2章【第三部】
「トキ、トキコ。」
そう呼ばれた女は、声の主、西王母を見返した。
なんでしょう、と低く答えた後、西王母は、うむ、と話を始めた。
「先程、あちらで強い影の力を感じた。それも、雛のものらしい。
」
「───雛?…まさか。」
選定を受けていない影の者を雛と呼ぶ。
雛のままでは、普通の人間となんら変わらず、力など到底使えない。
雛の強い力を感じる、などは前代未聞と言っても過言ではなかった。
驚きの表情を隠せないトキコを見、同意だ、と言わんばかりに頷く。
「しかし、3神方も雛と断定した。違いはなかろう。」
そこでだが、と言った西王母は眉をしかめたかのように見えた。
「トキや、迎えに行ってはもらえぬか。」
「は、かしこまりまして。
──一つ、お伺いしてよろしいでしょうか。」
かまわぬ、と返ってきた。
「西王母、何か隠しておられませぬか?少しばかり、表情がお堅いように見えますが。」
西王母はほんの僅か眉を上げ、小さく笑んだのち、これを、と言い、書類を差し出した。
世話役になる者には、その対象のデータが記入された書類を渡される。
書いてあることは、性別、生年月日程度だが。
名前は、あちらの両親がつけるし、最低限のことしかわからない。
「──!」
ふぅ、と息を吐く西王母。
「王母、これは幼すぎます。」
年齢は、数えで七。
迎えにいく対象は大体15前後が目安なのに。
この少年は僅か7つにしかならない。
「これでは、成長に影響が及びましょう。──宜しいのですか?」
「ふむ、だがこれが3神のご意向だ。
きっとこの子は尋常ではない力があるのだろう、だからこちらに連れ戻さねば、光を傷つけてつけてしまうかもしれない、と言われた。」
ですが、と声をあげたが、細かな歪みは3神がどうとでもする、と聞き、留めた。
──では、頼む。
トキコは迎えに向かった。
3神、三つの素質がある。
それぞれを統べる絶対の人。
否、人ではなく神だが。
光からすれば、それはそれは不可思議なこちらの者の持つ能力、それを遥かに凌駕した、それぞれが無二の存在。
剣、杖、盾。
それぞれに秀でた、全ての限界を超えたその力は、言葉などでは言い表せず、最早伝説、お伽話、作り話。
だが、皆が皆、その存在を知っている。確かなものとして握っている。
受けた力がある。
──トキコも、持っている。
見いだされたそれは盾。
先陣をきって戦うことはできない。
だが、命を救える。仲間を助けられる。その他諸々の能力が備わっていて、それは、自分次第でのばしていける。
剣や杖の様に、与えられた武器はない。
だがこの体に。神より受けた、力が刻まれてある。
三つの素質の中では、一番、神の存在を感じられると、トキコは信じていた。
その3神に、その子は気に掛けられている。
トキコ方、只の人ならば、せいぜい自分の素質を統べる神一人としか関われない。
神に気に掛けられるなど、そもそも論外だ。有り得ない。
あの方たちは、決して交わらない。どんな窮地であっても、決して救ってはくれない。
力を与えるその時が、最初で最後の対面だ。
その子は──何者だ?
見つけた少年は俯き歩いていた。
あれは──。
あれは、本当に幼い。
まだ理性も自己も、なにもかもが形成を始めたばかりの、あまりにも未熟な少年。
影に来るために、戻るために、少なくとも自己、感情、心身、これらがある程度出来上がっている必要がある。
───しかしこの子は。
──まだ何も知らないではないか。
顔を、姿を見ればわかる。
この子は、何もかもがこれからなのだ。
3神が気にするような力は感じない。それ相応の覇気さえ見られない。
だが、連れて帰らねば。
嫌がるなら、さらってでも。
これが神のご意向だと言うのだから。
この子に、違いはなかった。
光をおとした───これは影の者を迎えに行く時に成す技、影の者以外の全てを止める──それで動くものは影の者に他はない。
なんとなく、同類の居場所がわかる。匂いでも、色でもなんでもない。
ただの直感が教える。
あそこにいる、と。
そして私は、見つけた。
この少年を。悲しい現実を。
この少年は、異例だ。
人々からは好奇の、あるいは侮蔑の対象として見られる、それは間違いなかった。
こんなに幼い者は、あちらにはいない。誰一人として、あちらでの子どもは見かけない。
"普通"と違ったものは好奇の目に晒され、疎まれてしまうものなのだ。
それ故に、"友達"も、できないだろう。彼が成長し、同年代の仲間が帰ってくるまで、"友達"を持つことは叶わないだろう。
彼は、大人を"友達"だとは思わないはずだ。
大人は、"大人"で自分とは違う生き物だ。
大人は頼るべき相手であり、遊び、喧嘩し、互いを高めあうような"友達"ではない。
だから、どうか。
7つの子に理解できるかは知らないが、別れの時間を与えた。
これくらい、
「───これくらい、したってよろしいでしょう…?」
誰に言うでもなく、呟く。
───あぁ、私には。
私には、幼い妹がいた。
あの子は光の子、私は影の子。私のことなど覚えているわけがない。
記憶は操作される。
だけど、──愛しかった。
そんなことを思い出した。