スカウト
カプセルホテルで一夜を過ごした大和は、適当にファストフードでゆっくりと朝食を済ませ、あるビルの前に来ていた。
「見るだけだぞ」
『う~、今はそれで我慢するよ』
そのビルとは大型の家電量販店である。現在では家電も魔力を使う物が大半を占め、AIのサポートを前提とした運用をしているため、家庭用魔導具量販店と言ってもいいかもしれない。
ここに来たのは他でもないイクリプスの願いだった。昨夜、明日からの行動をどうしようかと悩んでいた大和に、イクリプスが買うのは無理でも、見るだけでもいいから家電屋に行きたいと言い出したのだ。
特に、何かやらなければならないことも無く、事務局からの連絡待ちだった大和は、そのイクリプスのお願いを聞くことにしたのだ。
そしてやって来たのが、駅前にある大手の家電量販店。とにかく家電の種類が多く、そろわない家電は無いがキャッチコピーの店でもある。
『早く行こうよ』
「おう」
ビルの前で立ち止まっていた大和をイクリプスが促して店へと足を進ませる。内装は三階までぶち抜きになっており、天井からは眩しいほどの明かりが降り注いでいた。
その光を浴びて、数々の家電が輝いている。
入口近くには携帯ディスプレイの売り場があり、壁際には一面を使ってずらっとテレビが並んでいる。画面にはバベルクライムをはじめとする色々なスポーツやニュース、バラエティーなど全てのチャンネルを網羅しているのではないかと思うほどの番組が流されていた。
大和はバベルクライムの試合に若干の興味を引かれながらも、エスカレーターを探し、目的の商品がある三階まで向かう。
エスカレーターを降りれば、目の前には数々の腕輪が広がっていた。ここは、サポートAIを挿入しておく腕輪の売り場である。
「いつみても圧巻だよな」
多種多様な形の腕輪がショーケースの中に並べられ、ARがコンタクト越しにその詳しい情報が表示される。
どれも、今大和が付けている腕輪とは比べ物にならないほど高スペックだ。
しかし、それに合わせて値段も高くなっている。その桁を見て、大和は恐れ慄く。
そんな大和の様子とはうって変わってご機嫌なのはイクリプスである。
『大和見てよ! これアークライトの最新機種だよ! 6TMの記憶容量に128MPCの超高速魔力伝導体まで使ってる! あ! 向こうのはインテグラルのスワッソシリーズ!』
イクリプスは興奮した様子で大和に機種の説明をする。しかし、大和にはその半分も理解できていなかった。
腕輪や杖の基本的な整備ができる程度には知識を持っているが、それ以上のことはほとんど知らない。機械をいじるよりも体を動かす方が好きな性格なのだから仕方がないと言えば仕方がないだろう。
もしここに師匠が来ていれば、暴走列車のように二人は新機種の機能について話し続けていただろうが、残念なことにいるのは大和達だけだった。
『ねえ! このエネラル電子製A651型を使えば、今の私の二倍以上の速度で思考ができるようになるんだよ! って聞いてる?』
まるで画像フォルダを次々と表示するように、次々と並べられる腕輪の数々。それとイクリプスの説明を半ば放心した状態でボーっと聞いていた大和は、一つの結論に到達した。
「あー、要は今のお前は非常に残念だってことだな」
『分かってるなら腕輪買い換えてよ!』
「金が無い」
『大和のバカ! 貧乏人! 甲斐性無し! そんなんだからコクっても振られるんだよ!』
「バッカ、振られたのは関係ねぇだろ! てか嫌な思い出思い出させんな!」
それは基礎課程卒業の日。卒業式の後、校庭で思い思いに過ごしていたとき、大和は意を決して好きだった子に告白したのだが、結果はイクリプスの言う通り惨敗。振られた理由が、実は健翔のことが好きだったからだと、なんとも辛い結末を迎えたのだった。
「ほら、もう満足しただろ。飯行くぞ、飯」
腕輪の売り場を回り、その後杖の売り場を回り、さらに携帯ディスプレイの売り場を回っていると、いつの間にか昼になっていた。
まだ十二時を回っていないため、今ならば並ばずに飯屋に入ることが出来る時間だ。それを見越して、大和達は少し早めの昼食をとるため、家電屋を後にする。
『それで、今日のお昼は何がお望み? 激安を紹介するよ』
