お買いもの
練習を終えた大和は、昼の約束通り響と共に駅前の家電量販店へと来ていた。
ちなみに奏は午前中と同じように練習の終了と共に、倒れるように眠り始めた。眠った奏は真彩と志保が見ており、起きたら響に頼まれた食材の買い出しに行くのだろう。
「さて、じゃあ何から見ますか? 私のは重いので、持ちながら探すのは辛いと思いますし、最後で良いですよ」
「じゃあ先に腕輪と杖を見てきてもいいか? イクリプスと約束しててな」
「腕輪と杖ですか?」
「そう、今使ってるの結構旧式だからな」
大和は自分の腕輪を見せるように、響の前に左手を持ち上げる。響たちの物と比べ、かなり太く無骨で、くすんだ白色の腕輪だ。
それを見て、響は目を丸くする。
「これってもう四世代近く前の物ですよね?」
「そう、一応少しは中身とか弄ってあるけど、やっぱり時代遅れ感は否めないんだよな」
『時代遅れも時代遅れ! 博物館レベルだよ!』
「と、うちのAIが五月蠅くてさ」
「確かにこれだとAI的には辛いかもしれませんね。シルバリオンも古い機種はボロ屋みたいで住みにくいって表現してましたし」
腕輪や杖は機械のため定期的にメンテナンスをする必要がある。その際には古い機種に一時的にAIチップを避難させているのだが、AI的に言うと古い機種はボロ屋であり、現行の最新機種はまるで高級ホテルの様らしい。そのため、メンテナンス中はどのAIでも若干不機嫌になったりする。
『それだ! つまり私はいつまでも隙間風差し込む寒いボロ屋に住まわされてたってことだよ! 待遇の改善を要求する!』
「だから買に来てんだろうが! あんま五月蠅いと買うの止めるぞ」
『ごめんなさい、静かにしますからそれだけは勘弁してください……』
「素直でよろしい。んで、どんな奴が良いんだ?」
話しながら二人はまず腕輪売り場に来ていた。昨日同様多種多様な腕輪が並び、ショーケースの中で輝きを放っている。
『どれがいいかな~、あっちのも良いし、こっちのも捨てがたい』
「俺にはどれも同じに見えるけどな」
「私もあんまり違いは分からないですね」
響も大和と同じように、ある程度整備などはできるが、詳しくは知らないというレベルだ。大和と共にならんでイクリプスの解説を聞いているが、イマイチ理解できていない。
そもそも、イクリプスの解説がマニアックすぎるのも問題だが。
そんな中、イクリプスの解説を唯一理解できる人物シルバリオンがイクリプスと論議を交わしていた。
『主人のスペックと合わせるのも大切ですよ?』
『分かってるよ。けど大和のスペックに合わせようとすると、意外と高くて物が限られちゃうんだよね』
『なるほど、それは選ぶのが難しそうですね。これなんかどうでしょう?』
『うーん、容量は良いんだけど、通信速度遅くない?』
『今の基礎スペックだとこれ以上は難しいと思いますよ? 桁が変わってきますし』
『そっか、ならこれと後何個か試着してみたいかも。大和~』
「へいへい」
大和は近くにいた店員に腕輪と試着を希望する。AIに取って腕輪は住居や衣服と同じで、自分に合うかどうかは実際に使ってみないと分からない。
そこで、店側は常に試験運用用に腕輪を用意しているのだ。
「どうだ?」
『うーん、居心地は良いね。けどやっぱりダウンロードに時間がかかるかな』
「それぐらいなら別にかまわないぞ?」
それぐらいならば、大和が待てばいいだけの話であり、特に気にするようなことではない。しかし、イクリプスには気になるところらしく、次の腕輪を試着する。
「これは?」
「通信速度は凄く早いね。けど今度は少し狭い感じ? これはパスだね」
「狭いのは不味いな。なら最後はこれか?」
いくつか調べ、最後に残った腕輪にイクリプスを挿入する。
『これは……キテる! ビビッと来てるよ! 超広いし、通信速度も許容範囲!』
「ならこいつか」
『後は杖だね! 杖は腕輪より選ぶのが速いよ』
「だと助かるわ」
