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恋だの愛だの。

作者: 散篠浦昌

 恋だの愛だの、くだらない。きゃあきゃあと騒ぐ女子たちを見ながら、わたしは本気でそう思った。


 修学旅行。消灯時間はとうの昔に過ぎていて、きっとわたしたちは眠ってなければいけない時間。もちろんそんな決まりを守る学生はこの世界に――とても真面目な何割かしか――居ない。そもそも今時の学生はまだ起きている時間である。暗い中で静かに繰り広げられるガールズトークが盛り上がっているとなればなおさら眠りにつけなくてもおかしくない。


「でもさでもさ、やっぱり山崎くんが学年じゃあ一番かっこ良くない?」

「えー、確かにかっこいいけどぉ、一番かなぁ?」

「あたしは戸田くんの方が好きだなぁ……」

「えー!? あの秀才クン? あっ、由佳もしかして……!」

「あっ、ち、ちがうよ! 好きってそういう意味じゃなくて……っ!」

「きゃあーっ! いいじゃんいいじゃん! この機会に急接近しちゃいなよー!」


 ……まったくもって、くだらない。明日も早いのだから早く寝たらいいのに。布団に潜り込んで目を瞑り、耳だけを傾けるわたしもわたしだけど。

 今現在、時刻は夜中22時。中学校最後の思い出とも言える修学旅行の女子部屋では女子たちがいわゆる「恋話」に花を咲かせていた。もちろん普段の会話の中でも誰が好きだ、かっこいい、という会話はあるが、この特殊な状況と暗がり、女子しか居ない、という環境で彼女たちは一種の興奮状態にあるのだろう。消灯時間から考えると、かれこれ2時間もずうっとヒートアップしたテンションでしゃべり続けている計算だ。ある意味尊敬に値する。……なぜわたしが話に参加しないのか? それは山より深く海より高い理由がある。つまりそれほど大した理由ではない。

 わたしは、わからないのだ。好きだとか、愛してるだとか、そういったものが。少女漫画を読んでいても「はぁ?」と思うだけであるし、生まれてこの方ときめきとやらを感じたことは一度もない。かっこいい男子の話題でも同様。わたしはそもそも人の顔を覚えるのが苦手である。友人であるところの、そこでからかわれている由佳ちゃん――津村由佳つむらゆか、マスコット系女子――と、ハイテンションでまくし立てている日陽ちゃん――田辺日陽たなべかよ、ミーハー系女子――の顔も判別できないで、普段は髪型や雰囲気で見分けている。同性でさえそんな有様なのだから、興味も交流もない男子陣の顔なんぞ全て同じに見える。

 ……と、まあ、そういうわけで、話に入れないしついていけないわたしは床につくしかないのである。元々「そういう話には興味がないクール系」としてクラスでの立ち位置は確立しているので、問題はない。話し声で気が散って眠れないということ以外は、ない。……はず、なのだけど。

 かさり。布団の中で、寝間着の浴衣に仕舞った紙切れを探る。……時刻は、目を閉じている間にも進んでいる。

 ゆるり、と布団を外し、起き上がると、気がついた日陽ちゃんが声をかけてくる。


「あれ? さよちん、起きてたの?」

「……起きたの。日陽、はしゃぎ過ぎ。もうちょっと声落とさないと、先生来るわよ」

「ありゃりゃ、それはごめん。でも由佳がさー」

「か、日陽ちゃんっ……! そんなんじゃないから……っ!」

「またまたー、そんなこといっちゃってさー!」

「はいはい。からかうのもほどほどにね……と」

「……小夜子ちゃん、どこかいくの?」

「おーっ!? さよちん逢引?」

「喧しいわね……お花摘み。逆上せたからって飲み過ぎたみたい」

「あー、なんだ。つまんないの。いってらっしゃい」

「く、暗いから、気をつけてね……」

「ありがと由佳。すぐ戻ってくるわ」


――――――――――


 ぱたん、と扉をしめて、携帯の時計を見やる。22時49分。仕舞っておいた紙切れには、『23時に中庭に来て欲しい。待ってる。』とだけ書かれている。いつの間にか荷物に紛れ込んでいた、差出人不明の手紙だ。本当なら、反応する義理もないのだけれど……寒空の下、野外で待っていたら風邪をひくだろう。何が目的だかは知らないが、せっかくの修学旅行だ。二日目に熱を出しては思い出にもならないだろうから部屋に帰ると良い、と、忠告ぐらいはしてあげよう。

