アビリティー
適当に散策しつつ、バベルへと到着した大和だが、その時にはすでに他のメンバーは全員そろっていた。
そして最後にやってきた大和を見つけた響が、笑顔で大和を出迎える。
「さっきぶりですね」
「おう、朝はありがとうな」
「いえいえ、二人分も三人分も四人分も変わりませんから」
「二人分と四人分じゃ結構変わらない?」
単純計算で倍の量になるはずなのだが、響は気にした様子は無い。
「おはよう大和君」
「おはようございます」
「じゃあ全員そろったみたいだし、行きましょうか」
真彩の指示に従って、昨日と同じような流れで練習室へと向かう。今日は地下三階の練習室だった。
「昨日より広い?」
中に入った時、昨日とは若干違う部屋の形に、大和は違和感を覚える。
その違和感に真彩が答えた。
「部屋の大きさ自体は同じよ。まあ、横に更衣室があるからそう感じるかもしれないけどね」
「ああ、なるほどな」
真彩の視線の先を見れば、二つの扉がありその先にはロッカールームが広がっている。その代りにベンチなどが無かった。それが広く感じた原因だ。
昨日借りた部屋は、ロッカールームが無かったため荷物置き場用のベンチが併設されていたのだ。
「じゃあ着替えてきて。最初に軽くミーティングしてから練習始めるわよ」
真彩の指示に従い、大和は男子用のロッカールームに入り、手早く着替える。いつも運動用に使っているジャージを着て、ローカールームから出ると、さすがに女性陣はまだ戻って来ていない。
「やっぱり男の子は早いわね」
「これでも結構ゆっくりだったんだけどな」
奏たちを待つ間、大和はタッチパネルを操作する真彩と雑談で時間を潰す。
「ミーティングって何やるんだ?」
「とりあえず今後の試合の予定と、大和君が入ることになるから、場所の確認ね。後は能力の確認もしておきたいかも。大和君も、仲間がどんな動き方をするのか、知識だけでも知っておいた方が後々楽になるでしょ?」
「そうだな。基本的な情報は知ってるけど、やっぱ直接聞いた方が考えは分かりやすいかも」
試合の動画や、杖の形状から、ある程度動き方が推測できるとはいえ、それはあくまで予想に過ぎない。直接聞いてみると、意外と別の考えで動いていたなんてことはよくある話だ。
リンブルのチームは大和が入ってもまだ規定限度の五人には到達していない。それならば、チームとしての連携はより重要になってくる。
その事を考えれば、チームメイトの能力の把握は重要だと考えられた。
しばらくして奏たちがロッカールームから出てくる。
「お待たせ」
「お待たせしました」
三人とも今はジャージ姿だ。ジャージは特注品なのか、左胸の当たりに会社のロゴが入っている。
黒を基調としており、腕や足などにラインが入っている。その色は三人とも違っており、誰のものか分かりやすくなっている。
奏は赤、響は青、志保は緑だ。
その姿と大和のジャージを見比べて、真彩はそう言えばと何かを思い出す。
「大和君のジャージも発注しておかないといけないわね」
「ああ、チーム所属ならいるのか」
「分かりやすいしね」
バベルでは、数多くのチームが一か所に集まるため人にあふれている。そんな中で服装と言うのは、どこの企業に所属しているのかを一目で見分けるための重要なアイテムだ。
「大和君とお揃いですか~、それは楽しみですね」
「ただのジャージにお揃いも何もないでしょ」
「まあ、大和君のジャージはこっちで勝手に手配しておくから、後でサイズだけ教えてね」
「分かった」
「それじゃあ、適当に座って」
真彩に言われるまま、奏たちは適当に腰を下ろす。
「とりあえず大和君が加わるから、今後のフォーメーションを確認するわよ。フォルナ、お願い」
『了解しました』
真彩がフォルナに何かを頼むと、壁がスライドし、そこから画面が出てきた。大きさは家庭用の小型テレビと同じぐらいだろう。
そして画面に写し出される図面的なバベルクライムのフィールド。
正四角形の巨大なフィールドには、隅に三つの点が映し出されていた。それが自分達を示している物なのだろうと、奏たちは何となく把握する。
真彩はどこからか取り出した棒でその画面を軽く叩く。すると、画面がズームされ、点の大きさが大きくなる。そこには小さく奏、響、志保と書かれていた。
「これが今までのフォーメーションよ。奏がトップに立って、響と志保がそのやや後方の左右でサポートに徹する。典型的な三角形型。私たちの戦い方だとこれ以外には考えられなかったわね」
