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祝勝会

 試合を終え、選手控えのロッカーに戻ってきた大和たちの雰囲気は、非常によかった。真彩や奏、響はニコニコと笑顔が絶えず、日ごろ無表情だった志保も、どこか嬉しそうだ。


「皆お疲れ様。大和君は最高のデビュー戦だったわよ」

「当然だな。俺にかかればこんなもんよ」

「奏も、なんだか余裕があったみたいだったけど?」

「ええ、正直かなり余裕があったわ。今までの試合が嘘みたいに体も動くし、相手の動きがよく見えた。打ち込める場所も増えた気がしたし」


 大和からは背中越しで見えない戦いではあったが、奏の戦いも大和と同様かなり一方的な物だった。

 相手は奏の攻撃を捌くのに手一杯で、とても攻撃に回れるような状況は無く、無理に打ち込めば、武器を使うことも無く、足さばきだけで簡単に躱され手痛い反撃をくらう。そんな状況が長く続けられるはずも無く、大和が剣士を倒すころには、奏も敵のリーダーを袈裟懸けに切り裂き、気絶判定に追い込んだのだった。

 これまでの試合と比べると、戦術としての変化は少ないが、根本的な動きは見違えるようになっていたのだ。

 それもひとえに、大和との練習のおかげだろう。大和の動きを目で追うことで、反射神経は向上し、高速での戦いに対応できるようになった。大和の攻撃を喰らうことで、隙を生み出す動きを知った。

 基礎能力の向上が、そのまま奏の能力全てを向上させたと言っていい。その成果が如実に現れた結果が、今回の試合だ。


「響と志保もよくやってくれたわ。志保のテンポの速い魔法は相手にとってかなり邪魔だったようだし、響の矢も、魔法に交じって飛んでくると対処が難しかったみたいね」

「お役に立てて良かったです」

「足手まといだけはイヤ」

「今回の勝利で会社とは交渉しやすくなるでしょうし、第二課の存続が決まれば、専門のコーチを雇う余裕も出てくるかもしれないわ。それまでは悪いんだけど、今のままで頑張ってもらうしかないの。ごめんなさいね」


 真彩はそう言って二人に頭を下げる。大和と奏を見ても、有能な指導が着くことは、確実に選手たちのプラスになることがはっきりと分かったのだ。予算が少ないからと、今までそれをしてこなかった真彩は責任を感じていた。


「そんなこと気にしないでください。もともと、戦闘技術が無いのにバベルクライムに参加した代償が今回って来てるだけですから」

「練習サボってた私の責任。真彩が気にすることはない」

「二人ともありがとう」

「おいおい、せっかく勝ったのになんか辛気臭いな」

「そうよ、ここは思いっきり明るく行くところよ。真彩、この後のインタビューはどうするの?」

「そうだったわ、インタビューだけど、私たちは拒否するわ」

「拒否!?」


 真彩の言葉に、大和以外に三人が驚く。

 通常試合後には、会社の宣伝の意味も込めて記者会見が行われる。今回の大立ち回りをした後ならば、さぞ記者たちも集まっているだろうと予想された。

 そんな中で記者会見を拒否するのは、どう考えてももったいない。


「ちょ、ちょっと何でよ! ここで大々的にリンブルを宣伝できれば、第二課の廃止自体無くせるかもしれないのよ!」

「そ、そうですよ。最高の宣伝チャンスじゃないですか」

「ふふ、よく考えなさい。今大和君の情報を持っているのは私たちだけなのよ? この情報を簡単に公開するのは惜しいわ。何も、全部話すことだけが宣伝じゃないわ。秘密にすることで、注目を集める方法もあるの。ほら、見て見なさい」


 真彩はポケットから携帯ディスプレイを取り出すと、詰め寄る奏たちに見せる。そこには、今の試合の画像と共に、掲示板で大和に関するさまざまな憶測が上がっていた。

 ただのマネ事だと言う人もあれば、同じ人に師事してもらったのだろうと想像する人。苗字が健翔と同じ事を上げて、リンブルが健翔を意識してわざとやっているのだという意見など、根も葉もない噂が飛び交っている。


