第2部 * 4 *
「じゃあ、小陽。気が向いたら、自分の実家を覘いてけよ」
日向三郎のナスの牛の後ろに跨った小陽に、久子と共に門の外まで見送りに出た日向正太郎が声を掛けた。
お盆最終日の夕方。久子の肉体の死により、お盆どころではなくなった物界親族の大人たちに代わって、日向正太郎の曾孫にあたる者のうち最年長の少年が焚いてくれた送り火で、小陽と、日向正太郎本人を除いた彼の心界親族は、心界へと帰る。
久子は、肉体の死の直後に、キチンと死を自覚し、納得もしているため、本当はすぐにでも心界へ行けるのだが、せっかく子供や孫たちが自分のために通夜と葬式をしてくれるということで、小陽の肉体の死の時のケースと違い急ぐ必要も無いことから、もう1日残って、それを見届けてからにすると言い、日向正太郎も、それに付き合うことにしたのだった。
小陽に声を掛けたのに続いて、日向正太郎は、小声で、日向三郎に、
「サブロー君。悪いけど、小陽のことよろしく」
小声なのは、久子には「日向正太郎が小陽を連れて来た」のだという設定になっておらず、聞こえると、ややこしいことになるおそれがあるためだろう。
日向三郎も、ちょっと笑って、
「了解」
小声で返してから、小陽に、
「じゃあ、行きましょう。落ちないように、ちゃんと掴まっててくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
日向三郎の言葉に従い、キュッと背中にしがみつく小陽。
日向三郎は、ちょっとだけ、背中の小陽に目をやり、優しい笑顔で、確認するように頷いた。
暗くなり始めた空へ、小陽と日向三郎を乗せたナスの牛が、ゆっくりと上昇する。
小陽は、名残を惜しんで、日向正太郎の実家を振り返った。
(危ない目にも遭ったり、店長とのことで、ちょっと色々あったりもしたけど、楽しかったな……。
連れて来てもらえて、よかった。ユキコさんと友達になれたし)
小陽は、心界に戻ってからも一緒に遊べるようにと、別れ際に、幸子と連絡先を交換していた。……と言うか、早速、1週間後の幸子の仕事が休みの日の、小陽のバイト終了後、会う約束をしている。
「小陽さんのご実家って、どの辺りですか?
とりあえず、僕の実家はとても遠いので、それよりは駅に近いだろうと思って、駅方向へ向かっちゃってますけど」
宙を進みながらの、日向三郎の質問。
「あ、はい。それで方向、合ってます。駅から歩ける距離なので。
でも、いいですよ。寄らなくて……。なんか、気がすすまないし……」
(行ったって、どうせ……)
行っても、そこにあるのは、壊れた家庭。……小陽が死んだせいであるため、文句を言う資格すら無い。
だから、今年は初めから、行かないことにしていたのだ。
「じゃあ、家の外から、そっと中を覗くくらいでもいいので、行ってみませんか?
正太郎にも全く同じことを言われてたみたいですけど、小陽さんが最後に目にしたご実家の様子って、まだ、小陽さんの肉体の死後2ヵ月も経たない頃ですよね? それでご家族が明るく楽しそうにされていたら、逆にショックじゃないですか? 自分がいなくなったことを喜ばれているみたいで。
1年経って、どんな様子なのか、ちょっと見てみてもいいと思いますよ? 」
(……そんなに言うなら……)
「ここですか? 」
「はい」
日向三郎と、それから日向正太郎も、あんまり言うので、とりあえず立ち寄ってみることにした小陽。
もうすっかり闇に沈んだ住宅街に、日向三郎と共に降り立つ。
と、実家の塀の、すぐ向こう側から、つい最近に聞いた覚えのある、パチパチ……とか、シュー……とかいう微かな音と、立ちのぼり夜の闇を柔らかくする白い煙とその特有の香り。
塀の上から覗いてみると、
(花火……)
母と星空が、庭で花火をしていた。
その時、暗い道を1台の自転車が、小陽と日向三郎のいるほうへ向かって走って来、
「こんばんはー」
言いながら、実家の門を入って行った。
(あ、あの子……)
それは、いつか星空を悪い仲間から救ってくれた少年・桐谷だった。
自転車を玄関前に止め、カゴに入っていたビニール紐製の網入りのスイカを網ごと取り出し、ぶら下げて持って、庭へと歩き、もう一度、
「こんばんは」
母はちょっと驚いた様子で、
「あ、は、はい? こんばんは? 」
「あっ! 桐谷! いらっしゃーい」
火の点いたままの花火を手に、桐谷に歩み寄る星空。
星空に頷いてから、桐谷、
「花火にお招きありがとうございます」
母に挨拶し、スイカを差し出す。
「これ、うちの母からです」
まあ! ありがとう! とスイカを受け取ってから、母、星空に小声で、
「誘ったの? 」
ちょっと冷かすような調子。
返して星空、照れながら、
「うん。2人より、3人のほうが楽しいでしょ? 」
そして、照れを紛らすように桐谷に、
「桐谷。まず、どの花火やるー? パチパチ弾けるのとシューシュー噴き出すの、どっちが好きー? 」
桐谷の手を引いて、未使用の花火を並べて置いてあった縁側へ連れて行く。
小陽が物界で生きていた頃と変わらない、明るい星空の姿に、小陽はホッとする。
母が、スイカを切ってくる、と、縁側から上がって家の中へ。
「火、気を付けてねー! 」
もう中へ入ってしまってから、突然思ったのだろう、外にいる星空と桐谷に向けての母の声。
母も元気。
(…これなら、来年のお盆は、ちゃんと初日から来たいかも……)
* 終 *




