初試合
地下鉄の扉が開いた瞬間、大和は全力で飛び出してホームを駆け抜ける。
「クソッ、大事な日に寝坊するとか無いわ、ほんと無いわ!」
『私はちゃんと起こしたよ』
「分かってるっての! 俺のせいだよ!」
昨日の夜、ギリギリまで杖の調整を続けていた大和は、睡眠をとるべくベッドに入り、そして寝坊した。
イクリプスのおかげで、からくも起きたらすでに試合が始まっているなどという最悪の事態は避けられたが、それでも試合時間までは後二十分も無い。
当然、イクリプスには真彩たちから大量のメッセージが送られてきており、彼女たちが怒り心頭であることを表すように、奏の文章などはかなり荒れていた。
地下鉄の出入り口から出れば、バベルは目の前だ。
階段を二つ飛ばしに上り、道路を駆け抜け、バベルのある広場へと入る。その先で大和を見つけた真彩が手を振っていた。
「こっちよ!」
「悪い! 遅れた」
「ギリギリセーフよ。準備は大丈夫なの?」
「ああ、杖は完璧に完成している。いつでも全力で行けるぜ」
「ならいいわ。すぐに来て。他の皆はもう控え室にいるわ」
「了解」
バベルの中を速足で進み、エレベーターで上階へと向かう。
エレベーターはぐんぐんと空へ上って行き、窓から見える景色がすぐに小さなものへと変わった。
「バベルを登るのは初めてだな」
「今日は四階よ。とは言っても、実質は四十階分ぐらいの高さになるけどね」
バベルのワンフロアは天井が異常なほど高い。バベルクライムでは、かなりの高さまで跳躍する選手や、ド派手な演出が起こる魔法を使用するためだ。もしそれを天井の低い場所などで行えば、魔法の衝撃だけで敵味方問わずチーム全員が吹き飛ぶことになるだろう。
その為、バベルのフロアは一階が約十階程度の高さになっている。壁側には円形に客席が並べられ、中央の頭上には大型のスクリーンが投影されている。そこには試合中の選手が映し出され、遠くの客席からでもしっかりと見ることが可能だ。
「スゲーな」
「それがバベルよ。最初は試合場の雰囲気なんかに飲まれる人もいるから、大和君も気を付けてね」
「それは大丈夫だ。もっとヤバい事するからな」
「それ凄い不安になるんだけど」
エレベーターが止まり、扉が開く。そこは地下とあまり変わりのない通路だ。人が少ないのは、ここが関係者以外立ち入り禁止の場所だからだろう。
通路を進み、一室の前で止まる。そこにはリンブルチーム控え室と書かれている。
真彩は二度扉をノックして、返事も待たずに扉を開け中に入る。大和もそれに続くと、中では奏たちが第二課の部屋にいる時と同じように、お茶を飲みお菓子をつまんでいた。
しかし、その服装は日頃の奏や響からは想像もつかないほどに華やかだ。しかもいつもはゴスロリを身にまとっている志保までもが、今は甘ロリとも言えるほどピンクと白のフリルに包まれた服を着ている。
「やっと来たわね。すぐに準備するわよ」
「間に合ってよかったです。さあ、こっちに来てください」
「え、なに? 何これ!?」
「はいはい、時間がないから早くしてね」
三人の衣装を尋ねる間もなく、大和は真彩と志保に見送られながら、部屋の奥にあったカーテンで仕切られた場所へ導かれる。
そこにはラックに色とりどりの衣装が掛けられ、姿鏡が置かれている。一見すると試着室のようだ。
大和をそこへと連れ込んだ奏と響は、ニコニコとしながらラックから一着の衣装を取り出した。
「大和君、これを着てください」
「え、これ? けどこれって」
「時間がないから早くしなさいよ。それとも私たちに脱がされたいの?」
言ってる途中から、奏は大和の服に手を掛けようとする。その手を払いのけ、大和は慌てて試着室から逃げようとした。それを素早い動きで響が封じる。
「ダメですよ。これは会社の決まりですからね」
「決まりって。けどこの服」
奏の持っている服は、学ランだった。どこの学校かは不明だが、胸元には白い鳥の校章が刺繍されており、裾や首元、縫い目などが金色に輝いていた。まるでどこかの漫画の世界の制服だ。
「制服ですよ。大和君は、つい先日まで学生だったんですから、着なれてますよね?」