「あー、ラーメンで良いかな」
『じゃあそこのコンビニに百円のやつが売ってるんじゃないかな?』
「そこまで激安は頼んじゃいねぇよ!」
『節約すれば早く新機種買えるじゃん!』
「金溜める前にぶっ倒れるわ! つか、主人の体調よりも自分の新機種求めるAIがどこにいる!?」
『ここにいるわ!』
「いいから早く案内しろ。まともなラーメン屋」
『うー』
うーうー言いながらも、地面に新しい線が表示された。
「所属企業が決まれば、嫌でも新機種に変えないといけないんだ。それまで我慢しろって」
『約束だよ?』
「約束だ」
『録音したからね?』
「お前、俺のこと信用してな――――「おい! あれ危ないぞ!」
突然近くにいた男が何かを指差しながら叫び声を上げた。
周囲の人たちと共に、大和がその顔を上に向ければ、二件ほど先の工事中のビル、その屋上に備え付けられたクレーンがゆっくりと傾いてきていた。
だが、その動きはゆっくりとしたもので、男の叫び声によって気付いた周囲の人たちがすぐにビルの下にいる人たちに危険を伝える。
それを知った人は、我先にとビルの下から逃げ出していった。
そんな光景を見ながら、大和はしみじみとつぶやく。
「都会だとこんなこともあるんだな」
『これは都会でも珍しいと思うけどね』
「なら貴重な体験か」
大和達も周りの人も、クレーンが降ってこようとしているのにこんなにも落ち着いて対処できていることには理由がある。
クレーンをビルの上で扱う場合、安全上の理由からクレーンを一人でも押しとどめられる魔法の使える作業員が常駐することが義務付けられているのだ。
その為、多少クレーンが傾いて来たとしても、その人物が魔法を使えば、被害は出ないのである。
その事を知っているからこそ、周囲の人たちは非常に落ち着いて行動できていた。
そろそろ傾きが止まるか。そんなことを思いながら眺めていた人たちだが、次第に様子が変わってくる。
クレーンの倒れる速度が徐々に上がって来ているのだ。
「なあ、どう思う?」
『止められてないよね。てか魔法が発動した形跡もないし、後持って三秒かな?』
「イクリプス、雷光刹華準備」
『大和からの魔力を確認、魔法式を構築に入るよ。構築式は雷光刹華を選択、杖じゃなから時間掛かるな~ ――――構築完了。いつでもどうぞ』
きっかり三秒後、大和の足元にバチバチと電気が奔った。それを見た周囲の人たちは驚いて大和から離れる。
「行くぜ!」
バリッと火花が奔り、フラッシュが焚かれたかのように、一瞬周囲が光に包まれる。それと同時に、ビルの上からも鉄のひしゃげる音が響き渡り、耳障りな高音と共に落下が始まった。
その瞬間には、大和はその場から姿を消していた。
どこにいるのかといえば、クレーンが落下してくるビルの真下だ。雷光刹華は、使用者を雷のような速さで移動させる。直線にしか動けない上に、距離も非常に短く使い勝手の悪い魔法だが、この場においては最適だった。
ビルの真下から振ってくるクレーンを見上げ、イクリプスに新たな指示を出す。
『どうするの?』
「上に反しても良いけど、それやるとビルが壊れかねないからな。受け止めるぞ」
『ってことは電磁障壁系だね』
作業員が落下を止められなかったと言うことは、このままクレーンを跳ね返すと今度はビルの屋上に落下する可能性がある。それを危惧した大和は、この場で受け止めることを選択した。
大和の意思を読み取ったイクリプスが、先ほどと同じ要領で魔法を構築する。大和一人でも魔法が発動できない訳ではないが、詠唱が必要となり大幅に時間を食うのだ。
『どうぞ』
「紫陽花放電」
大和が発動を告げると、今度は大和の周囲にバチバチと音を鳴らしながら電気が奔り、瞬く間に大和を中心とした半径一メートルほどを真っ白な火花で覆い尽くす。その姿があたかも、真っ白な紫陽花のように見えることから、師匠がこの名前を付けた。
直後、紫陽花の上にクレーンが降る。しかし、周囲に衝撃が広がることはない。
紫陽花によって落下の衝撃を全て受け止められ、さらに紫陽花は受け止めたクレーンをぶつかったままの位置で維持しているのだ。
「後は責任者と作業員が来るのを待つだけだな」
