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ライバルチーム

 大和がリンブルに就職して、一か月が過ぎた。

 前日に行われた三回目の試合にも無事勝利を収め、次の試合に勝てば晴れて昇格となり、第二課の廃止も白紙に戻る。

 真彩はPC画面を見ながら時々キーボードを鳴らし、奏、響は上機嫌で、今日も鼻歌交じりに第二課で雑誌を読みながら次のコスプレを考えている。

 志保はお菓子をつまみながら、上体を机に突っ伏して今にも眠りそうだ。

 季節は四月、暖かな日差しが窓から差し込み、志保の頬を包み込むように温めていた。

 そんなのどかな雰囲気の中、一人黙々と資料整理に励むのは大和だ。

 練習の予定が入っていない日の第二課はだいたいこんな感じである。試合日が近づいてくると、奏たちの行動が、雑誌を読むことからコスプレ衣装作りに変化するぐらいで、他の違いは見られない。

 そんな中、おもむろに真彩が立ち上がり、パンパンと手を叩き注目を集めた。


「さて、皆ちょっと聞いて」

「どうしたの?」

「来週の対戦相手が決まったから、とりあえず連絡しておこうと思ってね」

「ようやく決まったんですね」

「ランクアップ戦。強い相手が来る」


 これまでの同ランク内で戦っていた相手とは違い、ランクアップ戦は一つ上のランクで戦っていた相手との試合となる。

 必然的に相手は今までの相手より一段階強いものになり、全員の心に気合いが入っていた。


「それで、どこが相手になったの? 戦ったことあるチーム?」


 ランクアップ戦に出てくる上のランクのチームというのは、そのランクで一番順位の低かったチームになる。当然そのチームは比較的ランクアップしたばかりのチームになりやすく、必然的にすぐ下のランクであるリンブルとは、戦ったことのある可能性が高いチームが選出されやすい。


「ええ、戦ったこともあるし、結構因縁もあるチームね」


 真彩の言葉を聞いて、奏は眉を顰める。


「次の相手チームは、ファッションブランド・夕凪。夕凪麗華率いるうちの商売敵よ」


 ファッションブランド・夕凪。その名前を聞いた瞬間、部屋の空気が一瞬にして変化した。つい先ほどまで春ののどかな草原のような雰囲気だったはずの部屋が、今は嵐の直前の静けさを体現している。

 奏は今にも爆発しそうな表情で、今まで読んでいた雑誌を握り締めている。普段は笑顔を絶やさない響も、口元は笑おうとして引き攣り、目元もヒクヒクと動いている。

 志保は、静かに体を起こして、上を向いてぶつぶつと呟いていた。

 異様な光景に、大和は書類を捲る手を止めて、呆然とする。


「えっと、お前らどうしたんだ?」

「そうね。大和には説明が必要よね」

「そうですね。あのどこまでも陰湿でジメッとした女性のことをしっかりと把握しておいてもらわないと」

「そして今度こそ叩き潰す。二度と立ち上がれないまで徹底的に!」


 奏たちの言葉からは、怒りが滲み出している。

 この状態では説明は無理だと感じた大和は、真彩に視線を向ける。その真彩目頭を押さえていたが、ふぅと小さく息を吐いて、落ち着いたように説明をする。


「ファッション・ブランド夕凪は、うちの会社と同じコスプレ関連も扱っている衣類店よ。うちとは違って一般向けのブランドも展開してるから、企業規模としてはあっちの方がはるかに大きいけどね。それで、奏たちがこうなってるのは簡単で、あそこの社長、夕凪麗華さんなんだけど、バベルクライムにも参加してて、商売敵の私たちに何かと喧嘩を吹っかけて来るのよ」

