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逃避行の果て

「これは……どういうことだ!」

 高価な寝間着を着ていた男が、自らの屋敷の中で叫んでいた。

 雇っている多くの護衛が全員床に転がっていれば、そう絶叫したくもなるだろう。

 彼は恐怖と混乱を入り混じらせながら、手近な護衛の男を起き上がらせる。

 着ている服こそ戦闘用のものではなくスーツの様な礼服だが、当人は顔立ちも体形も完全に戦闘者であり、腰には帯剣をしていた。

 その彼が、剣を抜いた形跡もなく床に転がっていた。

 全ての指に指輪をはめた、ぜい肉だらけの手で胸ぐらをつかんで起こす。

「どうした、何があったのだ! お前にいくら金を払ったと思っている!」

 頬を叩くが、まるで起きる気配はない。

 おそらく、薬品を使われたのか、あるいは魔法でも使われたのだろう。

 その深い眠りは、当分目覚める様には見えなかった。

「クソ……強盗か?!」

 風呂上りの湯気がわずかに漏れている、太った体を揺らしながら男は歩いていく。

 とりあえず、先ほどまで完全に無防備だった自分は何もされていない。最も確保するべき自分の安全は確実だ。敵の狙いが自分ではないことは確実である。

「誰か、誰かいないのか!」

 彼は取り乱すことなく、声を張り上げていた。

 自分は貴人、人を使う側の人間である。まずは指示できる人間を探さねばならない。

 その一方で、彼は脳内で自分の次に価値のあるものを探り始める。

 これだけの手並みだ、おそらく表の護衛兵達もやられているだろう。

 この屋敷にある何が盗まれていても、全く不思議ではない。

 おそらく既にほとんどの物が持ち去られているであろうし、下手人は逃走を済ませているはずだ。

 そうでなければ、今頃自分も寝かされているか、殺されている筈なのだから。

「金庫はワシの魔力が無ければ開かんはずだが……だとしてもここまでの手並みだ、開錠する魔法を使えるやもしれぬ……しかし、屋敷の金貨など知れている。問題はない……か?」

