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3話

 

「……あ、あの、何か用ですか?」


 何とか声を絞り出す。

 近距離から見る、霧沢女学院の美少女生徒。

 興奮でどうにかなってしまいそうだ。


 遠距離から見た時でさえ、美しいと思っていた。

 そんな彼女が目の前にいる。

 現実を疑ってしまっても仕方がないだろう。


 だけど多分、これは現実だ。

 もし仮想世界なら、視界の隅の方にメニューアイコンが必ず出ているのだから。


 ……現実と仮想の区別がメニューアイコンだなんて、なんか悲しくなってきた。

 ええい、今は関係無い。


 事実を確認しよう。

 俺は何を血迷ったのか、車に轢かれそうになった少年を助け出し、その場から逃げるように去った。


 その直後、彼女に話しかけられた。

 黒髪の美少女に。


「ちょっと、聞きたい事があって」

「聞きたい事?」


 彼女はジッと俺を見る。

 眉一つ動かさず、じーっと。

 漆黒の瞳が俺を逃さないとばかりに。


 俺もピタリと動きを止める。

 身動きしたくても、出来ない雰囲気だ。

 健康診断を受けている気分である。


 彼女が看護師なら、毎日でも受けたい。


「どうして?」

「へ?」


 邪な思考を振り払い、出来る限り真面目な表情を取り繕う。


「どうして、あの子を助けたの?」

「っ!」


 取り繕った表情が一瞬で崩れる。

 聞きたい事って……訳が分からない。

 それを聞いて彼女に何のメリットがある?


 お嬢様の考える事は分からない。

 だけど、その顔は本気だ。

 本気で俺に聞いた事を知りたがっている。


「……それは」

「それは?」


 冷や汗が流れる。

 嘘を問い詰められてる小学生のような気分になる、悪い事なんてしてないのに。

 そういう、不思議な迫力が彼女にはあった。


 だから、なのだろうか。

 俺は包み隠さず、自分の気持ちそのままを伝えた。


「……活躍したかったんだ、現実世界で」


 呟くように言う。

 結局のところ、つまらない英雄願望だ。


 仮想世界では、俺は活躍出来る。


 けど、殆どの人が評価してくれない。

 だから現実世界でも活躍したいと願った。

 英雄願望というより、自己顕示欲だな。


「……ふ、ふふ」

「?」

「ふ、ふふふふっ!」


 彼女は突然くすくすと笑い出した。

 口元を手で隠しながら上品に。

 そんな姿でさえ、美少女は絵になる。


 けど、そんなに笑う要素があったかな?

