第百二十七話 ダイアモンド様
私が生まれたのは、コンチータ様の居る、あの街です。
その頃、緑色の髪を持つ悪魔というのは、とても嫌われていました。緑の髪を持つ、悪い悪魔がいたので。彼ではないか、と思われてしまうようで。
まあ、実際。彼は私だと思いますがね……。
ともかく、生まれたばかりの悪魔は、大人が面倒を見る、というのが普通ですが、私は誰にも面倒を見て貰えず。隣に居た青い髪の悪魔……、インディゴだけ引き取り、私は放置されてしまいました。
まあ、一人で生きていくことに、それほど抵抗はありませんでしたから。それでも良かったんです。
指名手配が掛かったり、大変な事もありましたが。スリルがあって楽しかった、ともいえますね。
それから少しして。天使に襲われていたインディゴを助け、一緒に生活する事になりました。
それから暫くすると、今度はスカーレットを拾い、娘のように可愛がりながら育てていくことになりました。
一人で生きていくことに抵抗はありませんでしたが、他の悪魔と共に生きていくことにも、別に、問題はありませんでした。
彼らとは気が合いましたし、一緒に居て楽しかったからでしょう。特にスカーレットは可愛くて……、っと、これは今はどうでもいいですね。
三人で生きていくうえで。問題は、私の稼ぎで二人を養うのが難しい、という事。
一人で生きていくには充分な量でしたが、三人分、となると、安定のしない魔物狩りの報酬だけでは、どうにもいかなくなってきました。
そんなある日。人間の国って、もう少し西に行けば魔族の国だ、ってことに気が付きました。
魔族なら、私に仕事をくれる人もいるかもしれない。そう思い、翼を広げ、飛び立ちました。
着陸すると、何故か一瞬で使い魔にしたいとスカウトされました。ダイアモンド様でした。魔王様です。
ポンポンといい条件を提示し、誘ってきます。お金はいくらでも出す。自分が呼んだとき以外は、どこに居ても構わない。
これは、とてもいい条件でした。
インディゴはともかく、スカーレットを心配させたくなかったので、出来るだけ家に居られる仕事が良かったんです。
それに、報酬は、二人を養っていくには十分でした。
ですが、それだけではありません。実は……。
一目見て、ダイアモンド様の事を好きになってしまいました。本当は、それが大きかったんです。
ダイアモンド様は、私の事を何度も召喚しました。ダイアモンド様に会える事は、とても嬉しくて。召喚されるのを心待ちにしていました。
とはいえ、私はその時、10歳位の子供にしか見えなかった事でしょうから。そんな事、夢にも思っていなかったでしょうね?
ダイアモンド様が私をどう思っていたのか、今はもう分かりませんが。きっと子供のように思っていたのでしょうね。
ダイアモンド様は、とても優しかったので。私が何か言えば、すぐに対応してくれました。
そんな優しさに触れる度、ますます好きになって行きました。
しかし、悪魔と結ばれる事は、何一ついい事が無いのです。この気持ちを、全て、隠し通すと決めました。
ある時、勇者と魔王が戦いを始めたという知らせが入りました。街中その話で持ちきりだったので。幾ら人間関係をおろそかにしてきた私であっても、耳に入りました。
残念なことに、私は何も知らなかった。ダイアモンド様は、私に、その事を教えてくれなかったのです。
私が慌てて城まで飛んでいくと、ダイアモンド様の隣には、1人の大人の悪魔がいました。初めて見る顔でした。
とても驚きました。私の他に使い魔がいたなんて、知らなかったので。
しかし、それ以上に、ダイアモンド様が驚いていました。私が来るとは、思っていなかったようです。
「な! エメラルドくん、なんで?!」
「どういうことなのですか?!」
「君は心配しなくていい。養う子もいるんでしょ?この方が私の事は、守ってくれるよ」
「で、でも・・・」
その方は、コンチータ様です。彼女は、優雅に一礼すると、自己紹介をしてくれました。
しかし、そんなこと、耳に入っていませんでした。頭の中は、ダイアモンド様の事でいっぱいです。
最後まで、守り通したい。なのに、どうして、許してくれないのでしょう……。
「俺も戦います!」
「駄目だよ。君は……!」
「どうしてですか! ダイアモンド様をお守りする為! 俺は、今まで、命令に従って来たんですよ!」
そう言っても、ダイアモンド様に、言葉は届いていませんでした。ただただ首を横に振り、ごめん、と呟くばかりです。
ダイアモンド様は、座っていた玉座からすっと立ち上がります。私のほうに歩いて来たのですが、何となく怖くて。後ずさります。
すると、彼女は何かの呪文を唱えます。私の後ろにあった窓が、溶ける様に無くなります。
「え……」
「ごめん。痛い思いをさせて、ごめん。でも、私には、これしか出来ない」
「まっ……!」
ダイアモンド様は、私を窓から突き落としました。
分かっていました。何を言っても、彼女は私を戦わせてはくれないと。
だから。手を伸ばしても、彼女に届くはずは、なかったのです。
こんなことをしたくないと思っている事は、目から零れた雫で、よく、分かりました。
もう、彼女を守る事は叶わない……。観念して、目を瞑ります。
その時に、かすかに聞こえた、ダイアモンド様の、最後の言葉。
「君の事、最初から、大好きだったよ。……しっかり生きて」