 幸いというか、当たり前だが、現金と呼ぶべきものはほぼこの屋敷にはない。

 彼の資産はほとんど別の、もっと厳重な場所へ保管されている。そして、そこが襲われたとしても保証されている。

「美術品……ないわけではないが、大きすぎるな。それに重い」

 蝋燭の明かりが悉く消えた、曇天の真夜中、彼は思案していた。

 自分の格を示すために、調度品にも気を遣ているし、その値段は庶民なら一緒遊べる額だろう。

 問題は、そうした美術品は真贋の鑑定が難しく、その販売は極めて難しいということだ。

 現金ならそんな面倒は無いが、美術品は持ち運ぶのが不便で、もしもの事があれば大いに値が下がるのである。

 ここまで鮮やかな腕前を持つ泥棒ならば、或いはそうしたルートを持っているのかもしれないが、流石に持ち出すには相応の時間を要するだろう。

 であれば、自分の事も気絶させてから悠々と盗み出すはずだ。

「灯れ!」

 魔法の力を持つ自分の指輪に命じて、明かりを灯す。

 光を反射させる宝石ではなく、自ら光源となった金属の指輪は、昼間の様にとはいかずとも彼の周囲を確かに照らしていた。

「……持ち出された形跡はないな」

 この屋敷に飾られている絵画や壺などの美術品は、どれも一級である。逆を言えば、ほぼ全ての物が大体同じ価値を持っている。

 にもかかわらず、廊下に飾られているものは、動かされた形跡もなかった。

 であれば、やはり金庫だろうか。持ち出されれば確かに困るが、そこまで致命的ではない。

 と思っていると、一つ致命的なことを思い出していた。

「エララ……エララ!」

 自分の命、現金、美術品、と想像を巡らせて、ようやく今日結婚式を挙げたばかりの花婿はこの屋敷に初夜を迎えた花嫁がいることを思い出していた。

 彼は走り出していた。

 ぜい肉だらけの脚で、自分の屋敷の中を走っていく。

 目指す先は、『自分達』の寝室だった。

 普段から運動が足りていない彼は、不安定な精神状態もあって苦しそうに走っていき……。

「ああ……なんてことだ……」

 絶句して崩れ落ちた。

 夜風に揺れるカーテンと、開けられた窓。

 先ほどまでそこにいたという体温が消えていく中、花婿はぶよぶよの体を支え切れなくなっていた。



 夫の名はパシファエ、妻の名はエララ。

 貴族同士の政略結婚ではあったが、それを抜きにしても両者の年齢の差は大きかった。

 なにせ、如何に後妻とはいえパシファエにはエララより年上の娘までいたのだから。

 美しき少女であったエララは、醜く肥え太っていたパシファエの婚約を喜ぶはずもなかった。

 しかし、地方の有力者である彼との結婚を喜んでいた両親に逆らえるわけもなく。

「来てくれるって信じてた」

「遅かったかな?」

「ううん、間に合ったわ」

 曇天の夜道を走る二人は、互いに手をとって走っていた。

 花嫁をさらった男は暗殺者の様に夜の闇に紛れる服装であることは当たり前だったが、エララが着ている服は明らかに逃走用の、平民の普段着だった。

 とはいえ、その整った顔を見れば、彼女の育ちは明らかだったのだが。

「あんな年齢というものを考えていない男の愛でられたら、ぜい肉で埋まって溺れていたところよ、ありがとうマコト」

「正直、躊躇してたんだ。でも、あの男が君を汚すのかと思うと……」

 女性の髪が金色、眼の色が青であることに対して、彼は眼も髪も黒だった。

 名前もそうなのだが、明らかにこの国の人間には見えなかった。

「どうしても、君を彼に渡したくなかった」

「嬉しいわ」

 既に、屋敷は遠い。

 追手が来ることを思うとまだ安心はできないが、それでもある意味二人は逃走に成功していた。

 なにせ、パシファエ以外の全員を気絶させたのだ、翌朝まで追手を差し向けることなどできるわけもない。

「だけど、いいのかい? 君の御両親や、君の家の領地は……」

「大丈夫よ、考えても見て? あの見栄っ張りが結婚初夜に花嫁を盗まれたのよ? そんなの、誰に文句を言うの? 精々病死扱いにする程度よ」

「それもそうか……それじゃあ、迷惑にはならないと」

「もし本当の事がわかったら返って恥だし、ウチの両親にもお詫びを言うところよ」

