記者会見と次の一歩
リンブルの選手控え室。そのベンチに寝かされていた奏の瞼が僅かに震えた。
それに気づいた響が声を掛けると、奏はベンチから飛び上がるように起き上がり、周囲を見渡す。
そして、全身を駆け巡る鋭い痛みに顔をしかめた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「響……ここは」
「控え室だよ」
「ならもう試合は終わったの?」
「うん」
「結果は?」
「勝ったに決まってんだろ」
それに答えたのは、なぜか志保の前で正座している大和だった。足がしびれているのか、その表情は心なしか辛そうだ。
「俺が本気出したんだぞ、負ける訳ないし」
「だからって、やって良い事と悪いことがある」
志保は、憮然とした態度で、大和の足を復元させたままの杖の先で突いた。
瞬間、大和は肩をビクッと跳ねあがらせ、悲鳴を上げながらその場にのた打ち回る。
その光景に、奏はただ茫然とするしかなかった。
「何があったの?」
「大和君の大規模魔法に、志保ちゃんも巻き込まれちゃったんですよ。それで絶賛お仕置き中です」
「魔法で志保が?」
それは、奏にしてみれば信じられないことだった。
志保は魔法使いとしては、まだ二流だが、それでも魔法に特化したプレイヤーである。それが、魔法を付与した槍術ならまだしも、ただの大規模魔法でどうにかなるとは思えなかった。
「詳しく知りたければ、試合の動画を見る方が速いと思いますよ。私も、正直説明にはちょっと困りますから。もうネットにも上がってますし」
「分かったわ。それで勝ったってことは、真彩は」
「はい、今ランクアップの手続きに行ってます。戻ってきたら記者会見ですからね」
大和のアビリティーに魔法、志保のマルチマジックと、リンブルが秘密にしていたことはかなり多い。それを今日の記者会見で発表することは前もって情報として流していたため、会見場にはかなりの数の記者が集まり始めていた。
大多数は、バベルクライム関連の書籍の編集者だが、中には一般のマスコミすら存在する。それだけ注目を集めることが出来たのは、やはり今までの大和の活躍と、一定の秘密主義のおかげだろう。
人は隠されると知りたくなるものなのだ。それが、自分にとってはほとんど関係のない事と分かっていてもである。
「立てますか?」
「まだちょっとフラフラするわね。けど、向こうの方が問題なんじゃないの?」
置きあがってベンチに腰掛ける奏の視線の先では、大和が足を痺れさせ、床を転げまわっている。その後ろに志保が続き、容赦なく足を棒で突いていることから、志保の恨みはかなり深いものらしい。
その光景に苦笑しながら、奏は近くに置いてあるであろう杖を探す。しかしそれは見つからない。
「あれ、私の杖は?」
「ああ、それならもう鞄の中です。ティアラさんは腕輪に戻ってますよ」
「え」
『はい、私はここです』
試合中に意識を失ったため、AIチップは当然杖の中だと考えていた奏は、腕輪から聞こえてくるその声に驚く。
「なんで腕輪に戻ってるの!?」
「大和君が杖から抜いたんです。その辺りも試合中の映像にありますから」
「そ、そう。ならティアラ、さっきの試合の映像探して。バベルチャンネルにあるはずだから」
バベルチャンネルは、テレビ放送もしているバベルクライム専門のチャンネルだ。インターネット上に世界中で開催されているバベルクライムの全試合を掲載し、いつでも閲覧できるようにしているため、会員数は有料放送局の中でもトップに近い位置にいる。
『検索を開始します。少々お待ちください』
ティアラが先ほどの試合を検索している間に、手続きを終えた真彩が戻ってきた。
「あら、目が覚めたのね」
「ええ、ついさっきね」
「よかったわ。今から記者会見だから、寝てたらどうしようかと思ってたのよ」
「私に休憩は無しなの?」
「もうかなりの記者が集まっちゃってて、抑えるのが大変なんですって。スタッフから、少し早めに会見して欲しいってさっき言われたわ」
「そういうことね。ティアラ、動画は保存しておいて」
『了解しました』
「志保もその辺にしてあげてね」
「分かった」
びくびくと痙攣している大和に苦笑しながら、真彩はこの後の段取りを簡単に説明していく。
予定では、この後記者会見を行い、そこで大和のことや志保のことを話す。そして、ランクアップが確定ということで、その旨をリンブルへと報告し、第二課の存続を宣言、正式に認めさせる必要がある。
口約束とはいえ、理事会によって決定された事項をクリアしたのだから、文句は言わせないと真彩は意気込んでいた。
