1章:寄り添う世界。【第一部】
ケイはふわふわと浮いていた。
正しくは男が浮かび、それに手をひかれている。
待て、と言われたからにはもう何も質問できない。男に従う以外に道などなくなっていた。
それと同時にわずかに残った不安も消えていた。それが何故かなんてことがわかる訳もなかった。
行き先は体育館だった。辿り着くまでものの10秒もかからなかったんじゃないか、とにかくとても早かったように感じる。別段ひどい空気抵抗も感じた覚えは無かったが。
男はここが広いから、とだけ言いおもむろに床に片手をついた。その手から円上に波が広がるように人2人が余裕ではいるほどの穴ができた。
男はこんなことすんのは今だけだ、と苦笑した。
穴を覗く限り、それは淡いクリーム色と言うか、白と言うか、それらの色が滑らかに混じり合い時折キラキラと光った。絹の様な質感だろうか、そう思った。
「んじゃ、行くか。」男は足を突っ込んだ。その足はまるでその空間に溶けるかのように見えなくなった。
今見えるものは幕みたいなもので、向こうに隠れてしまったのだろう。
腰をついて足が見えなくなった姿の男は言う。
「手、貸して。一気に飛び込んだ方が楽だろ。」
言われるままに手を差し出せば、ぐいっと引っ張られ体すべてが穴の中へ潜り込んだ。
目はあけなかった。あけたくなかった。体が本当に溶けていくように、なんとも言えない心地よさに包まれた。あたたかくて、味わったことのない感覚。
次に見たものは、白い道だった。
「まずオバチャンに会わないとな。」
そう話しかけてきた男はやけに揚々としてみえた。
道は長く一番向こうに大きな、やけに大きな門が見えた。門の両端にはお決まりの門番がたっている。門番といっても、厳つい鎧や武器などは身につけておらず、ユウと名乗る男の様にラフな格好のようだ。
先ほどといくらも変わらず、男に手をひかれ宙を駆ける。門前にはあっというまに着いた。
「よぉ。見ろよ、ちゃーんと見つけてきた。」
男が右側の門番にそう話すと、銀のかかる赤髪をした男は、ちょっと遅かったな、などと揶揄した。
「で、オバチャン、いる?」
ごほんと咳払いをした気難しそうな左側の門番が、西王母さま、と訂正したが男はちっとも聞いていないようだった。
「"オバチャン"なら出掛けておられるよ。」
右側の門番がくつくつと笑いながら答えた。
「なんだよ…またバーゲンかぁ?新入りがくるって伝えておいたのに。」
「遅すぎたようだな。」
「全然遅くないだろうが。
ま、いいや。夕刻には戻られるよな?その時は知らせてくれ。」
了解、と言って赤髪の彼とは別れた。
なにもわからないまま、また手をひかれ宙へ。その途中に彼が話しかけてきた。
「驚いたか?
あの門の向こうにオバチャン…いや、西王母がいるんだ。西王母に会って、お前がどこの神様のとこに行くか教えられる。なにをしようにもオバチャンの選定が必要なんだが今は外出されてる。ってーことで暫く俺の家にいてもらうからな。」
家って行っても寮みたいなもんだ、そこで色々話そう、そう言われた。
着いた先は普通の、ケイが知っているようなマンション二似た所だった。
しかしその荘厳さは比べようがない。いつか写真で見たヨーロッパのお城を思い出した。
高さはなく、横にずっと伸びている。ここにいる人たちは、言わば見習いで、この建物より奥にある王宮の雑用などをしながら自分を鍛えていくらしい。
全く意味のわからない説明をうけたケイは疑問いっぱいの視線を男に送る。気付かないのか、ここだ、と言って一つの部屋に案内する。
ケイは目を疑った。
内部はとても広いホールのように天井が高く、床の面積も大きかった。
外観からはこんなに広い部屋が入るようには全く見えない。入る訳のないサイズの部屋がそこに現れていた。
奥には両開きの大きな扉があり、衣食住はあそこで行っているらしかった。
「あの…ユウさん」
「呼び捨てでいい。」
「…ユウ。ここは…なにする場所なんですか?」
「ここは練習室だな。技を練習したり同室の奴ど模擬試合なんかをやる奴もいる。基本、自由に使える。
…と、立ち話もなんだな、あっち行くぞ。」
奥にある扉を開くと、規模こそ大きいが、ベッドやキッチンダイニングなど見慣れた家具が揃っている。
適当に座って、と言われ、ケイはテーブルの向かいにある椅子に腰掛けた。
飲み物をテーブルに置かれ、向かいにヨウが座った。
そうして話しはじめた。この世界について。