受けていた所為で、彼女に無駄な時間を使わせてしまった。
すると憂国さんはクスリと笑いながら言う。
「別に怒ってないけど……そうね、だったら今日はこの後、君にエスコートしてもらおうかしら?」
「俺に出来る事なら……」
「ふふ、じゃあ決まりね」