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二人目の新星

 ランクアップ戦の前日。この日は他の試合前と同じように練習は中止となっている。と言っても、午前中は普通に書類整理を行い、午後からは試合のミーティングが待っているため休暇にはならない。

 大和は、午前中の書類整理を終えると、昼の休憩を使ってバベルクライムのある広場へと来ていた。

 理由は単純に散歩だ。場所が街中のため、散歩できる場所と言えばここぐらいになってしまうのである。

 会社からここまでは多少の距離があるが、スポーツ選手の感覚で言えば、軽いランニング程度。食後の腹ごなしにはちょうどいいレベルである。


「やっぱここぐらいだよな。しっかり開けてるの」

『田舎が恋しくなっちゃった?』

「んなわけあるか。こっちの方が楽しいことばっかりだ。まあ、少し窮屈な感じはあるけどな」


 今までの生活では、窓を開ければ大自然の山脈が広がり、どこまでも続く青々とした木々が見えた。しかし、今部屋の窓を開けても、見えるのは立ち並ぶビルばかりである。どことなく空までもが鈍いコンクリートのように見えていた。

 しかし、バベルのある広場には、バベル以外は何もない。タワーを背に空を見上げれば、田舎と同じ空が広がっている。

 それが何となく嬉しくて、大和は時々こうやって昼休みに広場の芝生に寝そべって空を見上げていた。


「明日の試合が楽しみだな。どんな奴が来ると思う?」

『調べようか?』

「いや、予想が聞きたい。その方が面白そうだ」

『うーん、とりあえずあの高飛車系お嬢様でしょ。それとあのマネージャー』


 麗華と田中だ。彼らはチームリーダーと副リーダーとして毎回出場しているようで、実力もそれ相応の実力がある。だが、他のメンバーは試合ごとに変わるため、確実に彼が出てくるといった情報が無いのだ。


『私たちのチームは格下だけど、相手も負ければランクダウン。そう考えると、全力で来そうだよね』

「ベストチームか。麗華は中盤、田中が前線と中盤の兼用。だとすると、後は前線と後衛だよな。形的には前線一人に後衛二人か?」

『こっちのメンバーもその特性も知ってるんだし、前線を二人にしてくる可能性が高くない?』


 リンブルの前線は大和と奏のツートップ。それを確実に抑えるならば、田中を合わせた三人で前線を構築する方が、中盤や後衛は自由に動くことが出来る。

 前の試合でも敵チームは前線に三枚投入してきたことを鑑みれば、その可能性も高い。


「そうか。まあ三人程度なら、俺達で潰せるけどな」

『大和、奏のこと忘れてない? 奏がキレない対策出来てないじゃん』

「あ……」


 一週間、大和はひたすら奏を罵りながら訓練を続けたが、結局奏に煽り耐性が付くことは無かった。

 その為、麗華を前にした奏がどのように動くか分からない。上手く乗せられると、一人で麗華に突っ込みかねない状況は以前と変わっていなかった。


『やっぱり忘れてる』

「まあ、志保の新技もあるし、何とかなるんじゃないかな……」

「それはぜひとも詳しく聞きたいね」

「んあ?」


 突然頭上から掛けられた声に、大和が顔を上げる。

 さかさまの景色に一人の男性が立っていた。優しげな笑みをたたえた、金髪の男性だ。まるでモデルのようと形容するのが一番な容姿だろう。


「誰?」

「おっと失礼。俺は周防京間(すおうきょうま)。明日試合って話が聞こえて来たんで、つい話してみたくなってね」


 そう言いながら差し出される手を、大和は取って体を起こす。


「保月大和だ。てことはあんたも明日試合なのか?」

「そう。ここのバベルでは初参加になるかな。前は別のバベルにいたんだけど、ここのバベルに参加しているチームに誘われたんだ」

「へー、じゃあかなり強いんだな」

「そうでもないよ。周りがよかっただけさ」


 周防は大和の隣に腰掛ける。その横顔に、大和はどこかで見たことがあるような気がした。しかしそのどこかが思い出せない。


「どこのランクなんだ?」

「今いるチームは第五だね。大和君は第六だっけ?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も、最近の新聞でよく取り上げられてるじゃん。俺も結構興味あるな、ここのバベルで最上階にいる健翔君との関係」