 故に、病死。なるほど、筋は通っている。

「そりゃよかった、ああ、よかったよ」

「だから、安心して逃げましょ。お隣の国に逃げちゃえば、もう誰も私達の事を追いかけられないわ」

 既に逃走資金も逃走経路も準備万端。

 二人は手に手を取って、愛の逃避行に身を投じていた。



 結婚式が終わって間もなく、遺体のない葬儀を上げたパシファエは喪服のまま不機嫌そうに公園のベンチに座っていた。

 いいや、必死で不快さを押し殺そうとしているようにも見えていた。

 彼の心中いかばかりか。海千山千の魑魅魍魎を相手取ってきた怪物は、心底では煮えたぎる怒りを顔では凍り付かせていた。

「よろしいのですか、旦那様」

「かまわん」

 同じく喪服を着ている護衛を務める数人の男たちは彼の身を案じていた。

 既に『当日』の折檻を請け負えている彼らに対して、怪物は既に怒ることはなかった。

「ですが、殺し屋などという汚れ仕事の者に直に会うなど……」

「かまわんと言っている。正直に言えば、向こうが言わんでも直に顔を見たいところであったしな」

 晴れやかな秋の晴天、広葉樹の落葉が始まる中、パシファエは地獄の様な心中でこれから来るはずの殺し屋を待っていた。

「さて、そろそろ時間だが」

 懐中時計を取り出すと、そこには約束の時刻の一分前だった。

「まだ、誰も近くには……」

「それらしい男はどこにも……」

「いいや、女かも知れんな……」

 護衛を務める男たちは、周囲を警戒していた。

 多くの人が通る公園で、誰が暗殺者なのか考えを巡らせるのは無意味だった。

 もしかしたら子連れの家族がそうなのかもしれない。

 少なくとも、暗殺者らしい暗殺者など、暗殺者でもなんでもないのだから。

 時計の秒針がゆっくりと動いていき、分針と一緒にかちりと動いた。

 そして、その時刻になると同時に、公園の中で本を読んでくつろいでいた男がゆったりと歩み寄ってきた。

 護衛達が見ていた限り、ずっと前から本を読んでいた男だった。

 黒い髪に黒い目、やや鍛えている程度の成人男性。それが、まるでなんでもなさそうに大貴族の前に現れていた。

「貴方が依頼人かな」

「そういう君が殺し屋か」

「如何にも、盗賊ギルドの仲介によって参上した」

 一つ、明確に一般人と違うのは、その目に人を殺したことがある冷酷さがあることだった。

 護衛達は確信していた。目の前の彼は、紛れもなく殺し屋なのだと。

 問題があるとすれば、自分達が依頼しようとしている殺し屋なのかどうかということだった。

「依頼を受ける条件は聞いているな? 依頼内容を直に確認しに伺った。どこの誰を、どうして殺したいのか、ぜひ教えて欲しい」

 ありえない質問だった。貴族の者が人を殺したいと思って、殺し屋を雇い依頼する。そこに、後ろめたくないことがあるわけもない。

 そんなことを丁寧に説明すれば、それは確実に脅迫の材料になるだろう。それこそ、この殺し屋を殺す必要が出てくる。

「貴様……!」

「やめろ……愚痴を言いたい気分だと言ったはずだ」

 椅子に座っている男は、やや動いてベンチの端に寄った。

 それはまるで、自分の隣に座るように促しているようだった。

「失礼……」

「気にするな……どうせ殺し屋如きが脅迫できるワシではない」

 殺し屋と目を合わせることもなく、老人は遠くを見た。

 その先には仲睦まじい家族や、一人で散策している若者がいる。

 あるいは人の手の入った、庭師の世話の行き届いている公園がある。

 しかし、彼は遠くを見ているのであって目の前の光景を見ているわけではなかった。

「知っているかどうかは知らんが、ワシは先日エララという娘と結婚した。そして、その初夜に突然の死によって失った」

「ということになっている、でしたか」

「ああ、一応葬儀は済ませたが、あの棺桶の中には何も入っていない」

 老人は、ハリのない手を強く握っていた。

 その所作は、必死に押し殺している感情が、僅かににじみ出た物だった。

「ワシも世間体というものがある。彼女の実家にはきちんとわび状を送り、彼女が嫁いだことで生じた約束は続行するということにした。元々、そうした利益があるからこそ、彼女を嫁にするという話になったのでな」