とりあえず今日の予定はそんな所だ。翌日になれば、今度はシズル重工から、健翔の履歴に関して正式な謝罪と訂正が入ることになっている。これも、すでに真彩がシズル重工のマネージャーと話を付けていた。
健翔は軽めの処分を受けて、今回のことをチャラにしてもらうことになっている。基本的には法に触れることは何もしていないのだから、処分も軽いものになるのは当然だ。
その後は周りが五月蠅くなるだろうと予想して、しばらくは静寂を保つことになる。試合自体には出るが、基本的なインタビュー以外は受けない方針だ。特に、大和の師匠のことに関するインタビューは完全黙秘となる。
これは、シズル側からの要請でもあった。健翔が師匠の周りを五月蠅くしたくないとの要望を出したのだ。大和もその意見には賛成だったので、素直にうなずいた。
「じゃあ、行くわよ。響、悪いけど大和の足を治してあげて」
「分かりました、シルバリオン」
『はい』
響がシルバリオンを起動させ、治癒の魔法で大和の足のしびれを取り除く。
「ううぅ、助かった」
「記者会見が終わったら続きをやるから」
「ほんと勘弁してください。マジで反省してますから!」
「なら、誠意を見せてもらう。今度お願い聞いて」
「なんでも聞きます。荷物持ちでも、部屋の掃除でもなんでもやらせていただきます」
「言質は取った」
「志保もなかなか悪魔よね」
二人の様子を見ていた奏がつぶやき、響と真彩も、志保は怒らせないようにしようと、心の中でひそかに思うのだった。
大量のフラッシュを浴びせられ、その眩しさに大和は目がくらむ。
しかし、奏たちは慣れているのか、特に気にした様子も無く、用意されていた椅子へと腰掛けて行った。
大和もそれに続いて腰掛けると、記者会見が始まる。
司会進行はバベルのスタッフがやるようで、大和たちが座る長テーブルの隣に、スタンドとマイクが設置され、そこに立つ男性が記者たちに向けて挨拶を始めた。
「それでは、リンブルチームの記者会見を始めたいと思います。記者の皆様も色々と質問したいことがあるとは思いますが、まずは一通りの会見の後、質問の時間を取りますので、その時に纏めてお願いします。では、リンブルチームの皆様、よろしくお願いします」
基本的に、記者会見では真彩が話をすることになっている。大和たちが話をするのは、記者から直接質問が来たときだけだ。
それ以外ならば、あらかじめ真彩に伝え、真彩がさらにそれを分かりやすく、図説などを用いて説明するための準備をしておいてくれるのである。
今回の、マルチマジックや、大和のアビリティーなども、あらかじめ真彩に伝えてあるため、かなり解説は分かりやすい。
背後のモニターには、国に登録してあるアビリティーとしての大和の能力なども表示してあり、記者は真剣にその内容をメモしていた。
そして、真彩が全ての説明を終えて、マイクを司会へと返す。
司会が話しはじめたのを確認して、ホッと息を吐きながら、手元に用意されたお茶で喉を潤していた。
「それでは、記者の方々からの質問を受け付けさせていただきます。質問のある方は、挙手をお願いします」
すると、いたる所で手が上がる。
司会は適当に目を付けた記者を指名して、スタッフにその記者の元へとマイクを持っていかせた。
記者がそのマイクを受け取り、その場で立ち上がる。
「初めまして。日刊バベル編集部の藤崎と申します。他の記者の方も気になっていると思うので、率直に聞かせていただきますが、なぜ今日まで記者会見を拒否していたのでしょうか?」
「お答えさせていただきます。先ほどの中で、説明しましたが、うちの大和はシズル重工の健翔選手と同じ孤児院で育ち、同じ里親に引き取られました。ですが、健翔選手の履歴では孤児院から直接シズルに入社したことになっています。その辺りの確認に時間がかかり、今まで会見を拒否させていただいておりました」
「では、大和選手の言っていたことが事実だと、確認が取れたということでしょうか?」
「そういうことになります。明日、シズル重工からも正式な発表があると思われますので、シズル重工内部のことはそちらにお願いします」
真彩が断言したことで、会場にどよめきが奔る。
記者たちとしても、大和と健翔の関係は多いに気になるところだが、健翔の経歴詐称もかなりのビックニュースなのだ。これを逃す手はない。
先ほどよりも、記者たちの挙手率が上がり、数人がどこかに連絡を取っている。
「晴天スポーツの葉山と申します。大和選手はなぜこの時期にバベルクライムに参入したのでしょうか? 健翔選手と同時期に入らなかった理由は何かあるのでしょうか?」
質問が大和に直接来たため、大和がマイクを手に取る。