「あー、なるほどだいたい分かった」


 そして現状は夕凪の方がランクは上。必然的に奏たちも一度は対戦しており、その際に大敗していた。


「まあつまり雪辱戦ってことだよな。この試合に勝てば俺達はランクアップするし、相手はランクダウンすると」

「そう言うことよ。何が何でも負けられない戦いになるわ。絶対にぶちのめしてやる」

「試合じゃないのに性格変わってんぞ」

「とにかく、そう言うことだから、この子たちが熱くなるのも仕方がないのよ。明日からは練習場もとっておくから、気合い入れていくわよ!」

『おう!』


 冷静にしながらも、しっかりと自分も熱くなっている真彩だった。


 翌日、第二課のメンバーがバベルに訪れると、そこである意味運命的な出会いを果たした。果たしてしまった。


「あら、リンブルの皆さんではありませんこと?」


掛けられた声に全員が足を止める。しかし、その声の方向を向こうとはしなかった。その声音から明らかに面倒くさい雰囲気が漂っているからだが、それ以上に、その人物は奏たちが今一番会いたくなかった人物だからだ。


「あらあら、せっかく第五ランクの私が声を掛けてあげていると言うのに無視しますの? 第六ランクのリ・ン・ブ・ル・さん」

「あら、どちらかと思えば、最近落ち目の夕凪さんじゃありませんか」


 大和は夕凪と奏の眉間に血管が浮いているのがはっきりと見えてしまった。

 そして、奏は日常や戦闘中とはまた別の人格が出ているのか、しゃべり方がおかしくなっている。


「最近新人を投入して調子が良いようですわね。でも、それもここまでですわ。どれだけ強力な助っ人を入れたとしても、所詮は一人。最初ならまだしも、研究された今私のチームに効くとは思わない方がよくってよ」

「わざわざご忠告ありがとうございます。けど心配はご無用ですよ。私たちも確実に力を付けていますし、彼もまだ全力は出していませんので。夕凪さんも、油断していると他のチームと同じように一瞬で終わってしまいますからご注意ください」

「フフフフフ」

「フフフフフ」


 両者が視線に火花を散らしながら、仁王立ちでにらみ合う。このままではいつまでたっても終わらないと、真彩が奏の襟をつかむ。それとほぼ同時じ、夕凪の襟首もスーツ姿の男によって掴まれ、そのまま流れるように肩に担がれた。


「あ! ちょっと! 何をしますの!」

「麗華が邪魔をしたな」

「真彩、何すんのよ!」

「こっちこそ奏がごめんなさいね」


 真彩とスーツ姿の男が話す中、一人状況に置いていかれている大和はこっそりと響に尋ねる。


「なあ、あの担がれてるのが夕凪麗華ってやつだよな?」

「そうですよ」

「じゃああのスーツの男は?」


 真彩と会話している男はかなりの大柄で二メートル近くある。筋肉はスーツの下からでもはっきりと分かるほど盛り上がっており、それだけでバベルクライムに参加していることが分かった。


「あの人は夕凪さんの秘書さんで、バベルのメンバーでもある田中さんです」

「田中?」

「はい。田中さんです」

「あの顔で?」


 鬼の面をかぶったような顔で田中と言われても、納得しがたいものがある。

 どこか不完全燃焼にも似たもやもや感を大和が抱えていると、真彩と田中の会話が終わったのか、田中は奏に向かって何かを叫び続けている夕凪を抱えたまま去って行った。


「お待たせ。時間もないし行きましょうか」

「奏はそのままでいいのか?」


 真彩が襟首を引っ張ったままだった奏は、息を止められ顔を真っ青にしていた。



「ああ! もうあいつむかつく!」


 練習中、奏は大和に向かって剣を振り下ろしながら先ほどの出来事を思い出してイライラとしていた。

 そんな状態で放たれる奏の重い斬撃を、ワンステップで躱し、大和は隙だらけの脇腹に槍を叩きこむ。


「バカが、イライラしても良いけどそれを剣に混ぜんな。そんなあほ丸出しの剣筋何ぞ、目ぇつむってても簡単に避けられるわ!」

「このっ!」


 大和が倒れた奏に向けて追撃を掛けるように一歩を踏み出す。そのモーションを見て、奏は素早く片手で剣を振るう。しかし、それは大和の簡単なフェイントだった。

 一歩を踏み出した後の大和は、すぐさまその足を引き、剣の間合いから離れると、振り抜かれた後の全身隙だらけとなった奏の顔面にいわゆる不良蹴りをかます。


「感情が乱れ過ぎだっつぅの。この一か月の練習全部忘れてんのか! あ!」


 奏のあまりの醜態にイライラする大和は、靴底を奏の顔に付けたままぐりぐりとさらに押し付ける。

 大和もわざと奏の怒りを煽るような言動をしているのだが、それにしても今の奏の動きは酷過ぎた。まるで、初めて試合をした時のような奏の様子に、足を振り払われながらため息をこぼす。