「いや、まあそうだけど」
大和の通っていた学校も学ランだったこともあり、学ラン自体には何ら抵抗が無い。しかし、今の状況でそれを着る理由が分からなかった。
「なんでこれなんだ? もっと動きやすいのとか、それこそジャージでもいいだろ」
大和の言葉に、奏と響が一瞬ポカンとした。そしてお互いに顔を見合わせ、再び大和を見る。
「大和、あんたもしかして自分の入った会社がどんな会社か知らないんじゃないでしょうね?」
「知らねぇよ。バベルクライム専門でいきなりスカウトされたからな」
「やっぱり……じゃあ教えてあげるわ。株式会社リンブルは、フリーのデザイナーからの依頼で新しいデザインの服を製作したり、一般の人からの注文を受けて服を作る、いわゆるオーダーメイドを主体にした会社よ。その利益のほとんどが、一般の人からの依頼、主にコスプレ衣装の依頼になるわ。これだけ言えば、これがどういう服かっているのは分かるわよね?」
「えっと、それはつまり、この学ランも、どこかの漫画だかアニメだかのキャラクターが来てた制服の再現ってことか?」
「そう言うことよ。私が着てる服は、今放送中のファンタジー系作品のヒロインの物だし、響が着てる服も、ちょっと派手だけど学園ラブコメの制服よ。ちなみに志保のは魔法少女ね」
言われて二人を見てみると、確かに奏は胸や肩、腰にはアーマーがあるが、それ以外の部分には何もない、ファンタジー全開の剣士系衣装であり、どこかのネットゲームにいても不思議ではない格好だ。響もスカートにフリルが付いていたり、袖口がやけに広がっていたりするが、改造制服と言われれば、そう見えなくもない。
大和が二人の衣装を見ていると、奏が少し頬を赤くしながら大和に服を押しつけて、服の裾を持ち上げようとする。
「だからあんたも早く着るのよ! 時間が無いんだから」
「わ、分かった、分かったから服を脱がせようとするな! 響はさりげなくベルトを外そうとするな!」
二人を慌ててカーテンの外へと押し出し、大和は着替えるべく上着を脱いで行った。
着替え終えた大和は、姿鏡で自分を見る。
まだ制服を脱いでから一週間も経っていないのに、自分が袖を通した学ランがすごく久しぶりのような気がした。
「この制服、一着いくら位するんだろうな」
『結構高いんじゃない? オーダーメイドの上に、特殊加工までしてあるでしょ?』
「そうなんだよな。これただのコスプレ衣装じゃなかったんだな」
大和の着ている制服。一見すればただの学ランだが、その生地にはさまざまな処理が施されていた。
防弾防刃は当然のように施されており、さらに衝撃を和らげるための特殊な生地の折り込み方に、燃えにくくなる塗料の散布。魔力ダメージに対する耐性を上げる魔法被膜まで掛けられていた。
バベルクライムに参加するための服装に関する、規則はない。それこそ、戦国時代の甲冑を着ても良いし、騎士のような鎧を身にまとってもいい。上半身裸で出ることも可能だし、もちろんジャージだろうと制服だろうと構わない。
その為、参加者のほとんどは、鎧を着ていたり、バベルクライム仕様の特注品を着ている。
「準備できたかしら?」
カーテンの外から奏に声を掛けらる。
「ああ」
「じゃあ出てきて。寸法とか確認するから」
言われた通りにカーテンから出ると、四人の目が集中する。その視線は真剣そのもので、口を挟むことすら躊躇われた。
「裾は大丈夫そうね」
「肩幅も問題ないみたいです」
「そう言えばぴったりだな。なんでだ?」
いきなり渡された物のはずなのに、その制服は肩もウエストも、裾の長さまで完璧だった。
「志保は服の上からでも見ただけで体型がだいたい分かるからね。志保に聞いて、大和の体型に合わせて調整したのよ」
「そんな隠し能力があったのか」
「おかげで今日の試合に間に合ったわ」
昨日、大和が寮に戻った後、奏たちは急ピッチで大和の衣装を用意したのだ。
自分達の衣装は少し前から少しずつ準備を進めていたため問題無かったが、大和のだけは全くの手付かずの状態から始めたため、かなり苦労した。もし、志保の能力がなければ、大和は寮に戻ることが出来ず、寸法合わせに時間を取られ、杖の調整が間に合わなかっただろう。
