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第1部 * 3 *


「ダメだ」

 バイトを終えて私服に着替え、いつものように物界行きの許可をもらおうと、店長室でデスクワーク中だった日向正太郎に声を掛けたところ、キッパリと断られ、

(…へ……? )

小陽は途惑った。いつもはスンナリくれたのに、と。

 今日は、3日間のオリエンテーション終了後、初めての勤務……つまり、雛菊に通い始めて4日目。

 お盆以降、小陽は毎日、日向正太郎に許可証を書いてもらい、物界へ行っていた。

 毎日行く理由は、考えてみれば、「母や星空のことが心配なためと、肉体の死を迎えた日に病院で会って以降姿を見掛けない父のことも気になっているため」ということになるのだろうが、頭で理由などを考えて、と言うよりは、「行かなければ」という使命感というか、強迫観念に近いものかも知れない。

 日向正太郎は、初日こそ、

「昨日帰って来たばっかじゃないの? 何か忘れ物? 」

などと聞きはしたが、昨日も一昨日も、特に何も言わずに許可証を書いてくれた。

 途惑いと同時に焦りを感じる小陽。「行かなきゃいけないのに」と。

「…どうして、ですか……? 」

 小陽の問いに、日向正太郎は大きな溜息。それから、うーん……と、何かを考える素振りを見せ、

「……そうだな。じゃあ、接客7大用語を言ってみ? お客様相手に言ってるつもりで大きな声で、分離礼もして」

(…7大用語……)

 小陽は困った。初めの2つ、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」しか分からない。他は、どんな意味の言葉があったか漠然と覚えている程度だ。

「言えたら、許可証を書いてやるよ。ほら、言ってみ? 」

(…どうしよう……。確か、これ、宿題だった……。言えなかったら怒られるよね? )

「ほら、どうした? 言ってみ? 」

 再度促され、小陽は、日向正太郎の顔色を窺いつつ、仕方なく口を開く。

 怒られるだろう、とビクビクしながらなため、自信があるはずの1つ目、「いらっしゃいませ」から、声が小さいと注意され、姿勢なども直され、手ぶらなのだから叉手もしなければと指摘され……なかなか次へ進まない。やっと次の「ありがとうございました」に進んでも、もう、その後は分からないため続かない。漠然とは覚えているので先の2つを口に出して言うことで思い出すかも知れないと期待したが、ダメだった。

 日向正太郎は大きく大きく溜息を吐く。

 小陽はビクッ。

「…あのさあ……。これ、初日の宿題だったよな? 何で言えないの? 宿題、って、意味、分かる? 決められた日までに『必ず』やっておくものだよ? 」

(…知ってる。星空が大急ぎでやってるとこを見たことがあるから。わたしが通ってた院内学級では、『出来れば』やっておくものだったけど……)

「…すみません……」

 日向正太郎は軽く頷き、続ける。

「オリエンテーションだって、無難にこなせたつもりでいるんだろうが、俺が手本を見せた直後に真似してるから出来てるだけで、今日の仕事中の動きを見てる限りじゃ、何ひとつ身についていない。

 こんなんじゃ、次に教える予定のキャッシャーに進めないよ。通常なら、オリエンテーション終了後すぐに教えることなんだけど」

 そこまでで一旦、言葉を切り、溜息を吐いて、更に続ける日向正太郎。

「これから心界で生きていく上でさ、今は、もっと自分のことを大切に考えて、今やるべきことをキチンとやらなけりゃならない時だ」

(それで結局、許可をくれる気は無いんだよね……? )

 小陽は、日向正太郎の長い話に、時間がもったいなくて、イライラを抑えられなくなってきた。「もう言いたいことは分かったから、終わりにしてよ」と。「こんなことしている間にも、早く行かなきゃ」と。

 日向正太郎の説教を聞いていられず、小陽は、

「分かりました! すみませんでしたっ! 」

半ば強引に、その話を遮り、

「小陽! まだ話は……! 」

呼び止めようとする声を背中に聞きながら、雛菊を出た。



                 *



(…来ちゃったけど……)

