アビリティー・ハーレム
「大和、何をするつもり?」
「まあ見てな。つか時間稼ぎ頼むわ。あいつらが黙って見ててくれるとは思えないし」
「どれだけ?」
「十五秒だ」
「頑張る」
現状、リンブルチームは誰がどう見ても不利な状況だ。そんな中、自信満々に話す大和に、少なからず希望を見出した志保は、その言葉に従うことにする。
瞬間、志保が魔法の構築を始めると、麗華たちが動き出す。最近参加したばかりで、チームワークに関してはまだタイミングを計れていない周防は、とりあえず後方に控えているといった様子で、大和の様子を窺う。その間に、麗華と田中が何かをやろうとする大和を妨害するべく、前に出た。
「ファイアランス。アイスランス。」
「確かにこれは厄介ですわね」
「属性が違えば、防御方法も変えざるを得ないからな」
厄介と言いながらも、麗華と田中は慣れた手つきでそれぞれにファイアランスとアイスランスに適した防御魔法を展開させ、攻撃を防ぐ。
その間に、大和は手に持ったティアラと交渉していた。
「悪いけど、しばらく杖を借りるぜ」
『しかたがないですね。私はどうすれば?』
「出てくれ。奏に返さないとな」
大和が指示すると、普通ならばあり得ないことにティアラのAIチップが杖から飛び出してくる。
「響、これ持っててくれ」
「ふぇ!?」
姉の治療に集中していた響は、突然掛けられた声で顔を上げ、飛んできた物体をとっさにキャッチする。
「これって、ティアラのAIチップ? え、どうやって?」
「そうだ。奏の腕輪に戻しといてくれ。俺はこいつを借りるからな」
主人以外の言葉には、絶対従わないはずのAIが、勝手に杖から飛び出すことはない。故に、響は渡されたティアラのAIチップを見て唖然としていた。
「そろそろキツイ」
「おっと悪い」
その間にも時間は過ぎて、志保に頼んだ時間も残り五秒となっていた。志保は何とか魔法を連打することで、二人を近づけないようにはしているが、徐々にその距離も迫ってきている。
今、大規模な魔法を放たれれば、志保も大和もまとめて薙ぎ払われてしまうだろう距離だ。
「さあ、寝坊助久しぶりの出番だぜ」
大和は、腕輪に右手を持ってくると、いつもAIチップを取り出す場所とは別のボタンを操作する。
すると、改造された腕輪の反対側から、もう一つ別のスロットが現れ、AIチップが顔を覗かせる。
それを抜き取り、球体状となっている杖に挿入した。
「二枚目のAIチップ!?」
大和の様子をうかがっていた周防は、取り出したチップを見て驚きの声を上げる。
国が支給するAIチップは、子供のころに渡される一枚だけだ。それ以外に手に入れる方法が無い事も無いが、そもそもそれは意味がない行為である。
それは、AIの特性によるもので、AIたちは主人愛が非常に強く、同じ主人を持ったAI同士は激しく反発してしまい、主人の指示を聞かなくなってしまうのだ。これは、AIが拗ねた状態と同じだと考えられている。
かつては、何とかこの性質を取り除こうと研究も繰り返されたが、結局誰一人として反発を取り除くことはできなかった。
その為、AIは一人に一枚。これが現在の常識として認識されている。
一般人から見れば、今の大和はそんな無駄な行為を行おうとしているように見えるのである。
「目覚めろ、クレセント!」
大和が呼びかけ、それに杖が答える。
杖が光に包まれ、その姿を槍状へと変化させていく。
イクリプスが刺突に適応した槍だったのに比べ、こちらはいびつな形をしていた。槍の先にある刃は、三日月の形をしており、その内側に刃が付けられている。この時点で、槍の最も使いやすい攻撃方法であるはずの突きが、まったく意味をなさない形になっていた。
