不在
五時限目の授業も終わり、六時限目に入る。
六時限目の授業は体育、男女別れての授業となる。ここに洋一の一縷の望みがあった。
体育は男女別、ということは番長不在である。
番長不在、クラスの男子が嘘の恐怖から開放される瞬間。会話のチャンスが出来ると洋一は考えていた。
着替えが終わり校庭へと向かう。下駄箱で靴を履き替えていると洋一待望の瞬間が訪れた。
「さっき霜山に怒鳴られたけど大丈夫?」
見てみると短髪のスポーツが似合いそうな好青年だった。
「ああ、大丈夫だったよ」
転校初めての会話。嬉しくて顔がニヤけてしまう。
「いきなり目つけられるって、なにかやったの?足でも踏んだ?」
「違うよ、小学校時代のクラスメイトだったんだ」
「マジで!? やっぱ霜山って小学校時代から荒れてたの?」
「いや、そんな事ないよどっちかっていうとお嬢様っぽかったと思うよ。ピアノとか弾けてたし」
「想像つかねぇ・・・ だってアイツ・・・」
途中まで言いかけて躊躇していた。途中まで言いかけた言葉をすぐに消す。
「まぁいいや。とりあえずアイツには気をつけた方がいいぞ」
根拠のない噂。その具体的な答えがそこにある。洋一は踏み込む。
「え?なんで?」
少し間を空け小声で青年は話し始めた。
「アイツ、中学の時に気に入らない部活の顧問を半殺しにして捕まったらしいぜ・・・」
「嘘だろ?誰から聞いたんだ?」
「出所は分からねぇ。でもみんな知ってるぜ」
「噂ってこと?」
「まぁ、そうなるな。でもさっきの教室での件もあるし案外嘘じゃなと思うぜ。なんとなくだけどあの怒鳴り方とかキレ方は昨日、今日で出来るもんじゃねぇだろ。迫力ハンパねぇしよ」
「うーん」
確かに言われてみればさっきの教室での出来事、怒鳴り方だったり物凄くこなれた感じはあった。あれを無理しているというなら相当演技派である。
「まぁ転校初日にあれこれ考えると体に悪いぜ。俺清本清和よろしくな!」
「よろしく!」
清本との挨拶を済ました所で先生が来た。整列をさせ準備体操を始める。
「横のヤツと二人組作れー」
先生が指示を出す。
「よろしく。若葉君だっけ?」
眼鏡を掛けており男にしては少し長髪ぎみで長身の男子生徒が気さくに声を掛けて来た。
「若葉です。よろしく!」
「よろしく。さっき災難だったね。転校初日に」
「まぁ大丈夫だったよ」
「ほんとに?どっか見えない所怪我とかしてない?服の下とか?」
男子生徒は心配そうに洋一の体を下から上へ観察するように注視した。
「本当に大丈夫だって!霜山とは同じ小学校で同じクラスだったからちょっと昔話をね」
「そうなんだ。それならいいけど、でも霜山大分怒ってたみたいだけど」
「なんていうか・・・。霜山とは昔からあんな感じなんだよ」
咄嗟に出た嘘。あの怒りは無理に作っているものだととても言えなかった。
「ああーそういうこと。確かに霜山っぽいっていうか。うん、納得」
「霜山ってクラスでどんな感じなの?」
「めっちゃ怖い。近づきたくない。俺、今教室の席霜山から遠い所にいるからこのまま一生で席替えしないで欲しい」
「なんで?」
「何されるかわかんないもん」
男子生徒はあからさまに嫌な顔を作り彩の存在を全否定するかのように言った。
分かり合うことは出来ない得体の知れない生物がクラスに居るかのように。
「多分みんな思ってる程悪いヤツじゃないよ」
すかさずフォローを入れる。勿論こんなフォローでは分かってくれないことは洋一自身も分かっている。
「そう?俺には分かんないなー」
「そっかー」
「そうだ!じゃああとで霜山となにか話してみてよ」
思わぬ提案だった。それでも洋一は。
「いいよ。なんでもいいでしょ?」
「いいよいいよ。その代わり遠くからその会話聞かせてもうから」
「わかった。霜山と会話する場面になったら声掛けるよ」
「おっけい。待ってるよ。俺、矢部悟ね、よろしく。席二つ前だから声かけるときすぐ分かると思うよ」
「了解」
準備体操が終わり二つにチーム分けされた後サッカーの授業が始まる。
清本と矢部は敵チームだった。