プロローグ
私は求めていたのかもしれない。"変事"を─────。
3時間目の数学はお腹が空く、そんなことを考えながら秋晴れの空をぼんやり眺めた。窓際の席はなんとも言えない居心地の良さがある。ぽかぽかと暖かい。
数学なんか嫌いだ。授業なんて嫌いだ。高校だって行けるところに行って適当にやっていればいい。彼女は軽く目を伏せる。
そのまま、こつんと頭を机に置いた。
苦しい。どうしてこんなに窮屈なんだろう。
彼女は中学3年生、若干15才。少々冷めた性格をしている。
熱中できるものも、特技もない。そもそもそんなものはいらないのだ。友達だって適当にそばにいて、当たり障りない話しかしない。
だが、至って平凡。
思春期に入り、親との隔たりを感じて部屋に居る時間が増えた。友達も、少し悪ぶる奴くらいの方が好ましくなった。
ただの15才。きっと平凡に生きて、平凡に死んでゆくのだ。
そう彼女は知っていた。
世界はくだらなくて、自分はそのくだらない物の一部だと言うことを。
「五十嵐さん、どうかした?」
声のするまま、のったりと顔をあげると数学教師が心配しにきたようだ。若い女で、なかなか話のわかる人。
「具合わるい?保健室いく?」
特に具合が悪いはずもないが、ただ、はい、とつぶやき四角い箱から抜け出した。そのまま屋上へ。二階にある教室から三階の階段を通り過ぎた向こうにドアがある。窓から差す光が穏やかで気分がいい。
そっとドアをあけ、真ん中で寝転ぶ。窓越しにみた空は、直に見るとなお綺麗だった。
すぅっと息を吸い込み目を瞑る。
その時だった。
体が左右に揺れた。
とっさに起き上がる。
地震だ。
しかも大きい、建物は崩れはしないだろうが、教室の軽い机などでは30秒程あれば端から端まで動くのではないか、とさえ思った。
とりあえず教室にいかないと、そう思い、揺れ動く地面を歩いた。階段の手すりにつかまり、なんとか転ばないように踏ん張った。
三階の踊場まで出たとき。
ふっ、と世界が落ちた。
感覚でいうと、停電のような感じだろうか。生き物すべてが、存在する全ての動きが止まり、色素が落ちたように見えた。灰色のヴェールを被ったような、無機質なものに変わった。
だが、彼女の体だけは色を保っていた、彼女だけが"生きて"いるようだった。
───なんだこれは。
有り得ないことが起きている。人も、まるで銅像のようだ。
呆然としていた彼女の後ろから声がした。
「──お前か。」
反射的に振り向いた先にいたのは奇妙な男だった。
長身で、年は二十歳になるなならないかくらいだろうか。
髪は銀色のかかった青で、目は薄い青。服装はアラジンが着ていたようなズボンのもっとシャープなものを履き、上はランニングシャツのようなものを着ていた。
なんとも場違いな男だった。こんな人間はこの世に存在するのかさえ疑問だった。
「あなたは…だれ、ですか。」自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。安心したのだ。どんなに奇妙だろうと、孤独には適わない、それになんだか懐かしい匂いが彼からしたのだ。
「俺はユウ。お前の、世話役みたいなもんだ。」
「世話役って…なんのことですか。あなたは…日本人、じゃあないよね。今何がおきているか知ってるんですか?」
質問責めだな。とユウと名乗る男は笑う。なんとも美しい笑顔だ。容姿がいいとなんでも様になるのだと思った。
「まぁ待て。後でゆっくりその質問には答える。とりあえず来てもらわなきゃならない。お前、名前は?」
「…五十嵐、圭、です。」