柄はイクリプスと同じ黒色だが、イクリプスのように流れ星のようなラインが入っていることは無く、漆塗のような光沢がある。
そして、大和の左手に新たな槍が完成すると同時に、その槍から気の抜けたような声が聞こえてくる。
『ふわ~、もうお昼?』
「あほう、目の前見ろ。試合中だ」
『あんまり寝ぼけてると、クレちゃんの分も全部私が貰っちゃうよ』
『ロード完了~。現状把握。イクちゃんそれは困るわ~。久しぶりの出番だもの。私も頑張るわよ~』
「ならこっから逆転だ。一気に押し込むぞ。志保、下がれ!」
「うんっ」
ジャスト十五秒、志保が後方に下がると同時に、大和が田中と麗華の攻撃を受け止める。
「なぜ二機が共存している!?」
「どういうことですの!?」
志保との戦いに集中していた二人は、大和が握っている二本の槍に驚きの声を上げながら大和と切り結ぶ。
しかし、その戦いは一瞬で決着した。
『大和、行けるよ』
『こっちも出来てるわ』
「雷光刹華、氷鏡造花」
大和が二種の魔法を同時に発動させる。
一見、志保がやっと使えるようになった、マルチマジックと同じように見えるが、あれのバリエーションの一つである。志保が使うマルチマジックは、魔力量と練習によって使えるようになるものだが、大和のこれは違う。
大和は、二機のAIにそれぞれ魔法を構築させることで、同時に魔法を発動させるのだ。
イクリプスによって雷光刹華を、クレセントにより、氷鏡造花を発動させる。すると、麗華たちの前にいた大和が、一瞬のうちに氷の破片となって飛び散った。
「もらい!」
「後ろ!?」
「横!?」
麗華と田中、二人が全く別の場所に反応する。どちらかが間違えたわけではない。両方に大和がいたのだ。
そして、周防の背後にも。
「まさか、分身ですか」
「二つの魔法の効果を応用した術だな。志保でもいつかはできるんじゃねぇの?」
大和の振り下ろしを受け止めた周防は、内心の驚きを隠しながらも、その攻撃を捌き反撃を仕掛ける。
周防の攻撃は、まともに大和にヒットするが、大和は先ほどと同じように、氷の破片となってしまった。
「なるほど。どれが当たりか分かりませんね」
「悠長に考察してる暇はないぜ」
周防が分身体を破壊している間に、本物の大和の足もとには田中が倒れていた。
「田中!」
「次はアンタか?」
「舐めないで!」
麗華が蛇腹剣を薙ぐ。大和は再び雷速化してその攻撃を躱す。
「そこです!」
躱した先に、周防がタイミングよく飛び込んできた。それをイクリプスで受け止め、クレセントで腹を狙う。その攻撃は、周防にあっさりと躱された。
クレセントは突きに対応していないため、その動きは左右か上下に絞られてしまう。それを槍の形状から即座に判断していた周防は、躱しやすいそちらを残してイクリプスで受けさせるように攻撃を仕掛けていた。
周防が下がったところで、即座に麗華が攻撃を仕掛けようとする。しかし、志保の魔法が蛇腹剣を弾く。
「相手は大和だけじゃない」
「邪魔を!」
「彼は私が押さえます!」
「頼んだわよ」
近づこうとする麗華と、近づかれまいと魔法を連打する志保。二人の勝負は、近づけるかどうかで決まることとなる。そして、大和は再び周防と向かい合う。
「さて、俺の本気を見せてやるよ」
「二機同時に使用できるのが、あなたのアビリティーですか」
「おう、健翔はハーレムとか名づけやがったけどな」
「なかなか素敵な名前じゃないですか。男性の夢が詰まっていますよ」
「それで周りからは冷たい目をくらったけどな。じゃあ行くぜ。」
「いざ」
「「勝負!」」
大和が刺突を放ち、周防がそれを躱す。先ほどまでなら、それで周防が攻撃へと移るだけの余裕ができたが、今の大和にはクレセントがある。
