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1話

 

 高校三年生の秋。

 それは進学や就職に向け、殆どの学生が毎日を慌ただしく過ごす季節として知られている。


 しかし俺こと夕張幻冬は、今日も変わらずVRゲームをプレイする為のヘッドギアを装着していた。

 つまりゲームをしていたのである。

 この時期に、だ。


 救いようの無い劣等生である。


 けれどもゲームは辞められない。

 楽しいのは勿論のこと……VRゲームは、俺にとって唯一の取り柄らしい取り柄だからだ。


 学校の成績は中の下。

 運動神経は下の下。

 容姿は普通、良くも無いし悪くも無い。


 平凡よりワンランク落ちた俺の、拠り所。

 それがVRゲームである。

 ここでなら俺は、ヒーローになれていた。


 自慢じゃないが、ゲームの腕は相当に自信がある。

 実際日本の大会でも何度か優勝した。

 ゲーム内のランキングでは常に上位。


 ログインすれば、誰もが俺を注目する。

 現実世界では到底あり得ない。

 麻薬のような快楽に俺は取り込まれていた。


 だけど……流石に、高校三年生の秋ともなれば、快楽というなの麻薬に浸かっていても目が覚める。

 クラスメイト達が次々と進路が決まる中、未だに何も決まっていない自分に焦りを感じていた。


 いや、もう既に手遅れなのだろう。

 それすら現実逃避してしまう程、追い詰められていた。


 高校に行くのが憂鬱だ。

 行けば必ず、教員から進路について注意を受ける。

 進学にしろ就職にしろ、本当に危ないぞと。


 家に帰るのが憂鬱だ。

 両親から家に居る間、進路について延々と小言を言われる。

 終いには優秀な弟と比べられ、呆れられて溜息を吐かれた。


 要するに、居場所が無い。


 学校でも家庭でも、劣等生の俺に居場所は無かった。

 だからこそ、虚構の世界に逃げ込む。

 ゲームという非現実に。


 まさに負の連鎖。

 終わらない無限。

 樽の底に空いた暗闇。


 俺は……現実にこれでもかと打ちのめされていた。



 ◆



 その日、俺はいつものように起床した。

 枕元にあった携帯端末の画面を確認し、災害や大きな事件が寝ている間に起こって無い事を確認する。


 最近は色々と物騒だ。

 特に顕著なのはインターネット犯罪。

 VR技術の発達で、ネット社会はより革新的に進化していったが、その代償としてサイバー攻撃などのネット犯罪も爆発的に増えた。


 国も対処しているのだが、インターネットに関しては民間人の中にもプロフェッショナルな人材が隠れている。

 犯罪組織はそういう人物に声をかけ、ネットを使った犯罪に手を染めさせ犯行を行う。


 ネット上は痕跡を辿るのが難しい。

 サイバー攻撃に対する具体的な対処を選挙で政治家達が公約として掲げるくらい、今やネットは社会の根底にまで深く根ざしていた。


「ふあ、あーあ」


 まあ、平和が一番だよな。

 大きな欠伸をしてから立ち上がる。

 さっさと制服に着替えてから一階のリビングへ降りていく。


 今日は月曜日。

 一日の始まりであり、一週間の始まりでもある。

 はあ……純粋に嫌だなあ。


 昨日も遅くまでゲームに興じていた。

 イベントボスを倒すのに熱中していたら、いつの間にか深夜を超えてしまい、すぐに切り上げたのだが、睡眠不足感は否めない。


「……おはよう」


 階段を降り、リビングへ。

 食卓には既に朝食が並んでいた。

 ついでに言うと、父と母と弟……夕張家の面々が勢揃いしていたので挨拶の言葉を言う。


「おはよう」

「……」

「おはよう、兄さん」


 素っ気なく返したのが母、百合子。

 無言で無視を貫いたのが父、廉造。

 最後に何の気持ちも無い普遍的な態度の声音が弟、夢十。


 これが俺の家族構成である。

 家族仲は言うまでも無く、不仲だ。

 父さんが俺の挨拶を無視したのが、良い証拠である。


 俺も父さんだけの時は基本無視なので、別に構わないが。

 他の家庭事情が気になるところだ。


「……頂きます」


 焼いてない生の食パンを口に運ぶ。

 焼いてもいいのだが、面倒なのでそのままだ。

 俺は余り、食事には拘らないタチだ。


「「「……」」」


 朝から空気が重い。

 食器の音と、父さんが新聞を捲る音だけが響く。

 陰鬱な雰囲気が我が家庭のスタンダードである。


 最近知った事だが、俺がいない時はそうでも無いらしい。