「じゃあこれで準備完了ね。時間もちょうどいいし、そろそろ会場に移動しなさい。新しいリンブルの力、見せてちょうだい」
「「「はい!」」」
そして、大和の初試合が始まる。
生で見るフィールドは、テレビで見るよりも格段に大きく感じた。
「ここで戦うのか」
「緊張してんの?」
「まさか。早く試合が始まらないかうずうずしてんだよ」
「ならいいけど」
大和たちは、すでにフィールドの横にある待機選手の控え場所に集まっていた。野球のベンチのような物だ。
相手チームもすでにベンチ入りしており、後は試合開始を待つばかりである。
「注目。じゃあ最後のミーティングよ」
真彩がパンパンと手を叩き、全員の注目を集めた。
「最後ってなんか嫌な言い方ね」
「それもそうね。じゃあ、勝つためのミーティングを始めるわよ。こっちの作戦は昨日考えた通り、大和の雷光刹華で初撃を決めて、相手が動揺してる内に撃破する作戦。今回はスピード勝負になるから、志保は低威力の魔法をバンバンぶっ放して相手の壁役を封じなさい」
「分かった」
「響は魔法使いのけん制。相手の魔法使いは覚えてるわね?」
「大丈夫です」
「奏は――」
「攻めて来るであろう剣士連中の足止めよね。大丈夫よ」
「最後に大和君、今回の作戦はあなたの動きが要になってくるわ。失敗は許されないわよ」
「初撃のヒーラー潰し。しっかり決めて最高の初戦にしてやる。師匠も見てるだろうしな」
昨夜、師匠にはメッセージで今日試合があることを教えてあった。返信には「頑張んな」の一言だけだったが、それが如何に、大和を信頼しているかの証でもある。
その期待に応えるためにも、デビュー戦は盛大に勝利を飾るつもりだ。
「今週のスポーツ紙には必ず乗る試合になると思うぜ」
「期待してるわよ。魔法のフライングだけは気を付けて」
そして、ブザーが鳴り、試合開始の秒読み段階に入る。大和たちはベンチを出てフィールドに登り、相手チームの選手たちと対面した。
相手チームは、最近のリンブルの成績を知っているのか、どこか余裕のある表情でこちらを見ており、その様子に奏が腹を立てる。
「余裕って様子ね」
「最近は連敗してましたからね」
「俺の補充も苦し紛れだと思われてんだろうな。まあ、実際そうだったんだろうけど」
「なら、その苦し紛れの成果、とくと味あわせてあげようじゃない」
フィールの上、今までCMを流していたスクリーンが、赤色の点滅に代わり、Rod Standbyの文字が浮かび上がる。
「起きろ、イクリプス!」「行くわよ、ティアラ!」「起動してください、シルバリオン!」「ピッツ、起動」
それぞれの杖が一斉に光だし、主のための武器へとその姿を変える。
相手チームからの光が放たれ、それぞれが情報通りの武器に変化した。それを確認して、大和は自分の体の中で、静かに闘気を高めていく。
ざわついていた会場がその瞬間だけは静寂に包まれ、観客たちの息遣いだけがフィールドに届いてくる。
スクリーン上の文字がReadyに変わった。これがGo!の文字と共に、画面が青く変わった時、試合が開始される。
全ての視線がスクリーンへと集中し、大和は耳にその神経を集中させた。
一瞬の後、ブザーと共に、スクリーンが青く代わり、Go!の文字が浮かび上がった。
「イクリプス!」
『いいよ!』
「雷光刹華!」
ギリギリまで調整を続けた杖は、その機能を遺憾なく発揮し、フィールド上の誰よりも早く魔法陣の構築を終え、展開準備を整えていた。
そして、大和の発動言語と共に、その魔法が発動する。
直後、大和の体から電気が迸り、その場から一瞬にして掻き消える。それは相手からしてみれば、突如大和がその場から消えたように見えただろう。
それと同時に聞こえてくるのは、一番安全な最後尾にいたはずのヒーラーの悲鳴。
試合中に相手から視線を逸らすのは自殺行為だ。しかし、試合開始直後の悲鳴に、チームメイトは足を停め、後ろを振り返らずにはいられなかった。
