第二十一話 私のお嬢様
今回はジェイド目線です。ちょっとうまくできたか分からないですが。
前に、ソフィアお嬢様が言っていた『ブタ』に似ている生物を見つけた。すごい勢いで突進してきたから、感電死させて持ってきた。とてもいい獲物だろう。喜んでくれるだろうか……?
はっきり言っていいかわからないが、ソフィアお嬢様はとても可愛い。それこそ、自分のものにできたら、なんて思うが。飽く迄主人だから、空想の中での話だ。
街に帰ると、異様な空気が流れている。泣き叫ぶ声や、悲鳴、怒涛などが聞こえてきたのだ。
門の警報ランプが点っている。これは、警報がなったあと、ずっと光るように私がしたものだ。
つまり、誰かが侵入したわけだ。って、ええ?!
「まさか……、ソフィアお嬢様……!」
にやりと笑いながら、顔についた血を舐めるインキュバスと、血にまみれて倒れている人が見えた。近づかなくてもわかる。あれはソフィアお嬢様!
「ソフィアお嬢様!」
すぐに大きな翼を広げて飛んでいった。愛しいお嬢様のもとへ。
お嬢様は、動かない。そっと触ってみると、血が少ないせいか、少し冷たくなっている。
なんで? どうして? こんなことになってしまったんだろう。
どうして、今日に限って、離れてしまったんだろう。
どうして、今日に限って、来たんだろう。
どうして、今日に限ってパーティなんかやったんだろう。どうして……。
「死んでは……いないだろうな?」
まだ生きていることは確認できた。でも、このままでは……。
(ん?)
なぜか、お嬢様から、強く魔力を発せられていることがわかった。
(これ……。お嬢様は、生きようとしていられている)
ならば、少し置いておいても平気だろう。今、ここで治療できないのだ。女性はインキュバスに魅せられているし、治癒師は女性しかいない。今私がここで治療すると、インキュバスの攻撃を直接受けることになるかもしれない。それは、私も危ないかもしれない。
私は、お嬢様の一番の弱点を知っている。『人が殺せないこと』だ。きっと、この哀れなインキュバスを殺せなかったのだろう。
お嬢様は、脇腹を刺されている。でも、インキュバスもお嬢様なら殺せるレベルだ。私なら、楽勝だろう。
「さてさて。私のお嬢様を随分甚振ってくれたな」
「使い魔が、私情で動いていいのかい?」
「今の場合は仕方がない」
お嬢様を守る、そのためなら、たとえ、嫌われても……。
「私は、お嬢様を守り通す!」
私は戦闘形式に変身した。
この姿を見たら、お嬢様はどう思うでしょう? 真っ赤な目、裂けた口、大きな牙、羊のような大きな角。
もっと危険なのは、理性を失ってしまう可能性があること。でも、お嬢様のためなら、なんとかなる。
「おいおい、お前、それ、本気でやってんの? 周り巻き込むぞ」
「平気だ。最悪、俺を殺してくれるだろう」
思い切り睨んでやると、一瞬たじろいた。それを見てから、みんなの洗脳を解こうとした。
「ダメだな、効かない」
「さっきより強く洗脳させていただきましたので」
にやりと笑う顔が、一層イライラさせてくる。ただ、これは俺の理性を失わさせるためだ、と思い、静かに心の中にとどめる。
「ジェイドさん、ジェイドさん」
声の方を見ると、真っ青の顔をした黒髪の獣人だった。たしか、お嬢様の前世での妹、今はマリンといったか。
「あの、もし、ジェイドさんが、もしもの時……。どうすればいいですか?」
「殺してもらって構わない。百年後には、復活するから」
「じゃあ、お姉ちゃん、預かりますね」
俺は少し考えたあと、そっと手渡した。
「頼んでいいか?」
「もちろんです。絶対に、お姉ちゃんは守ります」
その少女が、自分のことを怖がってはいるものの、普通に接してくれることが、嬉しかった。お嬢様に似ている。確かに、姉妹なのだろう。
「では、お嬢様は、任せた。できるだけこのまま倒す。危険を感じたら、すぐに逃げろ。」
「お任せ下さい!」
これで大丈夫。多少暴れるが、問題はないだろう。
「さあ、行くぞ、俺の全力、受け止められるか?」
悪魔には、悪魔特有の属性というものがある。悪魔、という属性だ。悪魔には一切効かないが。
悪魔に完璧に対抗できるのは、天使のみ。天使と悪魔は、いつでも対抗するものなのだ。
完全ではないが、聖属性もある程度は抵抗できる。ただ、悪魔系の人は使うことができない。
魔族は、悪魔に限りなく近いが、悪魔ではない。だから、ダメージは受ける。
だが、悪魔に近いから、聖属性の魔法を使うことができない。相殺することは不可能である。
素早くインキュバスの後ろに回り込み、手を当てる。
「なに? いつの間に……」
「悪魔の光線」
そのインキュバスは、その場に倒れこんだ。死んではいない。悪魔系では、魔族を殺すことはできない。ただ、暫くは起きないだろう。
他の系統の魔法を使えば、殺す事も出来るだろう。が、別に、其処までする必要も無いだろう。
(とりあえず、ソフィア様の敵は打てたな。これを解除する前に、ソフィア様を治療しよう)
この方が、強い魔法が使えるのだ。危ないかもしれないが、このまま治癒したい。
「マリン様。治療します。ソフィアお嬢様を」
「はい!」
神級魔法は、範囲技。どちらかというと、大勢に向かって使うものだ。それをコントロールして、一人に集中させる。
「全体上級回復」
魔法を使うと、一気に魔力がなくなるのがわかった。そろそろ限界かもしれない。解除しよう。
「! ジェイド?! あなた……」
思っていたより、ソフィア様の目覚めが早かった。一瞬、頭の中が真っ白になる。
「すみません、お嬢様。これは……」
急に、ソフィアお嬢様に向かって爪を振りかざす自分の姿が認識された。
(どういうことだ?!)
つまり、これがコントロールできなくなった自分というわけだ。こうなるのは初めてだから、すぐ分からなかった。
体が、感情と別に動いてしまう。止めたいのに、止めらない。
(まずい、お嬢様を助けるつもりが……)
自分で、何をやっているのか、よくワカラナイ……。
「ジェイド!!」
お嬢様の顔がすぐ目の前で、真っ赤に染まっていった。
「馬鹿。自分を制御できなくなるなんて」
「お、お嬢様、今……」
「呪いを解くのは、愛する者のキスってのは、鉄則でしょ?」
恥ずかしそうに微笑む御嬢様に、思わずくらりとさせられた。