腕輪を選ぶだけでざっと一時間は経過している。その間大和と響は完全に待ちぼうけだ。しかし、イクリプス達が腕輪を選んでいるため、世のお父さんたちのようにどこかのベンチで待っているだけと言うことも出来ず、ひたすらイクリプス達の為に歩きまわされていたのである。
これで疲れない方がおかしい。
「やっぱり腕輪選びは時間がかかりましたね」
「悪いな。付き合ってもらっちまって」
「気にしないでください。その代りにしっかり荷物持ちはしてもらいますから」
「了解」
『早く早く!』
イクリプスに急かされ、今度は杖売り場へ。ここでは大和たちの予想とは違い、早々に杖が決まる。
『これだね』
『これですね』
AIたちも満場一致である。その一品は、新機種の中でも比較的に値段の高い杖だが、その分性能は確かなものだった。
杖は魔力関連の能力に特化されている分、他の部分は揃って能力が低く、腕輪のように、どこがいいけどどこがイマイチなどと比べる必要が無かったのだ。
「じゃあこいつとさっきの腕輪だな。全部でいくらになるんだ?」
『十万』
「十……マジ?」
『新型だし仕方がないよね。これでも安い方だと思うよ?』
「そうですね、新型の腕輪と杖だとそれぐらいになると思いますよ? 値段を選ばなければ、それこそ二十万でも三十万でも出て行きますし」
「くっそ、やっぱ財布には厳しいな」
先ほどと同じ店員に頼み、腕輪と杖の会計を済ませる。その際、周辺パーツや整備用にいくらか別のパーツを購入し、最終的な出費は十二万にもなった。給料一か月分が余裕で飛んで行ったのだ。
「なんだかパーツが多いですね」
会計を待っていると、響がレジに並んでいるパーツ類を大和の後ろから覗き込んでそうつぶやく。
基本的に腕輪や杖は完成品が売られているため、パーツ単位で購入することはかなり珍しい。購入したとしても、汚れが付きやすい外装の予備であったり、それこそおしゃれ気分で付けるパーツ程度だ。
しかし、レジに並んでいる商品を見ると、中身のパーツの方が比較的に多い気がした。
そんなものを買うのは、大抵が自作の腕輪を作るごく一部のマニアや技師の物である。
「ああ、一応必要なもんだからな。つっても知識はあんまりないから、イクリプスに指摘されながらちまちまやる感じだけど」
『大和ったら、何度言っても中の構成覚えてくれないんだよ!』
「しかたねぇだろ、あんな細かい構成なんて、いちいち覚えてらんねぇよ!」
「そんなに細かいんですか?」
響も整備的なことはするが、基本的に外側の埃取りだけで、内側のことはシルバリオンか腕輪専門の技師に依頼してしまっているため、中の仕組みをあまり見たことが無い。
しかし、それは当然のことで、むしろ大和のように腕輪を自分で弄っている人間の方が珍しい部類に入る。
趣味でパソコンを作るのと同じような物だ。
その上、生活に密着しているものだから、自分が弄って壊してしまったら日常生活に支障が出る。それを嫌って専門の技師に任せている人が多い。
「かなりな。こんだけ小さくなってるから、びっちり機械が埋め込まれてるし、それぞれの接続部分がややこしくてかなわん」
「技師に頼むことはできないんですか?」
「こればっかりはな。俺のアビリティーにも関わって来てるから、なるべく広めたくないんだ」
「そう言えばアビリティーの効果、結局聞いてませんでしたね」
「お前らが言わせてくれなかったんじゃん……」
「だってあんな名前のアビリティーなんて、普通は聞きたくないですよ。効果もだいたい想像出来ちゃいますし」
「だから名前はほとんど関係ないんだって……あれは健翔がいたずらで決めちまったもんだし」
『勝負に負けて、名前の決定権取られちゃったんだよね』
「ぐっ……」
大和のアビリティーが発見された当初、まだ二桁にも満たない年齢だった大和と健翔は、アビリティーにどんな名前を付けるかでもめ、師匠の勝負で決めなの一言で、試合をすることになった。その頃はまだ魔法なんて使えるはずも無く、柔道のような簡単な組手のみでの試合だったが、それで大和は奇しくも健翔に破れ、アビリティーの命名権を奪われたのだ。
