第十四話 妹『マリン』
「ソフィア様、少し来ていただけますか?」
「え?」
唐突に、ジェイドが私を呼びに来た。
だいぶ町は出来上がってきた。作り始めて五ヶ月くらい。住宅街はもうほぼ完成している。
「……わかった」
建物の位置を考えていた、まあ、行ってみれば暇だった私は、ジェイドについていく事にした。
どうやら、冒険者が休ませて欲しいと言っているそうで、困って私を呼んだようだ。
勝手に入れてくれても良かったんだけど、ジェイドは律儀だし、知らない人は入れないで、という言いつけをしっかり守ってくれたらしい。
人数は二人。両方女性だ。一人は黒髪黒目の獣人。一人は金髪のこれまた獣人だ。
「その、ここに来る前に、おおきな熊のような魔物に出会ってしまって、もう動けないのです」
金髪の女性が言った。確かに、だいぶ怪我をしている。
「では、手当をしましょうか。こちらへ」
私は、その二人を一番近い部屋に入れた。
「ああ、だいぶ深いし、血も少ない。よく動いていましたね」
「マリン様をお守りするのが、私の仕事でしたので」
黒髪の少女が主人で、金髪の女性が護衛のようだ。
「ちょっと待ってくださいね。今、治癒しますので」
私は二人に向かって杖を構え、中級の治癒魔法をかけた。見る見るうちに怪我が無くなっていく。金髪の女性は驚いたように目を丸くした。
「はい、終了です。でも、まだ動いてはいけませんよ。暫くは此処にいていいので」
私はその二人を強引にベッドに押し込み、一人のエルフに横を任せた。
そのエルフは、ダークエルフだった者。二十人みんな、私の手伝いがしたいと言って此処にいるから。
「じゃあ、昼食の時間にまた来るから。頼んだよ」
そのエルフは嬉しそうに頷いた。
住宅街はだいたい完成した。二十人と、そのほかここに住みたい人が、役に立つことをアピールするのに手伝ってくれたのだ。
ここには全部で八十軒、五十室のアパートを作った。魔法だと、割と簡単にできたりする。
一つの部屋に四人と考えて、ひとつのアパートに二百人、街全体で一万六千人。
にしても、これを五ヶ月で作るのは反則だろう。地球ではありえない。魔法って素晴らしい。
というわけで、部屋は大量に余っている。一部屋客人に貸しても問題はない。
ただ、まだ誰も住んでいない部屋は家具が何もない。それだけだ。
私はアパートには住んでいない。街の中心に豪邸を立ててもらった。私が望んだわけではない。二十人のエルフたちが勝手に作ったのだ。こんなことしていいのだろうか。まあいいか。
手伝ってくれているフェリオス、レオン、ヴェリ、サウル、ニコライ、クララ、アラーナ、ルアンナ、ナタリアは別にアパートを作った。私の家のすぐ隣だ。
エベリナは家に帰っているし、たまにくるリリアーナとマリアもだ。
こんなかんじになっているから、住宅街に住んでいるのはごく少人数。もう少ししたら、入居者を確認して、入居させてもいいだろう。もう少しがいつになるかは分からないけれど。
「ソフィア様。私はマリンといいます」
「私はマリン様の護衛のユリアナ=ティトフです」
私はまず、マリンの顔をよく眺めてみた。すると、昔の記憶が溢れ出してきた。まさか……!
「しーちゃん?!」
「お、お姉ちゃん?!」
まさかの、前世の妹だった。
私の妹、風間蒼海は、『うみ』という名前なので、私は彼女のことをまーちゃんと呼んでいた。海からマリン、って事で。
ただ、みんながまーちゃんと呼ぶようになってしまったので、私は海をシーと訳し、しーちゃんと呼ぶことにした。人前では、必ず『まーちゃん』、二人きりなら『しーちゃん』と呼んだ。
しーちゃんは、私と妹しか知らない名前。だからこそ、バラバラになった時の、合言葉にしようといっていたのだ。
マリンは、私の死んだところに毎日通っていた時、転移してしまったと言った。
「その時、だいぶ衰弱してて、獣人の一人が自分の血を飲ませてくれたの。そしたら、獣人になっちゃった」
マリンは軽く言ったが、だいぶ大事だぞ?!
「お母さんは?」
「ん、すっごい悲しんでたよ。いつかこんなことになるんじゃないかって、思ってたって」
やっぱり、そうだったんだ。
「でも、私も消えっちゃったら、お母さんには何が残るのかな」
悲しみと、悔やむ気持ちばかりになってしまったのだろうか。そんなの、幾らなんでも可哀想だ。
「じゃあ、私が魔法を極めて、会いにいく」
「! そうだね。お姉ちゃんなら、そういうと思った。とりあえず、再開を喜ぼうか」
私たちは抱きしめ合って、ニッコリと笑った。
「ええー! じゃあ、お姉ちゃん。勇者になるの?!」
「そう! 絶対にみんなを守らないと。大切な人、いっぱい出来たんだもん」
マリンは笑って、「変わったね」といった。
「うん。で、マリンはどうするの?」
「ここに住んでもいいかなぁ?」
「いいよ。部屋はいっぱい余ってるし」
ただし。どうやら、マリン『様』と呼ばれるのには理由があるようで、ユリアナさんは困った顔をしていた。
「マリン様は、私たちの村の食糧難を救ってくださいました。素晴らしい経済の学力で、うまく回してくださいました」
「それくらいなら、私がいなくてもなんとかなるでしょー? もう決めたの。私の持ち物を持ってくるように言って」
「え、あ、はい!」
なんか、人を使うことを覚えた妹が怖い。
「ところで、あの門番誰? すっごく優しく扱ってくれたんだけど。なんか、お前誰だー、みたいな感じかと思ってたんだけどさ」
「ジェイドか……」
どうやら、ジェイドは私のいいつけ以上のことをしているようだ。知らない人でも、一応は優しくしてやれ、とは言ったけど。
入れちゃ駄目だけど、優しい対応程度なら問題ないかな、って。まあ、あんなでも、優しいところもある様で安心した。
「私の使い魔。悪魔。髪が翡翠色だから、ジェイド」
「なるほど。かっこいいよね。モデルさんみたい」
そうだね。あの性格をどうにかすればね。