 彼女に聞いてみる。

 すると彼女は、笑いながら答えた。


「だ、だって、普通は人にそんな事言わないわよ、ふふ!」

「あ……」


 そうだ……俺は初対面の人に何を言っているんだ⁉︎

 現実世界で活躍したいから少年を助けたって、そんな最低な事を告白しなくても良かったのに。


 俺はとことん馬鹿なようだ。


「貴方、変な人ね」

「ええ……」


 微笑みながら彼女は言う。


「でも、嫌いじゃない。結果的に、あの子は助かったわ」


 そのままくるりと周り、俺に背を向ける。

 どうやら帰る気になったようだ。


「私、憂国(ゆうこく)凛音(りんね)……貴方の名前は?」

「えっ、あ、その……」


 首だけ曲げて、こちらの顔を伺う少女、憂国凛音。

 その顔は悪戯っ子めいていた。

 いや……小悪魔という方が正しいか。

 あれは明らかに、俺の反応を見て楽しんでいる。


「夕張、幻冬……」

「ふうん、そーいう名前なのね。覚えたわ、またいつか会いましょう?」


 それだけ言って、彼女はさっさと消えてしまった。

 後に残ったのは何が起きたのか理解しきれてない俺だけ。


「……憂国、凛音か」


 教えてもらったばかりの名前を呟く。

 それだけで、さっきまでの会合が蘇る。

 思い出しながら想う。

 夢のような出来事だったけど、一つだけ確かな事がある。


 俺が、憂国凛音に一目惚れしてしまったこと。

 決して叶わない、高嶺の花との恋と理解しながら。

 それ程……憂国凛音は、俺の理想の少女だった。



 ◆



 チャット


『聞いてくれ皆んな。俺は今日、とある子に一目惚れした』


 レイルが入室しました。

 ショウが入室しました。

 ザードが入室しました。


 レイル「嘘だろ?」『本当だ』

 ショウ「嘘乙」『本当だって』

 ザード「もし本当なら、その子が可哀想」

『追い出すぞテメエ』

 レイル「落ち着けって」

 ショウ「なんかマジっぽいな、ワロタ」

 レイル「なにわろてんねん」

 ザード「草」

『お前らなあ……』

 レイル「で、結局何しにココ来たの?」

『相談だよ、そーだん』

 レイル「は?」

 ザード「笑えないぞ」

『いや、急にマジになるなよ」

 ショウ「そりゃ俺たち、そんな経験無いし」

『俺も無いよ、だから相談してんだよ」

 ザード「リア友に聞けや」

『いるわけねーだろ』

 レイル「(´・ω・)」

 ショウ「(´・ω・)」

 ザード「(´・ω・)」

『おい……』


 レイルが退出しました。

 ショウが退出しました。

 ザードが退出しました。


『……また今度な』



 ◆



「はあ、使えねえ奴らだな……それは俺も同じか」


 溜息を吐きながらチャットのタブを閉じる。

 彼等はVRゲーム《ラスト・ラグナロク》で知り合った日本の何処かにいるゲーマー仲間だ。


 ラスト・ラグナロク……通称「頭痛」は、当初こそ頭痛が痛いみたいなタイトルからネタとして笑われてきたが、真面目にプレイしてみるとまあ面白い。


 緻密なスキルツリーにステータス管理。

 俺は余りVRMMOは好きじゃないが、このラスト・ラグナロクだけはキチンとやり込んでいる。


 日中は高校に通っているので、昼間からのめり込んでる自宅警備員の皆さんには敵わないが。


「つか、こいつら速攻でチャットルームに来たな。普段は何やってんだ?」


 憂国さんと奇跡の出会いを経験したあの後、俺は高鳴る心臓と共に走りながら帰宅した。

 そして直ぐさまパソコンの電源をオンにし、今も昔もそう変わっていないチャットルームにインしたのだ。


 アドバイスを貰おうと思ってたけど……平日の昼間からモンスターを狩ってるような連中に、恋愛絡みの相談をしたところで無意味か。


 しかし、そうなると本当にどうしよう。

 俺に友達はいない。

 相談出来る相手がいないのだ。


 匿名の掲示板サイトでも利用するか?

 でもなあ、そういう奴らった大概、他人の恋話が大好きな現実にいる頭スイーツモンスターだし……


 人望の無さに一人絶望する。

 現実世界と仮想世界は全くの別物と言ったが、これは余りにも差がありすぎるな。


 戦場の英雄も、戦争が終わればただの人。

 そんな言葉を聞いた事がある。

 仮想世界でヒーローでも、現実世界ではただの陰キャ。

 俺にピッタリの言葉だ。


 ああでも、そんな陰キャラでも夢が見たいんだ。

 一応チャンスはある。

 彼女は言った、俺の名前を覚えておくと。


 その言葉を信じるなら、また会えた時に何か話せるかも。

 今の内に会話のネタを集めとくか。


「よし……!」


 再びパソコンのキーボードを叩く。

 とりあえず、世間で話題になってるニュースを見よう。

 ネットサーフィン……は、もう死語か。


 俺は情報の大海に飛び込んだ。

 会話のネタ集めという悲しい理由の為に。

 ついでに女子と上手く話せる方法も検索しよう。


 俺は久方振りに、うきうきしながらキーボードを叩いた。


 それにしても、俺が一目惚れか。

 なんだろうなこの気持ち。

 現実世界なんてクソだと思ってたけど……あれか、理由はどうあれ少年を窮地から救ったから、そのご褒美的なモノで神様が憂国さんと引き合わせてくらたのか?


 無神論者を気取ってたが、これからは名前の無い神様の信者になってしまいそうだ。

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