「これだけ話題性のある話を、すぐに解決する必要はないの。今は黙秘して、後二回は大和君に注目を集めてもらうわ」

「なるほどね」

「確かにこれは……けど、あまり良い意見は見られませんね」


 噂としては、どうしても有名な健翔の後釜に乗ろうとする、リンブルの策略だという意見が強い。

 これでは、宣伝でも悪い意味での宣伝になりかねないだろう。


「ええ、けどそれは大和君の実力がまだはっきりとしてないからよ。大和君の実力が知れ渡って来れば、だんだんと意見は変わってくるはずよ」

「そうですかね?」

「そうなるわ。そしてそこで種明かしをするの。大和君が健翔君と兄弟同然に育ってきた、本当の意味での健翔の再来だってね。もちろん、健翔君の本当の経歴を晒すことになるから、あらかじめシズル重工にはコンタクトを取っとかないといけないけどね」


 大和の素性をばらすと言うことは、そのまま健翔の素性もある程度話すことになる。そうなると、現在の健翔の経歴とは齟齬が出てきてしまうのだ。それは、企業間の不和にもつながってしまうため、あらかじめ対処しておく必要がある。しかし、それはバベルクライムの選手では無く、サポート役の真彩の仕事だ。


「だから、今日のインタビューはスルーするわよ。ちなみに祝勝会の会場ももう予約してあるから、あんたたちは先に行ってなさい。私は事務局に話しを通してくるわ」

「分かったわ。そう言うことなら真彩に任せるわ。こういうのは真彩が一番得意だし」

「はい、私も賛成です」

「異議なし」

「俺は元々なんの話かよく分かってないからな。そっちの意見に従うぜ」


 大和たちは、事後処理を真彩に任せ、バベルクライム関連の記者たちが会見場に集まるのを横目に、真彩の予約した店へと向かったのだった。




「今日の勝利に」

『かんぱーい!』


 全員でグラスをぶつけ合い、中のエメラルドグリーンの液体を一気に飲み干す。

 喉を刺激する炭酸と、ねっとりと口の中に張り付く甘さを感じながら、胃の中から湧き上がる二酸化炭素をグッと堪えた。


「祝勝会場ファミレスかよ!」

「しょうがないでしょ、居酒屋なんて行けるほどうちに余裕はないのよ。未成年も多いしね」


 五人のうち三人は未だ未成年である。居酒屋に行っても、お酒が飲めなければ楽しさは半減だろう。しかし、ファミレスならば、ドリンクバーもあり、比較的リーズナブルな値段で自分の好きな物も頼めるし、真彩や奏はお酒も頼める。

