志保の苦悩
「これで終わりだ!」
大和が槍を突きだし、相手の心臓を打ち抜く。
後方へと吹き飛ばされた敵は、地面をごろごろと転がって動かなくなった。それと同時に、ブザーが鳴り、試合の終了を告げる。
「よっし、二連勝!」
「やったわね」
「順調です」
「このまま連勝。チーム存続」
初めての試合から一週間後、今度は日程の変更なども無く、予定通りの日程で試合が行われ、大和たちは完勝を収めた。
敵チームは開始直後の雷光刹華を警戒しヒーラーと魔法使いを最初から盾役の後ろに配置して対策を取っていたが、それとて予想できたこと。
大和は雷光刹華で相手を直接狙うのではなく、相手の背後まで一気に突撃し、挟撃することで相手チームの陣形を乱し乱戦に持ち込むことで勝利を収めた。
前回ほど一方的な試合展開出なかったにしろ、十分に余裕を持って勝てたと言っていいだろう。
フィールドを降り、控え室に戻ってきた大和たちを真彩が出迎える。
「皆おかえり。今日もいい試合だったわ」
「今回もインタビューは無しだったよな」
「そうよ、だからこのまま着替えたら直帰してもらって構わないわ。ちなみに、祝勝会は無しよ。そんな毎週やる訳にもいかないしね」
「それもそうだな」
先週の祝勝会では、ファミレスで打ち上げをやった後に、ゲーセン、カラオケと梯子して徹夜で遊んでしまった。
その為、翌日は仲良く遅刻出勤となったのだ。
「じゃあ今日はちょっと豪華な料理にしちゃいますね」
「なら帰りに買いものしていきましょ。そろそろシャンプーが無くなりそうだし」
「そうですね」
「志保はどうする?」
杖を鞄にしまいながら奏が尋ねると、志保は首を横に振る。
「今日は別行動。寄りたい場所がある」
「珍しいわね」
買い物に行くと言うと、志保は大抵の場合ついて来ていた。理由は簡単でお菓子を買いだめするためだ。
志保は基本的に外出しない。もともとの性格が内向的であり、服もゴスロリ系が多いため、ちょっと出かけるにもかなりの準備が必要で面倒くさいのだ。
その為、奏や響にお菓子を買ってきてもらうことも多々あるのだが、やはり自分で選びたい物もあり、出かけるついでとなれば、喜んでついて来ていた。
そんな志保が断るのだから、奏が興味を持つのも仕方がないだろう。
「何の用事なの?」
「野暮用」
「ふーん。まあいいわ、なら欲しいものあったらメッセージに送っておいて」
「感謝。じゃあお先に」
「ええお疲れ」「お疲れ様です」「お疲れさん」
志保が部屋を出て行ったのを見送って、大和を除く三人が顔を突き合わせて何やら相談を始めた。
「どう思う?」
「男って線は無いわよね」
「志保ちゃんですからね。男性の線は薄いかと」
「今日って何か新刊の発売あったかしら?」
「今日はとくに無いと思いますよ。早くても明後日かと」
「そうよね。うーん、気になるわ」
「でもあんまり追求するのもどうかと思いますよ? 志保ちゃんにもプライベートはありますし」
気になると主張する奏を、響がやんわりとたしなめる。
それを見ながら、片づけの準備を終えた大和は鞄を抱えて立ち上がる。
「んじゃ、俺もお先に」
「お疲れ。明日は十時出勤でいいわ」
「了解。そりゃゆっくり寝られていいね」
「疲労を残されても困るからね。その代り、出勤したらちゃんと働いてもらうわよ」
「つっても、適当な書類業務だけだけどな」
入社して一週間も経てば、雑務程度の仕事はこなせるようになる。
第二課は基本的にバベルクライムに関する仕事が回されるが、現状そのバベルクライムでほとんど名前を知る人のいないチームとなっていたため、仕事が無い状態だ。
その為、他部署から、そこだけでは回りきらない簡単な書類整理などを任されることもある。大和の主な仕事がそれだった。
「来週ぐらいからは、本業の仕事もまわってくるはずだから」
「期待しておくよ。んじゃ」
大和は控え室を出ると、エレベーターに乗り、地下のボタンを押した。
地下に到着し、エレベーターが開くと、目の前に大和の見知った顔があった。志保だ。
「んで、俺に話って何?」
「ついて来て」
志保はそれだけ言うと、すたすたと歩いて行ってしまった。大和は仕方なく志保の後を追うと、一つの部屋に入る。練習室だ。