「もともと健翔はかなりバベルクライムに興味があったみたいだけど、俺はそこまで無かったからこの時期まで参入しなかった。けど、健翔の最高ランクへの昇格戦を見たら、俺も戦いたくなっちまったんだ。だからバベルを登ることにした」
「ではリンブルに入った経緯は?」
「道端でスカウトされた。少し前に工事現場のクレーンが落ちた事件は知ってるか?」
「はい、確か高層ビル建設中のクレーンが落下し、魔法使いが受け止めて事なきを得たと。管理者が昼食のために不在だったが故の事故と言うことで、最近管理体制が見直される切っ掛けになった者ですよね?」
「そうそう、それで受け止めたのがたまたまその場にいた俺だったわけで、それを見てた真彩さんにスカウトされたんだ」
「ありがとうございます」
その後、かなりの数の質問に、主に大和と志保が答えていく。
大和が聞かれるのは、もっぱら健翔との関係、師匠関連、幼少二人がどのように育ったかなど、健翔に関連することと、魔法を教えてもらったことであり、志保はほぼマルチマジックのことに限られていた。
しかし、ごく稀にかなりのバベルクライムマニアなのか、奏の突然のレベルアップについても突っ込まれる場面があり、大和としては少し感心した。
しばらく質問を受け付けたのち、手の上がり方が少なくなってきたところで真彩が司会に目配せをする。
司会はそれに頷くと、締めに入った。
「それではそろそろ会見を終えさせていただきます」
司会の言葉に合わせて、真彩が立ち上がり奏たちもそれに続く。
大和もワンテンポ遅れながらも奏たちに続いた。
「疲れたー」
控え室に戻ってきた大和は、ベンチに腰掛けながら大きくため息を吐く。そこに響が紙コップに入ったお茶を差し出してきた。
大和はそれを受け取って一気に煽る。
「サンキュー」
「大和君が一番喋ってましたからね」
「まあ、事情が事情だし仕方がないだろ。師匠のことは上手くぼやかせたし、俺としては大満足だ」
「大満足してもらうのはいいけど、上に登ることも忘れないでよ。まだ第六から第五に成れただけなんだから」
大和の最終的な目標はバベルクライムの第一ランクまで登ることなのだ。たかが第六から第五に上がったぐらいでいちいちはしゃいでいたらきりがない。
「分かってるっつの。それより先にやることあるだろ」
「やる事?」
大和の言葉に首をかしげたのは真彩だ。真彩はすでに事務手続きも終えており、記者会見も終了したと言うことで、一段落と考えていたのだ。確かにこの後は会社での理事会があるが、それは大和が行うわけでもないため、大和が言うようなことではない。
「全員の強化だ。さすがに今のレベルじゃ第六では通用したかもしんないけど、第五じゃ通用しねぇだろ」
今回戦ったチーム夕凪は、第五ランクの最下位チームだったのだ。そのメンバーに実力で勝てなかった奏や、まだまだサポートしかできない響、魔法のバリエーションが少ない志保には課題点が山積みになっている。
「どっかで強化合宿でもやらねぇと、すぐに第六に落とされるぜ」
毎回誰かの杖を借りて、今回のような大技を繰り出す訳にはいかないのだ。それにそれではもっと上のランクに行ったときに対処できなくなってしまう。
最終的には、チーム全体の強化が必要なのは、当然と言えるだろう。
「そうね、私が抑えきれなかったから今回ピンチになっちゃったんだし、私ももっと強くならないと」
止めきるはずだった二人を自由にさせてしまった奏は、その現実に拳を握りしめる。
「私も技能を増やさないとダメですね。せめてバフぐらいかけられないと、完全に足手まといになっちゃいます」
姉が戦っている最中、サポートらしいサポートができなかった響は、その隙間を埋めるべく何か新しい技を身に付けようと決めた。
「私の目標は混合魔術」
志保は大和が見せた魔法に惹かれた。あれだけの威力を一瞬で生み出せる業。それを自力で出来る様になれば、大幅な戦力アップと言えよう。
それぞれに新たな目標を得て、リンブルチームは新たな第一歩を踏み出し始めたのだった。
ここで一章終了となります。
同時に、区切りがいいのでここで完結にしようと思います。真に勝手ではありますが、現状設定に無理があり、このまま書き続けていくのがかなり辛い状況です。
結界のせいで怪我の描写ができない。魔法の設定が甘い。描写がいびつ。など問題点が多すぎて、一部の修正ではどうにもなりそうにありません。
なので、この作品はここで完結とし、次回以降の作品の糧に出来たらいいと考えています。
次回作がいつになるかは分かりませんが、一応異世界転移物を予定しています。より面白い作品が書けるよう努力いたしますので、よろしければその時は一読お願いします。