クレーンの下、紫陽花を挟んだ障壁の中で、大和は悠々と立っている。
『これは謝礼金貰えそうだね!』
「強請るなよ、みっともないからな。まあ、もらえたら新機種買ってやるよ」
『やったー!』
悠然と立つその姿に、周囲はただ拍手を送る事しかできなかった。
「はぁ……どうしましょう。あの子たちになんて説明すればいいのよ」
紙コップからコーヒーをすすりつつ、ディスプレイを眺める女性。眼下には道路が広がり、背広姿のサラリーマンがせわしなく行き来している。
もう何度目かのため息をこぼしながら、ディスプレイを操作する。
『ねぇ、ため息ばっかりしてると、婚期も逃げるわよ?』
「それを言うなら幸せでしょ……と言うか、フォルナがため息つかせる原因作ってどうするのよ」
『場を和ませるウィットなジョークじゃない』
「ジョークで済めばいいんだけどね」
そしてまたため息。
「うちのチームも、いい加減補強を考えないとね」
『今の成績のままだと、部署ごと廃止一直線だもんね』
スーツ姿の女性、八雲真彩は自分が監督するチームのことで悩んでいた。
リンブルという会社の宣伝部に所属する真彩は、二年前の会議によって新規参入することが決定したバベルクライムに関する全権を委任されていた。言わば(株)リンブル宣伝部バベルクライム課課長と言った所だ。
真彩は持ち前の管理能力をフルに発揮し、バベルクライムの情報を収集、選手を集め、たったの半年で試合に参加するところまでは何とかこぎつけた。
しかし、現状は決して良好とは言い難い。
最初こそ、連戦連勝で雑誌などにも取り上げられ勢いに乗っていたリンブルチームだったが、振り返って見ると一年半の成績は圧倒的に負け数の方が多い。一応少しずつランクは上がっているが、それと共に敗戦率も上がってきている。最近では連敗が続くことも珍しく無い状況だ。そんな状況で注目されるはずも無く、現状宣伝効果はゼロに等しい。
そんな状況を会社が許すはずも無く、今日の午前中にあった会議で注意を受けた上に、このままだと廃止もあり得ると勧告されてしまったのだ。
しかし、簡単にチームを補強すると言っても、新たなメンバーを入れれば済む話では無い。ある程度ランクが上がってしまっている現状で、新人を入れたとしても役には立たないのだ。かといって、ベテランを他社から引き抜けるほど、真彩が動かせる金は多くない。故に、新人の中から即戦力を見つけるぐらいしか解決策が無いのだ。
「とりあえず事務局に行ってみましょうか。新人の募集が入ってるかもしれないから」
『あんまり期待はできないけどね』
「だからフォルナはどうしてそう水を差すようなことを言うのよ」
『真彩の教育のたまもの?』
「私に子育ては無理そうね……」
ため息一つに、残っていたコーヒーを飲みほし席を立とうとする。そこで眼下の人の流れがおかしい事に気付いた。
「どうしたのかしら?」
『真彩、上。クレーンが落ちてくる』
フォルナの言葉と共に、道路で光が奔った。
「今の!?」
直後、クレーンが落下した轟音に店内にいた客たちはいっせいに窓の外を見る。そこには、落下してきたクレーンと、それを受け止める一人の少年。
客たちは何が起こったのかは分からずとも、その少年が何をやったのかだけは理解できた。そして、周囲に被害が無い事を確認すると、それぞれが思い思いの作業に戻っていく。そんな中、真彩だけが少年の行動を目撃していた。
少年の移動したと思しき後、そこには煌びやかな花道を連想させる電気の帯が残っていた。
真彩には、その現象に思い当るものが一つあった。
「今の……雷光刹華…………ッ!?」
自分のつぶやいた言葉にハッとして、真彩は急いで荷物をまとめると店を飛び出す。
突然の行動に驚くフォルナが声を掛けるが、真彩はそれを無視して全力で疾走した。
目指すのは、工事現場の人たちと何やら楽しげに話している少年の元。
人ごみをかき分け近寄っていくと、次第に会話が漏れ聞こえてくる。
「あんたのおかげで大参事にならずに済んだ。本当にありがとう」
「いやいや、俺は出来ることをやっただけだからさ」
「まさかクレーン管理者が昼飯に行ってる間に倒れるとは、こりゃ事故管理委員会に提出したら、必要管理者が二人に増やされるな」