大和は周防が躱した先にクレセントを薙ぐ。周防はそれを剣で受け止めた。
「なるほど、先ほど隙があったのは、二槍流が本当の形だったからですね」
「一本でも戦えるようにはしてるんだけどな。やっぱどうも慣れないんだわ」
アビリティーが発覚した時から、ずっとイクリプスとクレセントの二機を同時に使う練習をしてきた大和にとって、二槍流が一番体に馴染む戦い方だった。
その為、槍を一本で使おうとすると、どうしても隙が生まれてしまうのである。
片手で使う槍は力が入らない。周防はクレセントを簡単に弾き飛ばし、大和の懐へと飛び込んできた。
槍の特徴は懐に飛び込まれた時の対処のしにくさだ。それが二本持ちとなれば、なおさらだろう。
しかし、大和は自らの体を軸に、思いっきり回転することで、柄を周防へと叩きつける。
剣でガードしながらも、周防はその力に飛ばされフィールドを転がった。そこに、魔法が連続して叩きつけられるが、転がりながら躱し、立ち上がりながら体勢を立て直す。
しかし、その一瞬で、周防は大和を見失った。
「どこに……」
「ここだ!」
大和は頭上にいた。槍を使い、棒高跳びの要領で飛び上がっていたのだ。そこから振り下ろされる重力の伴った槍に、周防は回避を諦め、魔法での防御に切り替える。
「風壁流し」
「甘ぇ! 混合魔術・太陽落とし!」
それは周防からすれば、本当に太陽が落ちてくるようにも思える技だった。
極大の真っ赤に燃える固まりが飛び上がっている大和の頭上に浮かび上がり、そこから一直線に周防へと降り注いだのだ。
その威力は凄まじく、受け流しに特化した風壁流しを一瞬で粉砕し、周防の体を蹂躙する。
攻撃を受けた周防は、痛みも熱も感じることはない。そんなものを感じる間もなく、一瞬のうちに死亡判定によって意識を刈り取られリタイアとなる。
だが、魔法はそれだけで留まるほど小さなものではない。
地面を穿つ極太の光は、フィールドを伝って死闘を繰り広げている麗華と志保にも襲い掛かった。
「なんですの!?」
「やり過ぎ!?」
その威力は、チームメイトである志保も完全に予想外で、一瞬にしてその余波に飲み込まれ場外へと吹き飛ばされる。当然麗華も同じように吹き飛ばされ、場外へとはじき出された。
フィールド状に残ったのは、爆心地に倒れ、気絶している周防と、その横でやっちまったと言わんばかりに、苦笑いを浮かべる大和だけだった。
「ははははははははっはっはっっ……息、息苦しい」
シズル重工、健翔たちが集まっていた部屋で、健翔がただ一人、試合の結果を見届けて笑い転げていた。
「ヤバい、威力高すぎて仲間もろともとか、さすが大和だ、ハハ。こりゃ師匠に怒られるな」
「えっと、健翔」
「なに?」
涙目になりながら、健翔はリリルに応える。
「今の何?」
「威力がおかしかったですね」
「攻種一級でもあの威力はなかなかないぞ。それをあの速さで」
健翔以外の三人は、大和の使った魔法に戦々恐々としていた。
攻種一級であれば、確かに大和の使った魔法と同程度の威力を持つ魔法はいくつかあるし、自分達も使える。しかし、それは発動までに杖を使ったとしても十秒程度の時間が必要で、まして飛び上がって頭上から攻撃するだけの僅かな時間に、あれほどの魔法を準備できることなど決してないのだ。
だからこそ、あの魔法が危険なのが嫌と言うほど分かる。
もし、あの技を開幕で使われたら、同じ時間で作ることのできる魔法では、一瞬で消し飛ばされる。
大和一人でバベルを最上階まで登ることも可能なレベルの魔法なのだ。
「あれは混合魔法だよ」
「混合魔法?」