そして、どこから仕入れてきた知識なのか、健翔は大和のアビリティーにハーレムと命名した。その時の師匠の爆笑を、大和は今でもしっかりと覚えている。
「まあそんな訳で、酷い名前になったが、効果は全く別もんだ。説明しにくいから、次の練習の時にでも見せれると思うぞ」
「じゃあ期待しておきますね」
「そうしてくれ」
「お待たせいたしました、御会計合計で十二万五千七百円になります」
「現実って辛いわ……イクリプス」
『はいはい』
腕輪をレジの読み取り機にかざすと、イクリプスが電子マネーをレジに送金する。
それを確認して、店員がレシートと保証書を発行した。
「ではこちらが商品になります」
「やっと本当の目的に進めるな」
袋を受け取り、大和たちは今日ここに来た目的である家電売り場を目指した。
家電売り場では、響の予想通り一人ぐらし用のセットが売られていた。
小さめの冷蔵庫に洗濯機、電子レンジと掃除機のセットだ。価格も合わせて一万五千円とかなり抑えてある。その分、どこのメーカーなのか、聞いたことの内容な名前のロゴが入っている商品だが、使う分には問題ないだろう。
「セットであるのはこれだけみたいだな」
「やっぱり洗濯機がセット内容に入っちゃってますね、うちはなんで洗濯機だけあるんでしょうね」
普通、洗濯機などは常備されている物では無く、自分達で買いそろえる物だ。だからこそセット内容にも含まれているのだが、リンブルの社員寮には全ての部屋に洗濯機が備え付けられている。
「まあ、ある分にはありがたく使わせてもらうさ」
「そうですね。ではここからは私の出番ですよ! すみません!」
響が気合いを入れて、近くの店員に声を掛けた。
「いや~、いい買い物でしたね」
ほくほくとした笑みを浮かべる響の横で、大和は若干呆れた様子を見せつつ配達の手配を頼む。
店員に声を掛けた響は、洗濯機の排除から値引き交渉に入った。そこまでは店員にも対処のマニュアルでもあるのか、順調に進み、洗濯機を除く三点を一万円と、激安価格で購入することが出来るようになる。しかし、響はここで止まらなかった。
ここから単品価格五千円の十二インチのテレビを付けて、一万三千円を希望したのだ。
さすがにここまで来ると店員も焦りを見せ始める。ニコニコした笑顔には、額に僅かな汗が見られ、声が若干震える。店員も、響の交渉がマズイと気付いたのだ。
しかし、時すでに遅く、乾電池とベッドライトを合わせることで一万四千円の値段を提示し、女性特有のお願い作戦と若干の色気を駆使し、店員をノックアウト。値段を下げつつ、オプションを三つもつけるという荒業に成功したのだった。
「えげつねぇな」
「これでもしっかり利益は出てると思いますよ? どれも国産メーカーじゃないみたいですからね」
「そうなのか?」
「それじゃなきゃ、上司が出てくるはずですからね。店員さんに許されてる値引き限界って結構低いですから」
「かなりもぎ取った気がするんだけどな。あの人若干涙目だったじゃねぇか」
「その分、私の買い物は良い物を買いますから」
配達の手配を終え、最後に響の目当ての商品を探す。
「レンジだっけ?」
「はい、今うちにあるのはただのレンジなんですけど、今度はオーブンレンジに変えようと思いまして。料理のレパートリーがグッと増えるんですよ」
「なるほどな」
やはりオーブンがあるとないとでは、レパートリーにかなりの違いが出てくる。それ以上に響としてはお菓子が作れるようになる方が、ポイントが高かった。
「さて、どれにしましょうかね~」
響が並んでいるオーブンレンジの物色を始める。シルバリオンに機能を表示させながら、実際に商品を使ってみて使い勝手を確認していく。
「どんなのがいいんだ?」
「そうですね、台所の大きさもありますから、コンパクトで、けど三人分四人分作ることが多いですから、容量は大きく欲しいんですよ。できれば二段式みたいなのが良いかな?」
寮の台所は一人暮らし用のサイズだが、響は奏と志保の分の料理も作っている。そうなると必然的に作る量は多くなるため、オーブンや冷蔵庫はどうしても大容量にならざるを得ないのだ。