「明日の試合で俺達が勝てれば、マスコミにも発表するさ。それまでは内緒だ」

「残念」


 言葉とは裏腹に、周防の表情は全然そう思っているようには見えない。


『大和、そろそろ戻らないと休憩終わっちゃうよ?』

「お、もうそんな時間か」


 イクリプスに指摘され、情報コンタクトの隅に表示されている時計を見れば、十二時五十分になっていた。休憩が一時までのため、今から走って帰ればちょうどいい時間になる。

 大和は立ち上がって自分の体に着いた芝を叩いて落としていく。


「もう行くのかい?」

「この後ミーティングだからな。次会うのは試合になるのかね? 俺らが勝てば次は第五ランクだ」

「そうだね。まあ、意外と早くぶつかるかもしれないけどね」

「だと良いな。じゃあな」

「ああ」


 大和が走って広場を出ていく。それを見送って周防は自らのAIレグルスに語りかけた。


「今のが大和君か、なかなか面白そうな人だね」

『動きからかなりの鍛錬を行っているとは判断できます。しかし、周防様の判断に対する明確な理由が分かりません』

「オーラって言うのかな。近くにいるだけで強い人って何となくそんなオーラを感じるんだよ。彼の背後に立った時、背中からそのオーラがにじみ出てた」

『非科学的です。魔法科学にもそのような現象は登録されておりません』

「まあ、世の中魔法と科学だけじゃないってことじゃない。まだまだ世の中謎に満ちてるからね。っと、こっちもお迎えが来たみたいだ」


 周防が立ち上がると、背後から影が差した。振り返れば大柄の男が周防と太陽の間を遮っている。


「お疲れ様です、田中さん」

「そう思うのでしたら、ふらっといなくなるのは止していただきたいのですがね」

「すみません。けどなかなか面白い人に会えましたよ」

「ほう、どなたですか?」

「明日の試合相手ですよ。大和君、彼はとても強い。彼の相手は俺がしないとダメでしょうね」

「あなたにそこまで言わせるほどですか」


 日頃無表情の田中だが、周防の発言を聞いて僅かに表情が浮かぶ。


「イギリス・イングランドバベルの第二ランクにいた周防京間が」

「ええ、日本には面白い選手が多いですね。魔法も多彩で素晴らしい。やはりこっちに戻ってきた甲斐がありましたよ」


 大和が走って行った方を見つめ、周防は小さく、しかし万人が竦むような笑みを見せた。




 大和が第二課に戻ってくると、すでに全員が揃っており、ミーティングの準備が完了していた。


「遅れた?」

「いいえ、大丈夫よ」

「なら良かった」


 空いている席に着けば、真彩が説明を始めた。


「じゃあ皆揃ったからミーティングを始めるわよ。明日の試合、相手は分かってる通りファッションブランド夕凪のチーム夕凪。リーダーは社長でもある夕凪麗華で、副リーダーは田中さんが来るのは間違いないでしょうね」


 ホワイトボードに映し出された映像には、二人の写真とこれまでの戦績が表示される。最近は負け越しているようだが、二人の撃破率は高く、チームを率いていることはよく分かる。

 残りのメンバーは試合ごとに変わるため、今はアンノウンと表示されていた。


「二人との戦い方は今まで通り――と言っても大和君は知らないわね」

「ああ」

「麗華はトリッキーな戦い方を得意とする選手よ。魔法と蛇腹剣の変則的なタイミングの攻撃が厄介ね。比較的長距離から攻撃してくるから、なるべく接近戦で片付ける。けど、田中さんは逆に接近戦に特化したパワー系の選手よ。大剣は子供ぐらいの大きさだし、正面から受け止めようとしても確実に力で潰される。この二人はペアで動くことが多いから、最初はこの二人の分断を狙うの」

「なるほどな」


 連携を崩して各個撃破。それが二人に対する基本的な対処法だ。しかし、それには問題がある。

 基本的に人数の少ないリンブルでは、二人の対策に割ける人員がいない。良くて二人、基本は一人で対処することになる。


「今回は奏と大和君の二人で対応してもらおうと思ってるわ。その間のほかのメンバーは志保と響に頼むわよ。特に志保。あなたのなんて言ったかしら……」

「マルチマジック」

「そうそう、それに掛かってるわ」


 麗華と田中に対し、こちらも奏と大和が出るとなれば、相手の残り三人を志保と響の二人で相手することになる。足止めに徹するにしてもかなり厳しい人数だろう。

 しかし、志保には新技マルチマジックがある。

 マルチマジックならば、一人で二人まで狙いを定めることができ、響と合わせれば、ギリギリ三人までのカバーが可能になる算段だ。

 現状の志保は、今日までに別種の魔法のマルチマジックも完全にものにしており、時々威力の大幅に違う魔法の構築にも成功している。


「分かってる。全力を尽くす」

「響は足止めに専念しながら奏も気にしてあげて。ダメージはなるべく即座に回復させる方向で、魔力は惜しまなくていいわ。どっちにしろあの二人を崩せないと負けになるわ」

「分かりました」

「基本はこの流れね。何か質問はある?」

「残り三人の予想は無いのか? 確定は無くても今までのデータからある程度予想はできてるんだろ?」

「まあ、できてはいるんだけどね。ただ確率としてはかなり低いのよ」

「何でだ?」


 データ分析に長けた真彩ならば、これまでの試合の様子や選手のデータから今の自分達に対応させるならばどのような選手を選出するかなど簡単に分かりそうなものだ。

 しかし、真彩はその予想の的中率はかなり低いと言った。

 その事に、四人は揃って首をかしげる。


「ここ最近、夕凪のメンバーの入れ替わりがかなり激しいの。一か月で脱退五名に参入四名、これだけでも、今までのデータはほとんど使えないのに、ここに来てさらに一人加えたなんて噂もあるわ」


