表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

2話

 

「えー、ここの公式はこうであるからして」


 電子パネルで授業を行う教師をぼーっと眺める。

 その昔、 学生達は黒板なる物で授業を受けていたと聞くが、その学生達の心情もきっと今とそう変わらないだろう。


 早く終わってくれ、この一言に尽きる。


「……む、そろそろ時間か」


 なんて感じで数学の授業が終わる。

 時刻は四時過ぎ、数学の授業は六時間目。

 これでようやか帰宅出来る。


 あとはホームルームを乗り越えるだけだ。


 担任教師が来る間、頬杖をつきながら進路について考える。

 が、数十分もしたらゲームの事を考えていた。

 自分でも引くくらいのダメっぷりである。


「ねー美咲ー、進路決まった?」

「まだだよ、今は受験勉強中」

「やっぱ皆んなそうだよねー」


 女子生徒の談笑が聞こえてくる。

 話題に対して、会話は明るい辺り、進路については全く悩んでいないのだろう。


 羨ましいな……

 俺もしっかりと考えたい。

 誰か相談出来る相手はーーいる訳無いか。


 自虐的に笑う。

 俺には友達がいない。

 高校三年間、ずっとぼっちである。


 何度か友人を作ろうとしたが、上手くいかなかった。

 それにVRゲームをプレイしている高校生が意外に少なく、話題を共有出来る相手がいないので、出来たとしても結局は疎遠になったと考えられる。


 高校生のVRゲーマーが少ない理由。

 俺はその理由が、時間にあると考えている。

 VRゲームは時間をかなり奪われる、青春の殆どを無駄にした俺が言うのだから間違いは無い。


 VRゲームは完全体感型ゲームだ。

 プレイ中は仮想世界に意識が向かい、現実の肉体は眠ってるのと同義になる。


 つまり、VRゲームしかプレイ出来ない。

 当たり前なのだが、友人関係の連絡など、高校生には高校生なりに忙しいのだ。


 それら全てが絶たれるのは、中々にキツいだろう。

 勿論ゲームプレイ中、電話やメールを知らせてくれる機能は必ずと言っていい程組み込まれている。


 一旦プレイを中断してそれらに対応するのは中々に面倒だ。


 よって主なプレイヤーは二十代前半から三十代後半となる。

 まあ、俺のような学生ゲーマーも少なからずいるが。


「おーい、着席しろー。ホームルーム始めるぞー」


 なんて事を考えていたら担任教師がやって来た。

 彼の一声でクラスメイト達が席に着く。

 友達……か。


 一応ネットフレンドは何人かいる。

 いるけど、そこまで親密ではない。

 これがVRゲームの弱点の一つ。


 いくらアバターでも、話すのは自分の意思。

 根っからの人見知りやコミュ症は、普通に発動してしまう。

 アバターという仮面を被っていても、人の本質はそう簡単に変わらない。


 俺がVRゲームで学んだ事の一つである。




 ホームルームが終わり、正真正銘の放課後へ。

 クラスメイト達は教室を出て散り散りになる。

 ある者は部活へ、またある者は帰宅する、勿論俺は後者の帰宅する生徒だ。


 帰りに何処かへ寄る予定も無い。

 今日は真っ直ぐ自宅へ帰ろう。

 最も、俺の場合は仮想世界こそ家のようなものだが。


 遅くもなく速くも無いペースで歩く。

 帰宅部と思われる生徒達も、友人達と共に集団で帰ったりしている。


 この時間帯はやはり人が多い。

 俺が通ってる高校ではない生徒もちらほら見る。

 その中で、一際目立つ高校の生徒がいた。


 余り類を見ない、教会のシスター服のような制服。

 足取りは綺麗で背筋もピンと伸びている。

 彼女が歩いてる周りだけ、空気が違う。


 あの特徴的な制服は……霧沢女学院か。


 霧沢女学院。

 市内唯一の女子校で、所謂お嬢様校というやつだ。

 在籍する殆どの生徒が、名家出身の令嬢。


 文字通り、住む世界が違う。


 しかし……綺麗な子だな。

 肩辺りまで伸ばされた黒髪に、闇より濃い黒目。

 僅かに見える肌は白く美しい。

 身長は百六十くらいだ。


 俺は暫く見惚れてしまう。

 そして、天地がひっくり返ってもあり得ない事を夢想する。


 あんな子が、俺の恋人になったらな……


 いやいや、あり得ないだろう。

 妄想するのすら憚られる。

 俺は冴えないただの高校生。

 彼女は有名女子校のお嬢様。


 そんな妄想、するだけ虚しくなるだけだ。


 俺は早足にその場を去ろうとする。

 帰ろう、俺の世界に。

 人にはそれぞれ、住む世界が用意されているんだ。


 冷たい風が頰を撫でる。

 次いで、突風がビュオッと吹いた。

 前髪が大きく風に舞う。


 ああくそ、鬱陶しい!