 転入者研修センターの前で、小陽は、白のタイル張りの門柱に手をつき、その陰に半分身を隠すようにして中を覗いては、2・3歩離れ、また覗いては離れ、を繰り返す。

 許可証を書いてもらうのに、日向正太郎がダメなら日向三郎にと考え、研修センターまで来たものの、中に入ることを躊躇われた。

(…何か、気まずい……。あれから会ってないし……)

 日向三郎とは、バイト初日にあまりスッキリしない別れ方をして以来、会っていない。それを、3日振りに会っていきなり頼みごとをしようなど、気まずすぎて……。

 小陽は門に背を向け、溜息をついた。

 そこへ、

「何か、ご用ですか? 」

背後から声が掛かる。

 振り返れば、作業着姿で手にホウキを持った女性。この施設の清掃員だ。

 小陽は、日向三郎への気まずさを拭えないまま、それでも、他に指導階級の知り合いはおらず、許可証を書いてもらえるのは彼しかいないため、

「…あの……。日向三郎さんに……」

 清掃員の女性は、あなたのお名前とご用件は? と小陽に確認してから、ちょっと待ってて下さい、と、センターの中へ呼びに行ってくれた。

 軽く息を吸って吐いて心の準備をする小陽。

 しかし、ややして清掃員の女性は1人で戻って来、日向三郎は外出していていないことを告げた。

 これで許可証を書いてもらえる宛てを全て失ってしまった小陽は、途方に暮れながら、女性に礼を言って踵を返すが、

(あ……! )

ふとあることに気づき、センターの門を振り返る。

 と、小陽を見送ってくれていたらしい女性と目が合った。

 小陽は、

「あ、あの……」

ちょっと言いよどんでから、思いきって口を開く。

「あなたは、指導階級ではないですか? 」

 そう、この清掃員の女性がもしも指導階級ならば、この女性に書いてもらえたらと考えたのだ。

 質問の意図が分からなかったのだろう、女性はキョトンとして、

「いいえ? わたしは、ただの清掃員ですので……? 」

 その様子に、ちょっと疑わし気な、怪しい人を見る目つきのような雰囲気が混ざっているのを感じ、小陽は、いたたまれず、

「あ、いいんです! すみませんでしたっ! 」

言いざま回れ右。そそくさと、その場を去った。



                  *



(わたし、こんなに、あっち行ったりこっち行ったり、何やってんだろ……)

 雛菊の通用口のドアの前で、小陽は溜息を吐いた。

 許可証を書いてもらえる宛てが無くなったため、仕方なく、もう帰ろうと自宅アパートまで行ったのだが、手提げの中に鍵が無く、ちょっと考えてすぐに思い出したのだ。バイト上がりに着替える際、手提げから落ちた鍵を、拾ったが特に何を思うでもなく手提げには入れず、更衣スペース内の台の上に何となく置いて、そのままにしてしまったことを……。

 それで、鍵を持ちに戻った。

 うんざりしながら通用口を入り、休憩室へ。

 休憩室は無人だったが、少し席を外しているだけなのだろうか? 日向正太郎の在室しない時には常に施錠されているはずの店長室のドアが開いている。

 小陽は初め、鍵を置きっぱなしにした台の上に鍵があるのを認めると腕を伸ばして手に取り、手提げの中に落として入れてから手提げ外側から触って確かめ今度は確実に仕舞い、と、店長室が開いていることなど、知っていながら完全にスルーしていたが、休憩室を出ようと体の向きを変えたところで、

(……)

背後から誰かに呼び止められたような感覚があり、振り返る。

 当然、開いている店長室のドアが視界に入った。

(…店長室……)

 すぐに、その中に許可証の用紙や日向正太郎の印鑑があることに思い至る。

(許可証、今なら……)

 小陽は吸い寄せられるように店長室の中へ。

 仕舞ってある場所は分かっている。用紙が机の上の棚の左端のクリアファイル。印鑑が椅子の正面の平べったい引き出しの中。それらを手早く手元に用意し、日向正太郎が戻って来やしないかと、1度、チラリと休憩室入口を気にしてから、小陽は、丁度目の前にあったペン立てからボールペンを借り、これまで3回書いてもらってすっかり憶えてしまった内容を日付だけ変えて用紙に記入。印鑑を捺して引き出しに仕舞い、ボールペンも元の場所に戻して、

(よし、行こうっ! )