 一か月前のメンバーのままだったのならば、真彩も適確な予想が可能だっただろう。しかし、その予想で出てくるかもしれないメンバーが脱退してしまった今、新メンバーの実力もあまり分からず、予想を立てることが出来ないでいた。


「マジか」

「向こうも第五ランクに上がってから負け越してるみたいだしね。やっぱりランクが一つ上がるって言うのは、実力も格段に上がるってことだから」

「一番新しいメンバーの情報はどこまで入ってるの?」

「正直噂レベルね。けど、それが本当だとしたらかなりマズイわよ」

「どんな噂なのよ?」


 真彩の言葉に奏は眉を顰めながら尋ねる。


「イギリスのバベルにいた人材って話よ。会社が不正取引やってつぶれちゃったところをハンティングしたって話ね」

「実力は?」

「第二ランク」

「そりゃ面白そうだな」


 全員が息を飲む中、大和は呑気にそんな言葉を吐いた。


「そいつが出てきたら俺が相手をする。つかそれ以外方法はないだろ」

「そうだろうけど、あくまで噂よ」

「まあそうだけどな。そん時は響が俺の抜けた穴を埋めてくれ。戦力的にはきついけど、その噂が事実ならそいつを自由にさせる方がヤバい」


 大和の話しぶりに、メンバーは違和感を持つ。まるで、その噂が事実であるような対応なのだ。


「何か確信でもあるの?」


 代表して尋ねた真彩に、大和は昼休みにあった人物のことを伝える。


「昼にバベルの広場で面白そうな奴に会ってな。最近こっちのチームに参加して、まだ試合をしてない選手。その上、ありゃかなり強い奴の気配がした」

「会ったのね! ならこれを見て」


 真彩はフォルナに指示を出して、新たな画像をホワイトボードに表示させた。

 それは試合中の写真だが、どうにも大和のしっているバベルの形と違う。


「これどこの?」

「イギリスのイングランドバベルよ。試合映像なんだけど、この写真の中に昼にあった人物はいるかしら?」


 試合中で選手たちは激しく動き回っているため、顔はぶれてはっきりと見えないが、その金髪だけは大和にはっきりと分かった。


「こいつだな」

「彼は……周防京谷、日本人で高等科の時にイギリスに留学して、そのまま向こうの会社にスカウトされたみたいね。そして最終ランクは第二ランク。間違いないわね」

「最後に思わぬ強敵ね」

「私たち、勝てるんでしょうか?」

「勝つ。勝たなきゃ解散」

「そうだぜ、ここで勝って第二課存続、俺のことも公表、志保の新マジックも公表して、知名度はうなぎのぼりだ。交流戦参加間違いないしだな」


 映像に映る周防を見ながら、大和は無意識に拳を握り込んだ。




 大和たちは歓声に迎えながらフィールドに入る。対面からも、チーム夕凪のメンバーが入場してきた。

 その中には、周防の姿もある。

 大和が歩きながら周防の姿を目で追っていると、周防もそれに気づき、小さく手を振って来た。

 それに小さくフッと笑みをこぼし、口パクでバーカと伝え、ベンチに入った。


「やることは分かってるわね。ここを勝てば私たちは存続できる。奏は夢に近づくし、響も強くなるだけの時間が得られるわ。志保もおやつ食べたいんでしょ」


 志保だけちょっと理由がおかしかったが、それぞれは真彩の言葉にうなずいて気合いが入っている様子なので、大和は突っ込むのをやめておいた。


「大和君も、この試合がターニングポイントになるのは分かってるわね」

「もちろんだ」

「ならいいわ。行ってきなさい! そして勝って戻ってきなさい!」

『はい!』「おう!」


 準備を終えて、フィールドに上がれば、今日の敵チーム夕凪のメンバーがそろっていた。麗華は奏を見てニヤニヤと笑っており、奏はそんな麗華の姿を見て、すでに怒りがこみあげてきているのか、待機状態の杖を持つ手に力がこもっている。


「奏、分かってるよな?」

「分かってるわよ」


 大和が釘を刺すと、奏はその場で大きく深呼吸をする。


「志保、お前の相手は後方二人、魔法使いの二人だ。物量で押されんなよ」

「逆に押しつぶす」

「響、きついと思うが奏のコントロールを頼む。いざとなったら、頭に矢でもぶち込んでやれ」

「はい」

「ちょっと! そこは素直にうなずかないでよ!」

「緊張は取れたな。なら起動させるぞ」

「潰すわよ、ティアラ!」

「起動してください、シルバリオン!」

「行くよ、ピッツ」

「起きろ、イクリプス!」


 四人の杖が輝きに包まれ、武器としてその姿を顕現させる。

 試合のカウントダウンが始まり、フィールドが静寂と緊張に包まれる。

 そして、頭上のランプが一斉に青に変わった。


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