 それは、ある意味ではエララの想像通りの展開だった。

 実家には迷惑が及ばず、パシファエだけが被害を受ける。

 外国まで逃げてしまえば、追いかけてくることはできない。

 そこまでは正しい。

「だが、ワシをコケにした餓鬼には報いを与えねばなるまい」

 大人しく諦めるわけがない、と彼女たちは想像を巡らせるべきだった。

 老獪なる貴族が、自分のメンツを踏みにじった若造をのうのうと生かすわけがないと思うべきだった。

 若さゆえの、思慮の浅さだった。

「これは利益のために殺すのでもなく、名誉のために殺すわけでもない。ワシの憂さを晴らすため、ワシをあざ笑った輩がこの世に生きていてはならん」

「……なぜ手のものを差し向けないのか教えてもらえますか」

 彼が従えている護衛も、見るからに相当の使い手だった。

 おそらく、殺し屋がうかつなことをしようとすれば、即座に制圧し殺すこともできるだろう。

「これだ」

 投げ手渡したのは、二枚の書類だった。そこには二人の人間の情報が書かれている。

 それを確認すると、標的の二人が冒険者ギルドに所属していたことが書かれている。

「なるほど、隠密能力に秀でた男ですか」

「探索では罠の発見や奇襲を行っていたらしいが……人間との戦いならこれほど厄介な物もない」

 非常に高い隠密能力を持つ、斥候職の冒険者。

 なるほど、これなら屋敷を襲撃することも可能か。

「ワシは自分の目利きによって、護衛の兵士をそろえておった。しかし、結果はあの様……ワシのすべてをあざ笑い、奴らは自由を謳歌して居る……!」

「なるほど……事情は分かりました。それでは殺すのは男ですか、女ですか」

「『両方』だ」

 歯ぎしりしながら、吐き捨てるようにそう言っていた。

 確かに、男が女と一緒に逃げ出したのだ、その間に何が起きても当然だろう。

「ワシと結婚した女は既に葬式を済ませてある、生きていてはおかしかろう?」

「他に注文は?」

 流石は殺し屋、あっさりと引き受けていた。

 その一方で、更に細かい内容を詰めていく。

「そうさな……死体だ、それをできるだけ原形をとどめて、その上で持ち帰って欲しい。ワシの前に持ってきてほしい」

「墓に埋めるのですか」

「違う、確実に死んだことを確かめるためだ。この眼で。苦悶の顔を浮かべているのは仕方がないとして、できるだけ原形をとどめて殺して持ってきてほしいのだ」

「死体の確認か……承知しました」

 彼はすう、と掌を向けた。

 その手の上に、パシファエは革袋を渡していた。

 決して少なくなどないが、貴族が人を殺すには少なすぎる額の現金だった。

「前金だが……本当にこの額で良いのか?」

「別に構わないです。成功次第、残りの報酬をいただきに上がります。死体の引き渡しも、その時に」

 その殺し屋は、ベンチを立ち上がった。

 そして、大金を受け取ったとは思えない軽やかな歩みで、そのまま去っていった。

「良いのですか? あの男で」

「かまわん、盗賊ギルドは奴を推薦しておったしな……」

 その殺し屋は、少々変わり者であることで知られていた。

 手ごわいとされる案件を好み、その一方で他の仕事には興味を示さない。

 依頼人から直接話を聞かなければ仕事を請け負わない一方で、報酬は一律して少ない。

 何よりも……彼が仕損じたことは一度もなかったという。

「しかし、信じられません。アレが『鋼鉄の殺し屋』などと呼ばれているのは」



 弱小貴族と言っても領地の中での権威は絶対であり、大貴族ともなれば国内であればおおよそ不可能は無い。

 しかし、だからこそ国外では返って動きが制限される。

 そう信じていたからこそ、そう知っていたからこそ、エララとマコトは国外に逃げていた。

「もうすぐ家に帰れるわね」

「ああ、今日も大儲けだったな」

 身分を隠して冒険者に興じていたエララは、新人のマコトと出会いパーティーを組んでいた。

 貴族のたしなみとして魔法を憶えていた彼女は、マコトが奇襲してからの誘導による待ち伏せで幾多のモンスターを葬っていた。

 そして、身分違いだと分かっていても、二人の想いは燃え上がっていた。

 障害があったからこそ、若き二人は互いに強く結びつきあったのである。

「もっと早くこうすればよかったわ……あんなオッサンと式なんて上げずに済んだのに……」

「でも、似あってたよ……あのウェディングドレス」