 ……それにしても、何の手紙なのだろうか。日陽ちゃんの「逢引?」という言葉が脳内でリフレインする。――告白、とか?――……いやいや。自分で言うのもなんだが、わたしはおおよそ愛想というものを持ち合わせていない。表情筋はほぼ動かないし、髪もほとんど伸ばしっぱなし。化粧の仕方もどのアクセサリーがかわいいのかも、まったくもって検討が付かない。……万が一そういう目的でも、おそらくは入れ間違いだろう。もしそうだったら、何かの縁だし、キューピッド役ぐらいは買って出てもいい。まあ、女子部屋に言って本命を呼んでくるだけで、後は相手に丸投げだけど。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、思いの外早く中庭に着いた。時計をもう一度見ると、22時56分。早かったのは体感時間だけらしい。大きな旅館だから当たり前だけど。

 さて、誰が待っているのかな、と中庭に視線をやると、緊張した様子でもじもじと立っている男子生徒――サラサラとした柔らか目の髪、運動部特有の筋肉質な身体、どことなく人を穏やかにさせるような雰囲気がある――。


「山崎くん?」

「うあぅっ!?」


 サッカー部の山崎航希やまざきこうき。噂をすれば、というものか。奇しくもこの山崎くんはガールズトークで開催される「学年内かっこいい男子ランキング」にていつもノミネートされる存在で……まあつまり、いわゆる「イケメン」というやつらしい。わたしはあまりピンとこないが、山崎くんに告白されたらクラスのほとんどの女子が飛び上がって喜ぶのだろう。……まあ今飛び上がっているのは彼の方だけど。中庭に足を踏み入れて声を掛けただけなのに。


「そんなところに居ると、風邪引くわよ? 中に入ったほうが良いと思うけれど」

「いっ、いやっ! いい! 大丈夫っ! え、えっと……」

「大丈夫ではないでしょう……二日目から熱を出したら目も当てられないわよ?」

「や、えと……鷹城たかじょう、メモ、見てない……?」

「……見た、から、来たのだけど。……これ、わたし宛て、でいいの?」


 ひらり、と紙切れを見せて聞くと、山崎くんは少し俯いて、ぎゅ、と浴衣の裾を握った。心なしか、顔が赤い。


「……そう。……いちおーいうけど、出したのも、オレ」

「……そ、そう。……えと、それで、何のご用事……?」


 ……さぁ、と、風が吹く。春が近づいてるとはいえ、冬の夜風の冷たさは浴衣一枚では防げず、触れたところから熱を奪ってゆく。……一体、なんなのだろう。こちらまで緊張してきた。話があるなら、早くして欲しい。このままでは風邪を引いてしまう。


「あの……さ。えと……」

「……どうか、した?」

「……鷹城は、彼氏とか……好きなやつとか、いんの」

「……いないけど……それが?」

「あっ、そ、そうなんだ……いや、ちょっと、さ。あはは……」


 気まずげに目をそらす彼。赤く染まった頬をかいて、落ち着かなさそうだ。草木も虫も眠ったようで、会話が途切れると一層静けさが耳に残る。……なんだろう、この、流れは。非常にまずい気がする。沈黙に耐え切れなくなってわたしは聞き返す。


「…………そういう、山崎くんは?」

「えっ」

「山崎くんは、いないの? 好きな人。女子マネの河合さんと付き合ってるって噂だけど」

「えっ、ち、ちがうちがう! アイツはただの幼なじみだし! そういう関係じゃないって!」

「……へぇ、そうなんだ」

「そ、そうそう。それに……」


 視線を彷徨わせて、一瞬だけ宙を見たかと思うと、山崎くんはわたしの目を見た。さっきまでの気まずげな瞳はどこへいったのか、その目には強い意志みたいなものが宿っている気がした。「意を決して」という感じだろう。……やっぱり、明日は熱を出すかもしれない。