「まあ当然よね。志保も少しは接近戦ができるけど、正直魔法に専念してもらった方が強いわ」
奏の言葉に志保もうなずく。
「けど今後はこのフォーメーションに大和君が加わるわ」
もう一度画面を叩く。すると点が一つ増え、四角形の形に並びを変えた。
「私としては、今後のフォーメーションはこう組んでもらうつもり。昨日見た感じだと、大和君も完全にフォワードタイプの接近戦重視でしょ? 魔法も使うみたいだけど、魔法攻撃特化って訳でもないし」
「ああ」
「ほとんど奏と同じスタイルね。でも、大和君が増えたことで、奏の負担はぐっと減るわ」
今までは三人か四人を一度に相手にしていた奏が、今後は一人か二人を相手にすればいいのだ。単純計算でも、倍の違いがある。
このおかげで、今までは横を抜かれたら任せるしかなかった響たちの戦闘にサポートを出す余裕も出てくる。
たった一人だけの増強といえ、その違いは大きい。
「特に異議がないなら、次に行くわよ」
真彩は確認するように全員を軽く見て、一度頷くと画面を叩く。
次の画面はそれぞれの個人データだった。今映し出されているのは、女性陣三人だ。
「とりあえずうちのメンバーの個人データを説明するわ。大和君は後から自分で説明してもらうから。まずは奏ね」
奏のデータを軽く叩けば、そこがアップされる。
「まあ基本的なことは除くけど、典型的な近接タイプで、魔法も併用するわ。得意な属性は炎系。剣に纏わせたり、炎弾を飛ばしたりね。使ってるのは教科書に載ってるような魔法が多いわ」
データには、戦績やこれまでに使った魔法などが記されている。星型のレーダーグラフには、スピードと攻撃力が高く、防御力が低い典型的な前衛スピードタイプのグラフができていた。
「次に響。響は後衛でヒーラーね。一応弓も使えるけど、威力や命中精度はまだまだって所ね」
響のデータが出ると、スピードや攻撃力は奏に遠く及ばず、その代りに魔法関連のステータスが高い。しかし、どれも一流と呼べるレベルには届いておらず、ステータスから見れば、平均より少し上のレベルの魔法使いといった所だろう。
しかし、そんなレーダーグラフの下に、大和の興味をそそる言葉が書いてあった。
「アビリティー持ちなのか」
「ええ、響は回復魔法+3のアビリティーを持ってるわ」
「回復系の魔法効果が上がるアビリティーですね。これのおかげでお姉ちゃんを助けられてます」
「そうね、回復量もそうだけど、回復速度も速いから痛みがすぐに引いて、すぐに全力で戦えるようになるの。+3だけのことはあるわよ」
アビリティーにはさまざまな能力がある。しかし、同じような効果を持つアビリティーが存在するのも事実だ。そんなアビリティーに対して、国は一定の基準を設けて+評価を付けている。基準値やその下だと何もなし。少し上なら+1といった具合に数字を上げて良き、最大が3だ。つまり、響の能力は回復魔法補助系の中で最も威力が強い部類になる。
これはかなり貴重なアビリティーだった。
「まあ、いくら回復がすごくても、試合開始時には棒立ちになっちゃいますから、弓を練習してるんですけどね。なかなか上手く行かなくて」
響の悩みはそこにあった。回復魔法が凄いとはいえ、開始時には全員全快の状態だ。そんな中に回復魔法特化のプレイヤーがいても、意味が無い。
真彩にそれを指摘された響は、杖の形を弓に変え、攻撃も行えるようにしているのだが、今まで扱ったことのない武器をいきなり上手く使うことが出来るはずも無く、けん制程度にしか役に立っていない。
「なるほど」
大和は昨日、ひたすら弓を弾いていた響の姿を思い出す。確かにあまり的には命中していなかった。ヒット率も七十%程度だったと記憶している。動かない的で七十%はかなり低いだろう
「で、最後に志保よ」
志保のデータは、全員の中で一番偏っていた。
魔力がほぼマックス値まで伸びており、逆にスピードや攻撃力はゼロに近い。ただ、魔法のコントロールが甘いため、実力を発揮しきれていないと注意書きがされている。
「ん? アビリティーもあるのか。てか三人中二人ってかなりの数だな」
志保にもアビリティーがあった。大和もアビリティーを持っているため、チームの中で奏以外全員がアビリティーを保持していることになる。