自作の許可証を手に休憩室を出た。

 そこで、

(! )

日向正太郎と鉢合わせた。休憩室の真向いにある従業員用トイレから出て来たのだ。

(…店長……! )

 小陽は咄嗟に許可証を持つ手を背に回して隠す。

 しかし、

「ん? 」

日向正太郎は、いつもより若干早歩き気味に小陽へと歩み寄ると、側面から覗き込む格好で小陽の背面へ手を伸ばし、許可証をヒョイッと取り上げた。

 取り上げた許可証に一瞬だけ視線を落としてから、静かに真っ直ぐに、小陽を見据える日向正太郎。

 固まる小陽。

 そのまま数秒が流れた。

 日向正太郎の右手がスッと動くのを認め、小陽は、

(叩かれるっ! )

ビクッと身を縮める。

 その時、休憩室で電話が鳴った。

 日向正太郎は休憩室内へ。受話器を取り、

「お電話ありがとうございます。お食事処雛菊本店でございます」

 金縛り状態から解放された小陽は、いっきに全身の力が抜け、その場にヘタッと座り込む。

 そのまま上半身を捻って日向正太郎の行った休憩室方向に目をやると、目線より少し上なだけの高さに、許可証。

 許可証は日向正太郎の手にあるものの、その意識が全く注がれていない。

(……)

 いっきに全身の力が抜けた瞬間に拡散してしまった小陽の中の何かが、静かにゆっくりと小陽の中心に集ってくる。

(店長の電話が終わるのを待ってても、きっと、怒られる続きがあるだけだし……。今なら、取れそうだし……)

 集まりきった何かがギュッと固まって、外側へと向かって、強くドンッと動いたのに突き動かされ、小陽は、中途半端に立ち上がって、不注意な日向正太郎の許可証を持つ手に飛びつき、奪い返すと同時に回れ右。体勢も立て直さないままに休憩室入口と、その向こう、打ち放しコンクリートの空間を駆け抜け、通用口から飛び出した。

(……これで、行ける! 物界へ! 星空のとこへ! お母さんのとこへ! )




(……星空! ……お母さん! )

 許可証を大事に握りしめ、小陽は駅へと走る。

(星空! お母さん! )

 背後から感じるものがあり、足は速度を変えずに動かしながら確認すると、かなり遠いが、日向正太郎が追って来ていた。

 その時、やはり遠くで車のクラクション。日向正太郎の真横で見覚えのあるセダンが止まる。日向三郎の車だ。

 日向正太郎が乗り込み、車は発進。いっきに小陽との距離を詰めてくる。

(マズイっ! )

 捕まるわけにはいかない、と、小陽は、もともと全速力だが、視線を正面に戻し、グッと呼吸も止めてしまって走った。


 駅のすぐ手前の歩車分離式信号の交差点で横に並ばれてしまったところで、運の良いことに、日向三郎の車は赤信号に捕まった。

 それを後目に、横断歩道を駆け抜ける小陽。

 日向正太郎だけが車を降りるが、その時には既に、歩行者用信号は赤。日向三郎の車の方向を向いた車輌用の信号も赤いまま。

 その間に駅へ到着した小陽は、切符販売窓口のカウンターに許可証を叩きつける勢いで切符を買い、発車のベルが鳴って今まさにドアが閉まろうとしていた電車に飛び乗った。

 閉まったドアの窓の向こうに、駅に駆け込んで来た日向正太郎の姿。

 動き出す電車。

(……逃げきれた! )

 小陽は大きく息を吐く。同時、さっき許可証を勝手に書いて持ち出そうとしたまでの段階でも叩かれそうになったのだからと、後でものすごく怒られることを思ったが、

(でも、仕方ないよね。行かなきゃいけないんだから……! )



                  *



(……? 星空は……? )

 実家に着いた小陽は首を傾げた。

 まだ夕方なのに、星空が家にいない。星空のいつもの行動パターンからすれば、出掛けるのは夕食を済ませてからの19時頃なのだが……。

(……)

 小陽は妙な胸騒ぎを感じる。

(…捜しに、行こうか……)