「……あのさ、鷹城」

「……なに、山崎くん」

「……おまえって、いつも、冷めた目、してるよな。つまんなさそう、っていうか、さ」

「……まぁ、自覚はあるわ」

「最初、オレも初めて見て、ちょっと怖かったんだよ。近寄りがたいな、って思った」

「……」

「でも、さ……知ってるか? 田辺とか津村と話してるときのおまえ、すっげーきれいに笑うんだぜ」

「え、え……と」

「オレ、それに気づいてからは、全然怖くなくなった。むしろ、もっと知りたいと思った。気がつけば鷹城のこと、目で追ってた。」

「……まって、それ……」

「見てるうちにいろんなことに気づいた。案外オシャレに疎いこと。実はちょっと抜けてるところ。キツく見えるけど、すっげー優しくて、友達思いなところ。新しいことに気づくたびに、知るたびに、目が離せなくなって……オレ……」

「ま、まって……山崎くん、もしかし、て……」



「あぁ。オレ、鷹城のことが好きだ。鷹城のこと、もっと知りたい。

 鷹城、オレと付き合ってくれ!」



 ……好き放題に言うだけ言って、山崎くんは頭を下げた。よく見ると手が震えているのがわかる。やっぱり告白というのは緊張して、勇気がいるものなのだろう。しかし、さて、どうしよう。わたしには、恋愛感情なんてわからない。だから理解も出来ないけれど、彼はわたしが好きらしい。他の誰でもなく、わたしのことを。そのことをしっかりと頭で理解した瞬間、きゅう、と胸が締め付けられるように、心が跳ねた。……どうしたのだろう。身体が変だ。やっぱり夜風に当たり過ぎたか。……わかってる。現実逃避、だと思う。


「えっ、とね……山崎、くん」

「はいっ!」

「……ま、まずは、お友達から、はじめない……?」


 瞬間、喜色満面の笑みを浮かべて、「よろしくお願いします!!」ともう一度頭を下げる山崎くん。「おおおーっ!」と声がして辺りを見渡すと、どこに隠れていたのか、数人の――山崎くんの友達だと思われる――男子生徒と、「やっぱり逢引だったじゃん!」「……い、いいなぁ……」と、日陽ちゃんと由佳ちゃんが現れた。……べつに、そういうのではないのだけど。そんな言い訳は、耳まで登る顔の熱が許してくれなかった。


 ――当然。これだけ騒げば、先生にも見つかるわけで。わたしたちはそれからすこしのお説教を受け、それぞれの部屋へと戻っていった。……帰り際、山崎くんが必死な顔で、「明日! 一緒に回ろう!」というので、思わずこくん、と頷いてしまった。


 ……恋だの愛だの、くだらない。わたしはそんなのわからない。……けれど、案外わたしは女の子で。すこし気になっていた人に告白されて、どうしようもなく喜ぶぐらいには、乙女心があるらしかった。


 懸念通り、修学旅行の二日目は、熱を出して倒れてしまいそうだな、と、わたしは頬に手を当てた。

書き出し「恋だの愛だの」。

自分のことをわかったつもりで、全然わかってなかったり。

相当前に書いた物なので読みづらさが目立ちますが、個人的に好きなので投稿しておきます。



・鷹城小夜子

自分のことを無愛想だと思っている女の子。女の子らしい話が出来ないのがコンプレックス。

いわゆるクラスの『高嶺の花』で、周囲からはクール系の美人だと思われている。

「恋愛」の「れ」の字もわからないままに告白され、ついついときめいてしまった。

今一番欲しいものは冷えピタかアイスノン。

・山崎航希

サッカー部のエース。爽やか系男子。サッカー以外は不器用。

鷹城のことを目で追っている内に、ふと見せる優しい表情を好きになった。

基本的に馬鹿でいい奴なため、男子と仲がいい。修学旅行ということで焚きつけられて告白した。

今一番欲しいものは喜びを叫んでも怒られない場所。


・田辺日陽

ミーハー系女子。他人の恋愛事情に首を突っ込むのが好きだが自分の事となると途端に照れ始める。

・津村由佳

小動物系女子。違うクラスの委員長が図書館で勉強する姿に片思いし続けそろそろ二年経った。


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