もともと予約されていたのか、練習室のシステムはすでに起動してあり、いつでも使える状態になっている。
「私に魔法を教えて欲しい」
「魔法を?」
「今の私は誰が見てもお荷物」
「そんなことはないと思うけど?」
大和の否定の言葉を、志保は激しく首を振って否定する。
「下級の魔法で敵の足止め。そんなの、誰だって、それこそそこら辺の新人でもできること」
「そりゃそうかもしれねぇけどさ。けど、今俺が教える必要はないだろ。真彩さんも近いうちにトレーナーを雇うって言ってるんだし」
「それじゃ遅い。トレーナーを雇えるようになるのは、ランクアップが終わった後になる」
現状、会社ではまだ廃止の方向で話が進められている。そんな状況で、トレーナーを雇うから経費を落としてほしいなどと頼んでも、却下されるのは当然だ。
志保の言った通り、トレーナーを雇うなら、それは廃止が撤回された後の話になる。
「それまでずっと、お荷物なんてイヤ」
「つっても、すぐに強くなる方法なんて無いぞ?」
「……分かってる。けど、大和は色々な魔法を知ってるでしょ?」
それは、藁にもすがる思いだった。
現状、志保の能力は非常に不安定だ。高威力魔法を使うだけの力はあるのだが、上手く制御をすることが出来ない。乱戦が多いバベルクライムでそれは致命的な欠点になる。かといって、低威力の魔法ではけん制程度しかできず、高ランクの試合になれば、足止めすらも出来なくなってしまうだろう。
そうなれば、本当に役立たずになってしまう。
そんな時に現れた大和は、色々な魔法を自力で開発しており、データにも見たことのない魔法名がずらっと並んでいた。
その中にならば、自分が制御できる魔法があるかもしれない。そう思い、大和を頼ってみることにしたのだ。
だが、大和の反応は芳しくない。
「確かに俺は魔法を大量に知ってる。けど、俺のオリジナルだけあって、槍術に合わせることが前提の魔法が大半なんだよ。志保が求めてるのは、砲撃系の魔法だろ?」
「そう。前の試合で使ってた、雷砲みたいなの」
「あれはかなりコントロールが難しいからな。失敗すると、雷撃がフィールド全体に飛散するし」
雷砲・小葉の髄菜は、威力こそ中位の物だが、それに比べてコントロール制度はかなりのレベルを要求される。
もし、コントロールを誤れば、直進した雷砲の本体とその周囲にだけ発生するはずの雷撃が飛散し、辺り一面を無差別に攻撃することになってしまう。
現に、大和も一度制御に失敗し、師匠の家の壁を軽く焼いた過去があるのだ。
「じゃあ……」
「ああ、前見た志保のステータスだとあれはちょっと厳しいな」
がっくりと肩を落とす志保。藁にもすがる思いだっただけに、落胆も大きい。その様子を見て、大和もなんとかしてやりたいと思うが、パッと思いつく物が無い。
「イクリプス。砲撃系の一覧出してくれ」
『ほいほい』
コンタクトに表示された、自分の使える砲撃系の魔法を確認する。志保の現在のステータスから考えれば、コントロール重視の物は除外。大型の物も乱戦には不向きとして除外。そうやって削っていくと、魔法はどうしても低威力低燃費の物に限られてしまう。
「もういい。ありがとう。地道にコントロールを上げることにする」
「いいのか? 時間が無いんだろ?」
「魔力だけは沢山あるから、一日の練習量はその分増やせる。今日の試合もほとんど消費してないし」
「そんなにあるのか。結構乱発してたように見えたけど」
今日の試合では、志保は最初からかなりのハイペースで魔法を放ち続けていた。それにも関わらずほぼ消費していないとなると、実際はステータス画面としてカンストしているだけで、それ以上の魔力を保有していることになる。
普通ならば、大威力の魔法でその魔力も存分に発揮できるのだが、完全に宝の持ち腐れになっていた。
「大量の魔力か。それが有効に使えればいいんだけどな」
「それができればこんなには悩まない」
「だよな」
志保は大和に背を向けると、的を展開させて杖を起動させる。
杖の尖端に炎が吹き出し、槍上となって的に向かって飛んだ。しかし、炎は的のすぐ横を通りぬけてしまう。
「ファイアジャベリンでこれ。動かない的にも当てられない」
「その魔法でも魔力の消費は辛くないのか?」