 実家を出た小陽が真っ先に星空を捜しに向かったのは、星空がいつもガラの悪い8名の少女たちと溜まっているコンビニ。

 しかし、いなかった。

 正直、小陽は、このコンビニ以外に心当たりが無い。

 友達の家とか……そもそも、星空の友達を知らない。学校は、昨年10月の運動会を応援しに行ったため知っているのだが、今は夏休み。通常の学校の授業は無いだろうし、昨日の夜も普通にコンビニで溜まっていた荒れた生活を送っている星空のこと、昨日の今日で急に真面目に部活動とも考えにくい。

(…っていうか、あれっ? )

 小陽はハタと気づいた。

(わたしが行ったのって、小学校だ。昨年なんだから……。中学って、どこだろ……? )

 と、その時、

(? )

 向かいの桜公園から、ごく小さいが、何やら尋常ではない悲鳴のような声が聞こえた気がした。

 公園の中の様子は、背の高い生垣のせいで見えない。

(…何だろ……? )

 コンビニと公園の間の道路を車が通っていることなど全く無関係なはずの小陽だが、何となく習慣でワザワザ30メートルは距離のある横断歩道まで行き、渡って、覗きに行く。

 が、怖くて覗けない。何だか、とても嫌な感じがしたのだ。

 吐き気すら覚えて、その場にしゃがみ込む。

 それでも、

(! )

 再び悲鳴を聞き取り、気になって、力を振り絞り覗いた。

 そこで目にした光景は……

「星空……っ! 」

 星空が例のガラの悪い少女8名に囲まれ、暴行を受けている。

 仲良くしているようでも、いつか、ちょっとした何かのキッカケで、こうなるのではと思っていた。

 リーダー格と思われる最年長らしき少女がブランコに腰掛けニヤニヤ嫌な笑みを浮かべて眺める中、まるで土下座でもしているような格好で蹲っている星空の髪を別の少女が掴んで引っ張り上体を起こさせ、直後、また別の少女の足が顔面を襲う。

「やめてっ! 」

 星空と少女たちの間に割って入る小陽。何を考えるでもなく、体が勝手に動いていた。仰向けに地面に転がった星空を庇うべく、覆いかぶさる。

 しかし、続く少女たちの攻撃は小陽の体を通過し星空に当たった。

「やめて! やめて、お願い! やめてっ! 」

 叫ぶ声も届かない。吐き気は、増すばかり。

「やめて! やめてやめて! やめてっ! 」

 そこへ、

「やめろっ! 」

 声と同時、少女のうち1人が後ろから押されたように星空の上に転びそうになったが、転ばず踏みとどまり、バッと自分の背後を振り返った。

 他の少女たちも、一斉にそちらを見る。

 転びそうになった少女の背後には、星空と同じくらいの身長、同じくらいの年頃の、「ごく平凡」というものを絵に描いたような少年。

「…桐谷とうや……」

 星空が驚いたように呟く。

 少年は、桐谷というらしい。

 転ばされそうになった少女が桐谷少年に掴みかかり、彼の鼻を頭突きした。

「桐谷っ! 」

叫びながら体を反転し、上体を反るように起こして桐谷を見る星空。

 鼻を押さえた桐谷の手の指の隙間から、血が滴る。

 頭突きが合図とばかり、別の少女の膝蹴りが桐谷の腹にめり込み、痛みに体をくの字にしたところを、その背中へと、また別の少女の脚が振り下ろされ、と、少女たちの攻撃が桐谷に集中。

 桐谷もその場に崩れた。

「桐谷っ! 」

再度叫ぶ星空。

 瞬間、

「てめえは助かったとか思ってんじゃねえぞ! 」

 少女のうち1人が両足を揃えてジャンプ。星空の背中に着地。

 星空は一度大きくのけ反ってから、顔を地面に沈める。

 そこからは、殴られる回数を分け合う星空と桐谷。

 桐谷の登場は、ただ星空と殴られる回数を分け合うことになっただけだが、やめてやめてと叫びながら、その桐谷以上に何も出来ない無力な自分に、小陽は、

(わたし、何も出来ない……)

絶望した。

 その時、

(……! )

 いつからいたのか、視界の隅、公園入口に日向三郎を見つけ、小陽はドキッ。

(そんな、まさか……)

 星空か桐谷のどちらか、あるいは両方が死ぬのでは、と。

 静観しているだけの日向三郎。

(…あれ……っ? でも……)