 第二課の祝勝会場としては、バッチリな場所だった。

 大和は、先ほどまでメロンソーダの入っていたコップを持って、飲み物の補充に向かう。そこに、同じくコップを空にした響と志保も続いた。

 ちなみに二十歳以上組は、ジョッキのビールだ。


「お姉ちゃんがお酒を飲むなんて、よっぽど気を張ってたんでしょうね」

「そうなのか?」

「はい。お姉ちゃんは、普段はあまりお酒を飲みませんから」

「多分味もよく分かってない」


 酒を飲める年齢と言っても、奏はまだ二十歳になったばかりだ。酒の味はこれから知ると言う年齢だろう。ならば、自分から酒を飲まないのも理解できる。

 そんな奏が今日ばかりは飲まずにはいられなかったのだ。それだけ今日の試合にかかるプレッシャーが大きかったのだ。


「まあ、負ければ即撤退の試合だったしな。けど俺もいるし、今後の試合は少しは気も楽になるだろ」

「そうですね」

「このまま怒涛の四連勝で第五ランクに行く」

「志保の言うとおりだ。こんなところで足踏みなんかしてらんねぇよ」


 大和はボタンを押して、自分のカップにコーラを注ぐ。その横では、響が最初に続いてウーロン茶を補充し、その後で志保がレモンソーダを補充する。

 全員が補充を終えて、テーブルに戻れば、注文した料理が続々と届き始めていた。

 六人掛けのテーブルでも、すぐに埋まってしまいそうな勢いだ。


「戻って来たわね。料理来てるわよ」


 唐揚げやフライドポテト、焼き鳥に春巻き餃子など、ありふれたレパートリーもあれば、ステーキや焼き鮭、なぜかケーキやパフェまで届いている。

 そして、甘いものは全て志保が持って行った。


「志保ちゃんはまたケーキからですか?」

「甘いものは食前と食後がベスト」

「意味わかんないですよ」


 と、言いながらも響は志保の前にあるパフェからスプーンで一掬いしたソフトクリームを口の中に放り込むのだった。




「ちょっと見てよこれ!」


 ドタドタと足音を立てながら部屋に駆けこんできたのは、リリルだ。その手には今朝発行されたスポーツ紙が握り締められている。


「どうしたんですか、騒々しいですよ」

「こいつが騒々しいのはいつものことだけどな」


 あわただしく入って来たリリルに対し、郷戸と一真は澄ました表情で対応した。もちろん皮肉を入れるのも忘れない。

 しかし、今のリリルはその皮肉を聞き逃すほどに慌てていた。いや、怒っていたと言っても良いだろう。


「これ見て見なさいよ!」


 リリルが半ば投げつけるように一真に向かって持っていたスポーツ紙を渡す。

 リリルが握り締めてくしゃくしゃになったそれを、一真が若干呆れながら解し、適当にに目を通していく。特に珍しい物も無く、昨日のトップクラスの対戦結果や、選手の恋愛話などが乗っている中で、リリルが見て欲しいかったのであろう記事を見つけると「ほうっ」と小さく呟き、その眼を鋭くした。

 郷戸がそんな一真の横から新聞を覗き込み、一真が指差した記事を読んで興味深そうに笑みを深める。

 二人の反応がリリルの思った物と違ったのか、リリルは憤慨した。


「なんでそんな面白そうなのよ! 健翔がマネされたのよ! しかも、記者が健翔の二世だとかいうし! ふざけるんじゃないわよって話よ! たかが第六ランクの分際で、健翔二世だなんて、もう少しつつしみってもんを持つべきじゃないの!」


 リリルが持ってきた記事に描かれていたのは、昨日の第六ランクであった驚きの試合だ。

 今日からバベルクライム初参加という新人が、健翔のオリジナルと言われている魔法とそっくりの魔法を使い、相手のヒーラーを倒した。

 それは健翔がバベルクライムに初参戦した時と酷似していると話題になり、瞬く間にネットを通じてバベルクライムファンに広がって行った。

 スポーツ紙も当然のようにその事を取り上げ、中には過去の健翔の試合写真を引っ張り出して比較するところまで現れている。

 それは大和が望んだ通りのシナリオだった。


「ですが、実力は本物なのでは? 実際、動画検証をしている人もいるのでしょう?」

「なんにしろ、強い奴が増えるのはいいこじゃねぇか」

「何言ってんのよ! これは健翔に対する宣戦布告よ!」


 リリルはいち健翔ファンとして健翔の技を真似た事に対して憤慨していた。これがもし、健翔にあこがれてバベルクライムに参加したなどとインタビューで答えていたのならば、リリルも少しは落ち着いていただろう。しかし、大和たちは企業チームとしては異例のインタビュー一切拒否を表明し、現在は沈黙を守っている。

 出自の分からないポッとでの新人に、健翔を馬鹿にされたような気がして気にくわないのだ。

 地団駄を踏みながら、リリルが怒りを振りまいていると、そこに話題の本人がシズル重工自前の練習場から戻ってくる。


「健翔!」

「な、なに!? リリル、どうしたの?」


 突然怒ったような声で名前を呼ばれた健翔は、ビクッとしながら答える。


「健翔これ見て!」


 リリルは一真からスポーツ紙をひったくると、健翔に突き出す。健翔はリリルの剣幕に若干怯えながらも、それを受け取って読み始めた。

 そして健翔の表情は、怯えから次第に笑みへと変わる。

 一面記事を読み終えた頃には、健翔は肩で笑いを堪えていた。


「これふざけてると思わない!? 健翔二世だなんて、馬鹿にしてるにもほどがあるわ!」

「くくく、そうだね。僕二世は確かに可笑しい」

「健翔?」

「はははははははははは、これは、これは傑作だ」


 突如腹を抱えて笑い出した健翔に、リリルは訳が分からないと首をかしげる。一真や郷戸も同じような表情で健翔を見ていた。


「健翔、どうかしたんですか?」

「主がそんな笑い方をするのは久しぶりに見たな」

「そうだね。僕もこんなに笑ったのは、久しぶりの気がする。このチームはきっと僕たちの所まで登ってくるよ」

「健翔がそれほどまで言うってことは、こいつ、大和ってやつは知り合いなの」

「知り合いも何も、大和は僕の兄弟でありライバルだからね」


 健翔は新聞に載っている大和の苗字、保月を指示しながら、そう答えた。


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