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1章【第三部】


シュンという男はとても気さくな人だった。


怒らすとこわい、というパターンの人なんだろう、と思う。


そばにある戸棚の中を確認しながらシュンは笑う。


「ユウのことだから、大雑把に説明されたんじゃない?ユウはめんどくさがりだからね。」


こんなん慣れるのが一番だからいいんだよ、とやっかみ口調で反論をするユウ。


「あ、いえ、そんなことはない、と思います。」


それが大雑把かどうかはよくわからなかったが、適当な相槌を打っておいた。


戸棚の中から取り出した、菓子のようなものをそばにあった浅い籠に入れ、それをケイたちの前のテーブルに置きながら、ケイちゃんが優しくてよかったね、とシュンが笑う。

どうやらとても近しい間柄のようだ。


「それにしても、ケイちゃんは落ち着いてるね。見ず知らずの場所で、おかしな姿の人に囲まれて。もしかして、ユウに怒鳴られたのかな?」


少し離れにある二人掛けのソファに腰掛けたシュンが言う。


「んなことしないって。レイさんじゃあるまいし。」


レイ、知らない人の名前。

誰だろう、そんな顔をしていたのか、ユウの世話役だよ、とシュンが付け加えてくれた。


「ほんっとにアレはきつかったって。絶対あの人の漢字、冷たい、のレイだぜ。」


今度聞いてみたらいいんじゃない、とにっこりシュンが笑えば、やめとく、とすくんだ様に言った。


「ユウにも、世話役が?」

「そうだよ。こちらの人が皆、向こうから戻ってくる話はされたかい?皆連れ戻された初めは何もわからない。だからひとりにつきひとり、必ず世話役がつく。世話役になるのは、この寮に住む見習いの人たちでね。今回はユウが西王母さまに指名された。だから、俺にも、ユウにも、今出たレイさんにも世話役がつく。」


きっと、生まれた子の戸籍みたいな記録があって、それに従って迎えに行く子を決めるのだろう。どこにすんでいるだとか、あちらの情報も明記してあるに違いない。


「シュンさんには、その、あたしみたいな、世話をする相手はいないんですか?」

「うん、まだ指名されなてないからね。いつ世話役になるかはわからないんだ。もしかしたら世話役には指名されないで寮を出ることにもなりかねないかな。」


顎に軽く手をあて、愉快そうに話した。

世話役に誰しもがなるわけではないと言うことか。では、なにを基準に指名しているのだろう、それは西王母にしかわからないそうだ。


「シュンに世話役は無理だってオバチャンも思ってるのさ。おまえみたいな腹黒に物事を教えられたら、みんな腹黒になっちまう。」


そんなこともないよ、となにも気にとめた所がないように、いや、なにも気にとめてはいないのだろう。ただにっこりと笑うだけだった。

なんのはなしだったかな、とシュンは笑う。そして、ケイに向かって話しかけた。


「さっきの続きになっちゃうけど、ケイちゃんは怖くないのかい?こんな場所に連れてこられて、ここが故郷だなんていわれて。気味が悪くはない?帰りたいとは思わない?」



"怖い""帰りたい"


今考えると一度もそんな気持ちは抱かなかった。

あの階段でユウに会った時は安心さえした。向こうの世界に、ケイは愛想が尽きていた。くだらないと放り出した。だからだろうか。向こうに、なにか特別に愛しいものなど何ひとつない。


こちらがケイの故郷だと言うなら、それも間違いではないように思う。だがまだ慣れない。


向こうも、こちらも、愛おしむ気持ちが今は五分五分になっていた。


どちらが故郷だと問われても断定できない自分がいるし、どちらがお前の故郷だと言われても違和感を拭えなくなっている。


────あたしは。


あたしはどの世界に行こうと、何も変わらないのかもしれない。

どこに立っていてもあたしはあたしにしかなり得ない。


心のどこかが、そう囁いていたのかもしれない。



「───怖くはないです。帰りたいとも、特には願いません。」


自分でも、冷めた考え方をすることに少しゾッとした。

──あたしはこんな風だったろうか。こんなつまらないものだったんだろうか。


「へぇ、やっぱりユウとは大違いだね。俺とも、ね。」


感心か、なにかともつかない顔をしていた。


「─俺は帰りたかった。なんてったって、頑張って勉強して、やっと高校生になった夏の終わりだぜ?俺の青春どうしてくれんだよ!とか、こんな異常なことがあり得てたまるか、とか。」


懐かしむように、照れたように彼は話してくれた。俺のはじまりが聞きたければ、今度一日かけて話してやるよ、と言って。


「俺は夢だと決めてかかっていたね。夢なら夢で勝手をやろうと思っていたら今になってしまった。」


2人とも、この世界をはじめから、ありのまま、受け止めた訳ではない。ケイが少しばかり変わっているのはその話を聞けば明らかだった。


どうしてこう思うのか。

なにか理由があるのか、ないのか。

わからない。いつかわかるときが来るのだろうか。

だけどそんなことにも執着できる気はしなかった。

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