「だー! あんたは女の子の顔を何だと思ってんのよ!」

「バベルクライム参加してる奴に顔もくそもあるか! 気にして欲しかったら、せめてその大量に浮き出した小じわをどうにかしてからにしろ!」


 大和は、怒りで顔全体に出ている皺のことを言ったつもりだったのだが、奏には最近気になり始めた目元の小じわのことだと判断してしまった。

 そして奏の怒りが頂天に達する。


「人が気にしてることをズケズケと! ティアラ!」

『マジでやるのかい!』

「ああもうダメだ! 少し寝て頭冷やせ」


奏が魔法を使用しようとしたところで、大和は一気に奏の懐へ飛び込むと、足を掃いながら、その首に槍の柄を引っ掛け、思いっきり地面に叩きつけた。

 その衝撃に、奏は一瞬にして意識を奪われる。

 それを確認した大和は、はぁと大きくため息を吐く。


「こりゃダメだ。ライバルのことで完全に血が上ってやがる」

『もともと感情の起伏が激しい子だもんね。ある意味仕方ないけど』

「それにしてもひどすぎんだろ。こんなんじゃ負けて当たり前だ。こりゃ、志保の方を頑張ってもらうしかねぇかもな」


 倒れている奏から志保の方に目線を移す。そこには、いつもと同じように、淡々と魔法を放ち続ける志保の姿があった。




(やることは簡単だ。杖で魔法を発動させながら、自分の中でも魔法陣を構築して詠唱し魔法を放つ。理屈としては誰でもできることだが、相応の魔力が無いとできない技だ)


 大和の言葉を思い出しながら、志保は杖に魔力を流し込む。

 愛機ピッツはその魔力を受け取って魔法陣を構築し、志保の発動言語と共に魔法を放つ。

 はたから見れば、ただ杖を使って魔法を使っているように見えるだろう。しかし、志保は自分の体の中で、杖で発動している魔法と同じ物の構築をしていた。


「やっぱり難しい」


 片方ずつならば簡単にできる。しかし、それを一緒に行おうとすると、どうしても体内での魔法陣の構築に失敗するのだ。

 もともと、杖の機能は術者の魔法陣構築の代わりをするものであり、それと同時に魔法陣を体内で構築することなど考えられていない。それ以前に、何かをしながら魔法陣を構築しようとすること自体がかなりの難易度を誇る。

 だが、これを可能にすることが出来れば、志保は一つの魔法を発動する時間で二つの魔法を使うことが出来るようになる。

 それがマルチマジックの正体だ。

 誰もが一度は考えることだ。だが、現実的に考えれば、それはすぐに無理だと判明する。そもそも魔力が足りないのだ。

 個人による大小はあれど、人が一度に排出できる魔力量は決まっている。一度に二つの魔法を発動させようとした場合、大抵の場合が二つの魔法に必要な魔力量を排出できずに、どちらかの魔法だけが完成してしまう。

 しかし、志保の強大な魔力は、魔力を排出するホースを太く頑丈な物に作り替え、二つの魔法を同時に発動させることが出来るだけの太さを実現していた。

 それを利用したのが、このマルチマジックである。

 今はそれの初歩である、同じ魔法の同時発動を練習していた。


「また失敗……それにそろそろ魔力が減って来た」


 魔法陣の構築に失敗しても、魔法陣を作るために使った魔力は消耗してしまう。そのため、今の志保は通常の二倍の速度で魔力を消耗している。そんな状態を続けていれば、さすがの志保でも体内の魔力が著しく減って来たことを嫌でも理解させられた。


「この感覚は慣れない」


 低魔力状態は、人によっては日常的に悩まされる問題だが、大量の魔力を保持している志保にとって、それは初めての感覚だ。

 低魔力状態による虚脱感を感じながら、しかし、志保の足手まといになりたくないという強い思いは、その虚脱感を振り払い、練習時間中ずっと、志保に魔法の同時構築を続けさせていた。


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