 ますます居場所が無くなってくる。

 どうしたものかな……


「夢十、学校はどうだ?」


 父さんが口を開く。

 夢十は食べるのを辞め、質問に答えた。


「問題無いよ、テストはいつも一番だし」

「そうか、部活はどうだ?」


 夢十はサッカー部に所属している。

 成績優秀でスポーツ万能。

 お前はどこの主人公だ、弟よ。


「そっちも順調、今度大会があるけど、レギュラーだし」

「あら、なら観に行かないと」


 母さんも口を開く。

 気がつけば家族三人の談笑が始まっていた。

 俺はそれを、黙って眺める。


「やめてよ母さん、恥ずかしい」

「いいじゃないか夢十、母さんもお前を応援したいんだぞ、勿論父さんもだ」


 父さんが笑いながら話す。

 それにつられて母さんも夢十も笑っている。

 笑ってないのは、俺だけだ。


「……ごちそうさま」


 これ以上この空間には入られない。

 残った朝食を素早く食べ終え、席を立つ。


「幻冬」

「……なに?」


 鞄を取りに行こうとした時、父さんに声をかけられる。

 父さんは暫く逡巡してから言った。


「いや、何でも無い。進路が決まったら、言え」

「……決まったらね」




 秋の快晴の下を歩く。

 この時間帯、歩道は学生で溢れかえっている。

 制服の種類は様々で、俺と同じ高校の物もあれば、違う高校の制服を着ている学生もいた。


 それらをぼうっと眺めながら、考える。

 あと数ヶ月で卒業式。

 着ている制服も脱がなければならない。


 もう、学生ではいられないのだ。

 これまでのような甘えを許されない。

 もしかしたら、両親から家を追い出されるかも。


 その可能性は充分にある。

 となるとやはり、就職か。

 ……この時期から就職活動かあ。


 求人票を見てみるか?

 けどなあ、働くのもなあ。


「……はー」


 改めて自分の低スペック振りに驚く。

 これが数十年間、ゲームしかして来なかった者の末路。

 何度ゲームの大会で優勝しても、現実世界ではこれっぽちの実績にもならない。


 部活のスポーツが評価されるなら、ゲームの学生大会も評価されてもいいものだが……

 特に、近年発達したVR技術。


 これにはある程度、適性がいる。

 VR……仮想世界で動かすのは、己の身体の代わりとなる分身体『アバター』だ。


 外見は好きにカスタマイズ出来る。

 ヒョロガリにも筋骨隆々の男にも。

 だが、仮想世界ではどちらも身体能力に直結しない。


 仮想世界でアバターを動かすのは、筋肉でも関節でも無い……脳波である。


 頭に装着するヘッドギア。

 四角い箱のような見た目だ。

 このヘッドギアが脳波を電気信号に変え、眠っている肉体に送るであろう脳からの指示を、仮想世界のアバターへと進路を変える。


 そうする事で、アバターの四肢は動く。

 脳波から送られるダイレクトの信号で動けるのだ。

 これが存外、難しい。


 現実世界は、脳がどんなに指示を出しても、身体能力には限界がある。

 自分の力以上のモノは持ち上げられない、当然だ。


 しかし、仮想世界にその制約は無い。

 やろうと思えばどんな物だって持ち上げられるし、トップアスリートなんて軽く抜ける速度を出せる。


 肉体が無いのだ。

 仮想世界は全てが数値で管理された世界。

 精神性……魂の世界と言っても過言ではない。


 だからこそ、現実との乖離が発生する。

 自分はこれ以上の重さがある物を持たない。

 自分はこれ以上速く走れない。


 そういう固定概念が、脳波の指示を鈍らせる。

 結果、仮想世界に居ながら、現実世界と同じ身体能力でしか動けない。


 実はこれ、案外知られていない事実なのだ。

 それ程仮想世界と現実世界はかけ離れている。

 また、仮想世界を危険視する勢力も存外している事から、未だに「仮想世界は現実世界の延長上」と思っている人はかなり多い。


 俺からしてみれば、酷く滑稽に映る。

 仮想世界と現実世界は、全く別々の世界なのに。

 それを知らない人が多すぎる。


 だからVRゲームの大会で優勝しても、評価されない……なんてのは、ただの俺の願望か。


「……はっ」


 渇いた笑いが漏れる。

 卑屈になってても仕方ない。

 嫌だけど、高校には行かないと。


 そう思いながら、俺は歩みを早めた。

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