 まるで風が俺の行く手を邪魔してるみたいだ。

 若干イラつきながら、止めた足を再び動かそうとする。


 その時だ。


「あっ、ぼーるがっ!」


 甲高い少年の声。

 それだけなら特に何も思わずスルーするのだが……

 チラリと少年の方を向く。


 直後、見なければよかったと後悔した。


 恐らくさっきの強烈な突風の所為で手元が狂ったのだろう。

 少年が手にしていたサッカーボールは転がっていた。

 車が飛び交う車道に。


 しかも、少年は反射的にボールを追っていた。

 それは、信号も何も無い車道に身を乗り出すという事。

 どんな最先端技術の車でも、突然車線に入ってきた子供の前で急停車するのは難しい。


 また、止まれたとしても少年の身体はとても小さく、少しぶつかっただけで吹っ飛んでしまうだろう。

 その結果は火を見るよりも明らかだ。


 俺は戸惑う。

 この間、ゲームをプレイしている時よりも、脳内で多種多様な思考が入り混じっていた。


 助ける?

 なんでだ?

 そんな事をする必要は無い。

 いや、普通助けるだろ。

 俺が行っても死ぬだけだって。

 そんなキャラじゃねーだろお前。


 乱れる思考、鼓動する心臓。

 気づけば俺は鞄を投げ捨てーー少年の元へ走っていた。


「ちっくしょおおおおおおおおおっ!」


 飛び込み台からプールへダイブするように、ガードレールを足場に車道へ飛び出す。

 そのまま少年を腕の中に抱え込む。


 車は目前まで迫ってた。


 運転手が驚愕の表情をする。

 分かるよ、俺も泣きたい。

 車にぶつかるのが先か、歩道側に辿り着くのが先か……命を賭した救出賭博に、俺は勝った。


 倒れこむように歩道へ。

 ガンッと、車に轢かれるボール。

 もしあと数秒、俺が飛び出すのを躊躇っていたら……跳ねられていたのは少年や俺だったかもしれない。


 そう思った瞬間、ゾワリとした悪寒が背中を伝う。


「あっぶねえええええええええっ⁉︎」

「お、おい兄ちゃん! 無事か!」

「坊主も怪我してねーか⁉︎」


 気の良いおっちゃん達が駆けつけてくれる。

 俺はぐったりとした身体に鞭打ち、笑顔で「大丈夫です」と答えた。


「お、おにーちゃん……」


 少年はブルブルと震えていた。

 ようやく状況を飲み込めたらしい。

 俺は少年の頭の上に、ぽんと手を置きながら言った。


「……次からは、周りをよく見るんだぞ?」

「う、うん!」


 頷く少年。

 すると、ぱちぱちと周りの人達が俺に拍手を送る。

 どくんと胸が高鳴った。


 ……こんな扱い、いつ以来だろう?


 いや……違う。

 こんな賞賛、俺には受ける資格が無い。

 満面の笑みで拍手を送ってくれる人達を見ながら、思う。


 俺は、こういう扱いを受けたくて、この子を助けたんだ。


「そ、それじゃあ俺はこれで」

「ありがとう、おにーちゃん!」


 駆け足気味にその場を去る。

 背後から、少年のお礼の言葉が飛んできた。

 俺は軽く振り向き、ニコリと笑って返す。


 ……出来すぎだな。


 絵に描いたような町のヒーロー。

 テンプレすぎて逆に引く。

 でも、心地良いと思う自分がいる。


「……何してんだ、俺は」


 ますます自分が嫌になる。

 人助けをしても、気分が落ち込むなんて。

 もう、どうすりゃいいんだよ。


「はあ……やっぱり、早く帰ろう」

「ねえ」

「うひゃあっ⁉︎」


 突然声をかけられる。

 驚いた影響で、変な奇声をあげてしまう。

 い、いったい誰だ⁉︎


「……そこまで驚かなくてもいいじゃない」

「え…………ええっ⁉︎」

「また驚いた、忙しいはね」


 心臓がさっき以上に鼓動する。

 もう、爆発するんじゃないか?

 瞳を閉じて、深呼吸する。

 ゆっくりと息を吸い、吐いてから瞼を開けた。


 黒髪に黒目、シスター服に似た特徴的な制服。

 先程俺が見惚れていた、霧沢女学院の美少女が目前にいた。

 ……俺はいつ、仮想世界にアクセスしたんだ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