それは魔法使いであり、さまざまな魔法を勉強してきたリリルですら聞いたことのないものだった。
「そう、さっきリリルは志保って子のマルチマジックは見てたよね? あれの亜種って言えばいいのかな。二種類の魔法を同時に発動するのがマルチマジック。それに対して、混合魔術は二種類の魔術を融合させて作る魔法なんだ」
「そんなの無理よ! マルチマジックはまだ理解できるわ。自分の中で魔法陣を組み上げながら、杖にもう一つを組ませる。理屈としては結構簡単だもの。でも、二つの魔法陣を組み上げて、それを融合させるなんて不可能よ! そんなことをしようとすれば、確実に魔法陣は壊れるわ」
完成した魔法陣は、一つの魔法として世界に認識される。それを崩すのは、鉄塔の柱を壊すのと同じだ。当然、組み上げられた物はすべて崩壊し、ただの魔力に戻ってしまう。
「ちょっと違うよ。できた魔法陣を組み合わせるんじゃないんだ。完成する前の、組み上げ途中の魔法陣を合わせるのさ。パズルのようにね」
「どっちにしても同じよ! そんなの出来っこない」
「それを可能にしてるのが、大和のアビリティーだよ」
「あの、AIを二機使っている能力ですね」
一真の言葉に、健翔は頷いた。
「大和のアビリティー、僕がハーレムって名付けたやつなんだけどね。AIの性質を変化させる能力みたいなんだよね。だから、大和には全てのAIが言うことを聞くんじゃないかな?」
「それって危険すぎませんか? 彼が全てのAIに自分を攻撃するなと言えば、私たちは何もできなくなってしまう」
「さすがにそこまで強制力はないよ。AIは基本主人優先で、主人からの指示が何もない場合に限って、大和の言葉にも従うってだけだから。だよね?」
『はい、彼には不思議と拒絶反応が出ないんです。だから、大和さんの言うことなら、聞いてもいいかと思えてしまいます』
アビリティーの能力を確認するために、健翔のノヴァも一時的に大和に従っていたことがある。ほんの半日だけだったが、その時のノヴァは、友人の頼みを聞くかのように大和の言うことを聞いていた。
「なるほど」
「そんなことはどうでもいいのよ! それよりあの魔法!」
「あの魔法は二機のAIの処理能力をフルに使うことで、構築途中の魔法陣に共通点を見出してそこを繋ぎ合わせ一つの魔法とする。そう言うことですよね?」
「正解。だから、皆が心配しているような、開幕にあの魔法を使われるってことはあり得ないから安心してね」
「バベルクライムのルールに助けられたな」
バベルクライムのルール上、杖は一人一つまでと決まっている。試合中の仲間が倒れたなどの場合に限り、大和がやったように杖をその場で拾って武器とすることもできるが、仲間が健在の状態で杖の貸し借りは禁止されている。
これは、杖が相手によって壊された場合に、失格になるというルール上の処置だ。今回はそれに助けられた形となった。
「詳しいことはこの後の記者会見でやるんじゃないかな? じゃあ僕も準備しないといけないから、そろそろ行きますかね」
「準備ってなにの?」
「謝罪会見だよ。履歴を偽っててごめんなさいってね。ちなみに罰則は一週間の減給だってさ」
履歴を偽って入社したことは事実だが、入社時には記録上すでに初等教育を卒業しており法的にはなんの問題も無い。そのため、これだけ軽い処分になったのだ。
「リリルと郷戸はフルコースの準備お願いね」
「そうでしたね。賭けは私たちの勝ちですからね」
あの力を見れば、ライバルになることなど当然のように思える。故に、賭けは健翔たちの勝ちとなった。
「悔しい!」
「ぐぬぬ、仕方あるまい」
健翔が出て行った部屋で、リリルと郷戸はがっくりと肩を落としていた。