2章:少年【第一部】
──少年は名前を、ルカ、といった。
──今日も、ごく普通にはじまった。
そして、ごく普通に終わるはずだった。
彼はとても無口な少年だった。
だからと言って、臆病者や、小心者といった類の人種でもない。
自分を押し出すまいと、ひっそりと生きていた。
何に関心があるのか、何が嫌いなのか、端からは見当もつかない、謎めいた雰囲気を持っていた。
そんな彼に、何かとちょっかいを掛ける少年、健太がいた。
彼は、謎めいたその少年が気になっていた。
興味があった。知りたがっていた。
それは好きな子を、苛める心境に似ていた。
その日、少年は苛ついていた。
理由はきっとくだらないことだったのだろうが、とにかく腹が立っていた。
温和しい彼には珍しい事だ。
それに、健太は気付かなかった。
いつものように、彼を小突いてしまった。
「おいお前、なーに俯いてんだよ。ママにでも叱られたのかぁ?」
そう言い、ふざけたその流れで、少年の顔を覗き込む。
少年の髪の影で暗い顔面の目を探す。少年の表情は伺えなかった。
その瞬間、少年はゆっくりと、ゆっくりと、重たげに頭を持ち上げる。目は瞑っていた。
そして顔を上げきり、閉じていた瞼を恐ろしくゆっくり開く。
そして、覗き込む体制から上体を起こした健太をねめつけた。
───その瞳は──。
──なんだその瞳は。
睨みつけられた少年は、その場を動く事が叶わなかった。
恐ろしい化け物が、目の前にいて、身体が竦み上がってしまったようだ。
──少年の瞳は黒色ではなかったか。少年は日本人ではなかったか。
───緑だ。
瞳のその色は、緑だった。
只々緑だった。
緑色のペンキを塗っただけの、ただの色。
光も、深みも、なんの感情もなかった。
ただの緑が、睨んでいた。
なんの心もなく、睨み付けていた。
少年は、恐ろしく不気味だった。
周りの人間には、この不気味さは伝わっていないのか。
そもそも、周りを見ることなど彼には出来なかった。
汗が吹き出る。体が震える。動かない。緑が、緑がこちらを見ている。恐い。
───やめろやめろやめろやめろ。
───お願いだやめてくれやめてくれやめてくれ。
願った。それは祈りに近かった。
何度も、何度も、彼は祈った。
何度願ったか、恐ろしいものと化した少年がふ、と瞼を下ろした。
健太の体が、下へ、後ろへ、倒れるように堕ちた。
体はガクガクと震え、目は見開き、行ける限り後退りをした。
そして逃げ出した。
叫び声をあげて、走っていった。
少年の瞳は黒かった。
────少年は名前をルカといった。