「ええ。楽なもの」
続けて志保はファイアジャベリンを連発する。しかし、的に当たったのは数発で、他の槍は全て後ろへと逸れてしまった。
「あんだけ連発できるのは凄いな」
『そだね。あれなら師匠の言ってた技も使えるんじゃない?』
「技?」
『ほら、大和も健翔も魔力が足りなくて使えなかったけど、理論上は可能な奴。師匠も半ば冗談みたいに笑いながら言ってたけど』
イクリプスの話に、大和は師匠がオカルトじみた魔法の使用方法を提案していたことを思い出した。
「マルチマジックだっけ?」
『そうそうそれそれ』
「志保ならいけるのかね?」
『試してみてもいいじゃない? あれだけジャベリン撃っても、疲れ一つ見せないし』
大和たちが話している最中も、志保はジャベリンを連発し続ける。しかし、その表情には魔力が無くなると襲ってくる疲労感といった物が一切見えない。
「試してみるか――なあ志保! ちょっと思いついたんだけどさ」
「なに?」
志保がジャベリンを止めて振り返る。そこに大和は笑みを湛えながらつぶやいた。
「マルチマジック。俺も健翔も無理だった、机上の空論を完成させてみる気は無いか?」
「ちょっと! 今日もインタビュー拒否ですって!」
リンブルの試合があった日。郷戸と一真が半ば予想していた通りに、憤ったリリルが部屋に飛び込んできた。
「そうみたいですね。ネットでも話題になっていますよ」
「なかなか面白いチームじゃないか。俺も試合は見ていたが、トップの二人は実力が抜きんでている。あいつらと戦うことになるのならば、なかなか面白い試合ができそうだ」
「それに比べると、後衛二人は少し物足りないですね。ヒーラーは仕方がないにしても、魔法使いが脆い」
「そうだな。下級の魔法による足止め。あれが限界なのだとすれば、次のランクで完全にお荷物になるだろうな」
「ふん、あんな雑魚はどうだっていいのよ! 問題はあの大和とか言う奴よ! 今日も健翔様のマネばっかりして!」
今日も今日とて、大和は健翔の試合の動きを再現した先方で戦い見事勝利を収めていた。それがリリルにはやはり気にくわない。
「けどそれは彼に健翔と同じだけの実力があると言うことですよ?」
「いい事じゃないか。強者が出てくるのは」
「いい訳ないでしょ! 健翔様は孤高の存在なのよ! 猿まねなんて、侮辱よ、侮辱!」
「同じ師匠に教えてもらったから、戦闘が似るのは仕方がないと思うんだけどね」
リリルが地団駄を踏んでいると、健翔が入って来た。
「大和たち今日も勝ったでしょ?」
「ええ、完勝です」
「だろうね。次の試合まではこんな状態が続くんじゃないかな?」
「その次は違うと?」
「ランクアップ戦になる見たいだからね。今のままだとたぶん苦戦はするんじゃないかな。まあ、大和が本気で戦えば、第五ランクまでは一人でも問題ないだろうけど」
「本気? あれが全力ではないのですか?」
「もちろん。バベルクライムのルール的に、大和は本気を出しにくいからね。上手く行けばランクアップ戦で見られるかもしれない」
「それは楽しみですね」
「そうなんだ。大和がどれだけ強くなってるか確かめるチャンスだからね。他の子には悪いけど、早々に潰れてもらえると助かるよ。っと、そろそろ行かないと」
健翔は時計を見ると、今入って来た扉へと引き返す。
「どこか用事なの?」
「本部長から呼ばれててね。たぶん経歴関連じゃないかな。リンブルから何か言って来てるだろうし」
「ああ、偽ってましたからね」
「大和が経歴を晒すには、僕の本当の経歴も出さないと齟齬が出るからね。その事も考えてリンブルはインタビュー拒否してくれてるみたいだし、リリルもそこまで怒らないでね。たぶん次の試合ぐらいにはインタビューもすると思うから」
「え、あ……う。分かったわよ」
健翔に宥められ、リリルは拗ねたように頬を膨らませながらも承諾する。
「後もしかしたらあのリンブルの魔法使い、リリルのライバルになれるかもしれないからチェックはしておいた方がいいよ」
「え!?」
「じゃあまた後でね」
「え、ちょっと健翔、今のどういう意味!?」
リリルが尋ねるも、健翔はすでに廊下へと足を進めており、答えてくれる者はいなかった。