そして、そこに見た光景は、フィールドの外へと吹き飛ばされるヒーラーの姿と、その正面で電気の残留を残しながら槍を突き出す大和の姿。
敵チームも、観客も、テレビ用の司会と解説も、ラジオ用の司会と解説も、取材に来ていたスポーツ紙の記者たちも、一様にその光景を目の当たりにして、動きを止める。
彼らの頭上では、スクリーンは淡々と機械的に仕事を行い、ヒーラーにどのようなダメージがあったのかを説明する。
そこには、心臓の部分が真っ赤に塗られた絵が現れ、一撃即死の判定が出ていた。
「何が起こった!?」
「奴か!」
「よそ見してるなんて、ずいぶんな余裕ね!」
敵チームのメンバーが我に返った瞬間には、奏が目の前にまで迫って来ていた。その後方では、志保がファイアボールの準備を終え、響が弓を構えている。
奏の振り下ろされた剣は、敵のリーダーである大男が受け止めた。その横にいた剣士がリーダーのヘルプに入ろうと奏に切りかかる。だが、その剣は真っ黒な槍によって受け止められていた。
「残念でした」
突如横から現れた大和に驚いた剣士は、思わず体を硬直させる。その隙を逃さず、大和は剣士の足を払いその場に転ばせると、心臓に向けて槍を振り下ろす。
剣士はとっさに転がることで、その槍を避ける。槍が地面へと突き刺さり、大和の武器を奪ったかのように見せた。
それを好機ととらえ、剣士は起き上がりざま大和を斬ろうと剣を振るう。しかし、それは全て大和の想定の範囲内の動きでしかなかった。
大和は槍に体重を預け、棒高跳びのように槍を使って体を宙へと持ち上げる。その下を剣士の斬撃が通り過ぎ、突きたてられていた槍によって止まった。
驚く剣士をよそに、大和は踵を剣士の肩へと振り下ろす。
「ガッ!」
「残念でした!」
剣士はその痛みに持っていた剣を取り落す。
着地した大和は、自分の槍を地面から引き抜きつつ、無防備になった剣士の腹へと叩きこむ。
普通ならば完全に腹を貫通する攻撃だ。変換フィールドは大和の攻撃に激痛と失血による気絶判定をだし、剣士の意識を強制的に奪った。
剣士が気絶したのを確認して、大和は次の目標に向かう。その時、後方でドサッと何か重いものが倒れる音がした。
横目でそちらを向けば、奏が敵のリーダーの大柄な男を倒した所だった。
「いい感じじゃねぇか」
「あんたの動きよりずいぶん遅かったからね。あの程度なら掠りもしないわ。じゃあ一気に決めるわよ。ティアラ!」
「当然だ。イクリプス」
『ヴァーティカルフレイム、スタンバイ完了。焼き払ったげなさい!』
『ほいほい、雷砲・小葉の髄菜スタンバイオッケー』
大和と奏は残った敵チームの二人に対し切先を向ける。敵チームの二人は、壁役と魔法使いだが、壁役は志保の数で攻める魔法と響の矢から魔法使いを守るのに精一杯で、大和と奏の魔法に対応する余裕はなかった。
魔法使いも、壁役に守られながら、志保たちの攻撃を止めるべく魔法を連発するのに集中しており、自分のチームの剣士二人がすでにやられていることに気付いていない。
「ヴァーティカルフレイム!」
「雷砲・小葉の髄菜」
ヴァーティカルフレイムは、直線状に強力な火炎系魔法を放つ技だ。高威力な分、直線にしか放てず、範囲も狭いと使い勝手は悪いが、相手が思うように動けない今の状況ならば、十分な力を発揮する。
そして雷砲・小葉の髄菜は当然大和のオリジナル魔法だ。ヴァーティカルフレイムと同じような直線に雷砲を放つ技だが、違いがあるとすれば、その効果範囲だろう。
小葉の髄菜は一本の枝に無数の花を咲かせる。それと同じように、イクリプスから放たれた雷砲は、一定の間隔で周辺へと拡散し、雷をばら撒くのである。
二人の魔法は、足止めをくらっていた敵チームメンバーに直撃し、フィールドの外へと一気に吹き飛ばす。当然ダメージも大きく、頭上のスクリーンでは二人の死亡判定が出された。
それと同時に、敵チームの全滅が確定し、ブザーと共にスクリーンにリンブルチームWinの文字が躍った。
ストックゼロになりました。ぼちぼち書きながら投稿するので、たぶん週一ぐらいになるかもしれません