『響様、こちらはいかがでしょうか?』
「ふむ、なかなかですね。さすがシルバリオンです」
シルバリオンが見つけた商品は、響からも高評価を得たのか、入念に調べられていく。その姿を、店員が少し離れた場所からやや緊張した様子で見ていた。
「よし、これにしましょう。すみません!」
響が選んだのは、シルバリオンが探し出したものだった。
店員がすぐに駆けつけると、今度は値引き交渉なしにそのまま購入の話へと持っていく。
その事に店員はホッとした穏やかな表情で対応する。
「配送はいかがしますか?」
「直接持ち帰るので大丈夫です」
「それではすぐに商品をお持ちしますので、少々お待ちください」
店員が商品を取りに倉庫へと向かう。それを見送って大和は尋ねた。
「値引きとか良かったのか?」
「はい、普通に安かったので、たぶん値引き交渉も無理だったんじゃないでしょうかね。国産のメーカーで割と新しい種類、しかも生産数もまだ少ないみたいですし」
「いつの間にそんなの調べたんだよ……」
「シルバリオンは優秀ですからね」
ただいつも響の買い物に付き合っているシルバリオンとしては、主人がどんな情報を欲するかなど当然のように分かるだけで、シルバリオンが特別優秀というわけではない。と、言うかそもそもAI自体に性能の優劣は存在しない。
店員が商品を取りに行っている間に、響は会計を済ませる。
「お待たせいたしました。こちらが商品になります」
店員がPPバンドにプラスチックの持ち手を付けた商品を持ってくる。それを大和が受け取ると、予想外に軽かった。
「軽いな」
「まあオーブンの中は空っぽですからね。外装もそれほど重いものじゃありませんし」
「それもそうか」
「じゃあ買い物も済みましたし、そろそろ帰りましょうか」
「おう」
家電屋を出ると、外は完全に暗くなっていた。時刻は七時近くになっている。
「ちょっと時間掛かっちゃいましたね」
「悪いな、イクリプスが時間喰っちまって」
「まあ、腕輪や杖なら仕方ないですよ」
『響様、真彩様からメッセージが入っています』
『大和、真彩ちゃんからメッセージが来てるよ』
「ん?」「お」
二人のAIが同時に真彩から連絡を受けた。
「これはメンバー全員にってことか?」
「多分そうですね。なんでしょう? シルバリオン、コンタクトに表示してください」
「イクリプス、こっちもだ」
二人のコンタクトに真彩からのメッセージが表示される。
・業務連絡
次の試合日程が変更されたので、連絡します。次の試合は五日後でしたが、他チームに怪我人が出たため不戦勝となり、試合日程が若干繰り上がりました。バベル事務局より新たに提出された試合日程表を添付しておきますので、各自で確認しておいてください
そこに添付してあった画像を開くと、一番近い試合日がなんと明後日になっていた。その事に大和も響も驚きが隠しきれない。
「マジか」
「驚きましたね。試合の前倒しですか」
バベルの試合が前倒しで行われることは、低ランクだと稀に存在する。試合出場者が事故や病気で出られなくなった場合、上位ランクのチームならば、メンバーも多くすぐに代わりが用意できるのだが、低ランクではそれも難しく、どうせ負け試合になるならと始めから棄権してしまうのだ。
企業の宣伝効果を狙って参加しているチームが多いバベルでは、ボロ負けするよりも棄権の方が企業の名前に傷がつきにくいのである。
「大和君、杖と腕輪大丈夫ですか? 色々弄るみたいですけど」
「明日一日あるし、何とか間に合うかな?」
会社に行っても仕事らしい仕事は無く、試合の打ち合わせ程度だろうと考え、それ以外を全て杖と腕輪のメンテナスに回せば間に合わなくもない計算になる。
『初めての試合で型落ちの杖なんて使いたくないよ!』
「こう言ってるし、頑張るしかないな」
「じゃあ少しでも急いで帰りましょう」
「おう」
大和と響は、駆け足で地下鉄の乗り場へと向かった。