「見てたの? その時さらってくれればよかったのに……」

「そういうわけにもいかないさ……それに、お金がたまったら、ちゃんと式をしよう」

「……その前に、子供が産まれるかもしれないわね?」

「ははっ、そりゃあ大変だ」

 逃亡中とは思えないほどに、二人はリラックスしていた。

 およそ、隠密行動に必要なスキルをほぼすべて会得している、という『ありえない』マコトは、自分の顔と彼女の顔を変えていた。

 しかも、お互いだけは本当の顔がわかる、という凄まじい代物である。

 その力で国外に逃げた二人は、そのまま別人として過ごしていた。

「ねえ、アナタ……私、しあわせよ」

「俺もだよ……」

 町はずれに小さな家を買った二人は、寄り添い合いながら夕焼けの空の下歩いていく。

 どこにでもいる、冒険者の夫婦。斥候職の武装と魔法使いの装束を着た二人は、この一瞬が永遠であればいいと思っていた。

 もうすぐ家だ。冒険者の夫婦どころか、ただの夫婦として二人は過ごすのである。

「……なにか、臭わない?」

「っていうか……臭いな」

 だが、その仮初の幸福を切り裂くような、聞いたこともない轟く音と異臭があたりに立ち込め始めていた。

 夕焼けのやや暗い道を、二つのまぶしい光が照らしていた。

 それは、まるで輝く瞳を持つ巨大なモンスターが、凄まじい速度で向かってくるようでもあり……。


「な、なに?! あれは何?!」

「そんな……!」


 ありえないほどの速度、ありないほどの重量。

 それが一瞬のうちに二人の背後から突撃し、そのまま二人を跳ね飛ばしていた。

 如何に冒険者とはいえ、所詮は人間。巨大な鉄の塊に激突されれば、なすすべもなく重傷である。

 適切な処置の後に回復魔法を受けなければ、おそらくそのまま死ぬだろう。

 そうした状態になった二人は、しかしマコトだけはまだ意識があった。

 既にまるで動けない状況なのだが、喋ることもできないのだが、妻のことよりも先に疑問が脳内を満たしていた。

 今もなお、耳に届く爆音と大地を揺らす振動。そして、明らかな異臭。

 それらと全身の痛みが、彼にリアルを、現実を教えていた。


「なんで、異世界にトラックが……」


 殺意以外の何の意図もない車両による突撃。

 それを受けて、彼は流れていく血の喪失と激痛、嘔吐感に耐えていた。

 まだ適切な処置を受ければ生きられる。その考えが、彼にその疑問を許していた。

「た、たすけて……」

 手を伸ばすこともできないが、彼はかろうじて助けを乞うことができていた。

 そして、それは当然のように無視される。


『バックします、バックします』


 ゆっくりと、巨大なタイヤが迫ってくる。

 確実に止めを刺すべく、バックでひき殺されようとしている。


「い、嫌だ! たすけ、助けて!」


 ゆっくりと向かってくるからこそ、返って恐怖が先に立つ。

 しかし、窓を下げて下を確認しながら下がってくる運転手は、一切その表情に躊躇いは無く……。


「死にたくない!」


 ブレーキは、踏まれることはなかった。



 依頼を受けてから数日後、彼の屋敷の前に巨大な鉄の塊が現れていた。

 巨大なトラックが、アイドリングしながらも彼の家の前に停車していたのである。

「お届け物です」

「……ああ、確認させてもらう」

 後方の荷台を開けて内部を見せる殺し屋。それに対して、パシファエはひんやりとした冷凍車の中に入っていく。

 そこに寝転がされていたのは、やや霜が付いているものの、確かに人間の死体だった。

 まるで巨大なハンマーで破壊されたかのように、全身の骨が砕かれ、皮も割かれていた。

 それでも、顔から上は綺麗なもので……。


「……ありがとう、確かに妻だ。約束の残りの報酬を渡そう。色を付けてな」

「……っふ、約束どおりもらえれば不満はないですよ」


 凍った死体を降ろすと、あくまでも約束通りの半金だけを受け取って、トラックを走らせて去る鋼鉄の殺し屋。

 排気ガスによる異臭をまき散らしながら走っていく巨大な鉄の乗騎を見送りながら、パシファエは無念を晴らしたことによる感謝の言葉を送っていた。



「ありがとう……『鋼鉄の殺し屋』……いいや、『トラックの運ちゃん』……!」








シリアス

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