「それは仕方ないんじゃないの?」
「まあそうなんだけどな……とにかくありがとうよ」
「おう」
工事現場のおじさんは、何やらうなだれたように肩を落とし少年の元を後にする。残った少年は、手に封筒を握って何やらにこやかだ。
その様子に誘うなら今しかないと、真彩は声を掛けた。
「そこの君、ちょっといいかな?」
「ん、俺?」
真彩の声に反応して、大和が人垣をかき分けて出てくる真彩へと向き直る。
「そう、君。さっき使ったクレーンを受け止めた魔法、障壁系だけど、部類的には攻種一級レベルよね!」
「よく分かったな」
大和の紫陽花放電は、障壁系魔法のため普通ならば攻種には含まれないはずの魔法だ。しかし、そのあまりに強い放電現象のせいで攻種一級として認定されてしまった珍しい魔法でもある。
「てことは、攻種一級の免許を持ってるってことよね」
「じゃなきゃ犯罪になっちまうからな。んで、お姉さんは何が言いたいんだ?」
「ごめんなさい。あまりに興奮して少しおかしくなってたわ」
真彩は駆け足で乱れた息を整え、鞄の中から自分の名刺を取り出した。
それを大和に私ながら、大和に声を掛けた目的を話す。
「私はこういう者よ」
「(株)リンブル 宣伝部 第三次宣伝第二課 課長 八雲真彩。ふむ、真彩さんね。そんで宣伝部の人が俺に何の用です?」
「第三次宣伝って言うのはね、主にスポーツによる選手のスポンサー契約や、チームへの出資によって宣伝をすることなの」
「ふむ」
真彩の説明を聞き、大和はスポーツ選手が着ているユニフォームに、企業の名前やロゴが入っているのを思い出す。それのことだろうと当たりを付けて、説明を聞く。
「それで私の管理している第二課はバベルクライムを担当することになっているの」
バベルクライム、その単語を聞いて大和の眉がピクリと動く。真彩はそれを見逃さなかった。
僅かな手ごたえを感じ、一気に攻める。
「それでね、今私たちのチームは戦力補強を強いられているのよ。さっきの技を見ると、君かなり強いと思うんだけど、バベルクライムに興味ないかな? それとももしかしてもう別のチームに所属しちゃってる?」
「それはスカウトってことでいいのか?」
「そうね、そうとってもらって構わないわ」
『大和! ビビッと来てるよ! これは乗るしかないビックウェーブだよ! 津波級だよ!』
「ああ」
「じゃあ!」
「けど、それはチームメンバーを見てからだ。俺にだって選ぶ権利はあるよな?」
実際の所、そんな余裕は無いに等しいのだが、やる気がなかったり、性格の悪い奴だったりした場合、大和の目標には大きな邪魔になる。
最低でも上に行きたいと思っているようなプレイヤーでなければ、一緒に戦うことなどできるはずがない。
だから簡単には返事は出来ない。
「もちろん分かってるわ。いつごろなら時間が空いてるかしら? こっちとしては今からでも大丈夫なぐらいなんだけど」
貴重な即戦力になり得る可能性を秘めた選手だ。簡単には逃したくない。そこで今日中に契約まで持っていきたいと考えていた。
もし、ネットで自分達のチームのことを調べられたら、現在の連敗記録を見て話を流されてしまうかもしれないのだ。そうなる前に、せめて選手同士の顔合わせぐらいはさせておきたかった。
顔見知りにさえなってしまえば、断りにくくなるのが人情である。
真彩の案に、大和は快く乗った。
「こっちも空いてる。じゃあ言葉通り、今から案内してくれよ」
「ありがとう、会社はちょっと離れた場所にあるから、タクシー捕まえるわね」
真彩は飛び跳ねそうになる喜びを必死に抑え、懐で拳を握りしめながらタクシーを捕まえるべく車道に目を向けた。
TM→テラ・マギア
魔力を用いて拡大させたデータ容量の表記。TBやGBと同じ二進数で構成されています。魔力を利用している機械には、こちらの単位を利用した記憶容量でないと保存などができません。
MPC→マジック・パッセージ・キャパシティー
魔力がどれほど通りやすいかを示す単位。
0~30が低速、31~70が中速71~100が高速、101~が超高速と分類されている。
現在の腕輪の支流は高速となっている。
第三次宣伝
造語です。実際はそんなものありませんのであしからず。