 小陽は気づく。日向三郎が小陽の次に担当している転入者が、まだ49日経っていない。

(サブローさんは、星空や、この桐谷くんって子を迎えに来たわけじゃないんだ……)

 そこまでで、小陽は更に気づく。

(…そうだ……。死ぬからって、肉体が死を迎えるからって、何……? 別にただ今度は、心界で普通に暮らすことになるだけなのに……)

 しかし、そこでまた更に気づく。

(ダメだ……! わたしが死んだせいで、お母さんや星空はおかしくなっちゃってるのに、星空まで死んじゃったら、お母さんはどうなっちゃうの? 桐谷くんとかいうこの子が死んじゃったら、この子のお父さんやお母さんは? )


 すぐ傍にいながら何も出来ずにただ見ているしかない小陽の目の前で、やがて、星空も桐谷も地面に転がった状態で目を閉じピクリとも動かなくなった。

(…星空……! )

 つまらなくなったのか、少女たちは立ち去る。

 小陽は何度も何度も星空に触れようとしては空振りしながら、

「星空、しっかりして! 起きて! 星空! 星空っ! 」

呼びかける。

 星空の反応は無い。当然だ。小陽の声は星空には聞こえない。

 日向三郎が星空や桐谷を迎えに来たのではないことは分かっているが、早く目を覚まさせてあげなければ、この2人の担当の案内員がやって来てしまうように思え、気が急いた。

「星空! 生きてよ! 星空! 星、空……! 」

 何度繰り返しても、星空の反応は無い。

 これまで胸を圧し潰していただけの絶望が小陽の内から外へと活動の範囲を拡げ、濃くて黒い霧のように、小陽を包み込む。

「わたし、何も出来ない……」

「そうだな」

いつの間にか隣に立っていた日向正太郎が言った。

 小陽は、突然隣にいたこと自体と、許可証を勝手に書いて持ち出し、しかも一度見つかって取り上げられたものを奪い返して逃げたことで怒られると思い、ビクッとする。

 だが、日向正太郎は怒るどころか、悲しげともとれるくらい優しく、静かに続けた。

「お前は、いや、俺やサブロー君だって、肉体のある人には何も出来ねえよ」

 反対隣で、こちらもやはりいつの間にか公園入口から移動してきていた日向三郎が同調する。

「小陽さん。一体、何をやってるんですか? 」

内容は説教だが、口調は日向正太郎と同じく悲しげで優しい。

「僕の留守中に、小陽さん、研修センターに来ましたよね? 僕に許可証を書いてもらうために。

 外出から戻って清掃員からそのことを聞いて、許可証なら正太郎に書いてもらえばいいのに不自然だって思ってね、それで、もし次にあなたが来た時には書いていいものかどうか確認するために、正太郎に電話をしたんです。そうしたら、あなたが許可証を偽造して、一旦は取り上げたけんだけど奪い返して逃げたって聞いて、心配になって正太郎と一緒に来たんです。

 ……許可証の偽造は大罪ですよ? 分かってますか? 」

(…大罪……。そうなんだ……)

 特に何を思うわけでもない。新しい情報として小陽の頭が許可証偽造が大罪であることを処理した、その時、

「…う、う……」

桐谷が小さく呻いた。

 桐谷は、力を振りしぼってという感じで星空のところまで這って行き、

「野原……」

その手を握る。

「桐、谷……」

 星空も目を覚ました。

「野原さ、もう、あんなヤツらと関わるのやめなよ」

「うん、ごめん……」

 桐谷の手を、星空は握り返す。

「事情は、よく知らねえけどさ」

 目の前で互いに手を握り合う星空と桐谷を見下ろしながら、日向正太郎が口を開いた。

「物界に毎日来る理由が、この星空って子の心配だったら、こっちの、桐谷って少年に、もう任せちまったらいいと思うぜ? 」

 手はずっと握ったまま、少し照れ臭そうに控えめな視線を交わし合う星空と桐谷。

 小陽は、

「はい、そうですね」

今日のこれまでとは違い、素直に、日向正太郎の言葉に頷く。

(どうせわたしは、星空に……お母さんにも、何もしてあげられないし……)

 日向正太郎は満足げに頷き返し、

「よし、帰るか」

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