これは、弱小チームとしてはかなり珍しい事だ。そもそも、アビリティーを持っているようなメンバーがそろっていれば、すぐにでも上のクラスに行ってしまうため、弱小で居続ける方が難しいのだ。
「まあ志保も一応アビリティーは持ってるわね」
「一応?」
よく見れば、アビリティー名以外が何も書かれていない。その名は「姫の軍勢」
「姫の軍勢って、かなり変わった名前だな。どんな能力なのか全く想像がつかん」
「それは――「いっちゃだめ!」
「!?」
真彩が説明しようとした時、志保が大声でそれを遮った。
今までの志保からは想像もできない大声に、大和は思わず志保を凝視する。すると志保は恥ずかしそうに頬を真っ赤にして膝に顔を埋めてしまった。
その様子を見て、大和は真彩に視線を戻す。
真彩は大声を出すのが分かっていたのか、やれやれと言った様子で肩を竦めた。
「とまあ、この子が自分のアビリティーを嫌ってるのよ。だから試合じゃ絶対に使わないの。まあ、あたしたちも無理やり使わせようとは思えないけどね」
「なんかデメリットでもあるのか? かなりの負荷がかかるとか」
アビリティーの中には、使用中や使用後に自身の体にデメリットを及ぼす物もいくつかある。それは、身体能力の限界を超えた力を出すための代償であったり、精神的な負荷の反動であったりと様々だ。
その為、その代償や負荷を嫌ってアビリティーを使わない人もいる。
志保だけでなく、他のメンバーも使わせようとしない。つまり、志保自身に何等かのデメリットがある能力なのではないかと大和は推測した。
「まあそんな所ね。だからあんまり志保のアビリティーには追求しないでほしいの」
「そういうことなら、仕方ないっしょ」
「……ありがとう」
志保から小さく感謝の言葉が聞こえた。
「いいって。俺もアビリティー関連じゃ、少し嫌な思い出もあるしな」
「あら、あんたもアビリティー持ってるの?」
大和の言葉に、奏が反応した。大和はそれに自慢げに返す。
「おうよ、結構レアな能力だぜ」
「へー、楽しみね」
「それは後で聞くとして、志保のことよ。グラフからも分かる通り、高威力魔法の一撃でノックアウトするタイプの完全な後衛ね。一応近接も出来るように、杖は細剣を持たせてるわ。まあ、今は一撃凌げればいいところって感じだけど」
展開した状態の杖が画面に表示される。それは、十字架をモチーフにしたような細剣で、中心に赤い宝石が埋め込まれている。両手剣なんかで叩けば、簡単に折れてしまいそうな剣だ。
「まあざっとこんな所がうちのチームよ。バランス的には良いんだけど、全体的に足りてない。器用貧乏って言葉がよくあってるわね」
「なるほど、だいたい理解できた。戦ってる時の映像も昨日何回か見てるから、動きは理解したぜ」
「じゃあ今度は大和君、君の能力を教えてちょうだい」
「おう、っつってもどうやって説明するかな」
奏たちのようなレーダーグラフなど、大和にはない。口頭で説明するにも、具体的な基準が分からないせいで、上手く説明できない気がした。その時、珍しくずっと静かだったイクリプスが大和に話しかける。
『ねえねえ、あのデータを参考に、大和のデータ作ってみたよ』
「お、マジか」
『ふふん、私は使えるAIだからね! あの子とは違うのだよ』
「ナイスだ。なら画面に表示してくれ」
『了解! ほいっと』
イクリプスが調子のいい声を上げると、奏、響、志保と顔写真が並んでいた画面の一番下に大和の写真が新たに現れる。
『さっきと同じ操作で閲覧できるよ』
「あら、それは助かるわね」
イクリプスの説明に、真彩が若干ワクワクした様子で大和の画面をクリックし、データを表示した。
レーダーグラフに表示されたそのデータは、かなりの高評価を描いていた。
攻撃力やスピードは奏を優に超え、魔法関連のデータも響と同水準だ。魔力ばかりは志保よりも劣っているが、それでもかなり優秀といえる部類に位置している。
「ちょっと贔屓し過ぎじゃない? いくらなんでも無理があるわよ」
そのデータに不服を申し立てたのは奏だ。自分よりも遥かに優れ、妹と同等の魔法能力を持つなど、さすがにおかしいと思ったのだ。
「私より強いのは認めるけど、響と同じほど魔法に長けているなんて、それじゃバベルの上位陣の実力じゃない」
「そうね。もうちょっと現実味のあるデータじゃないと」
それに真彩も困った表情で奏の意見に賛同する。
実際は、最高ランクのチームだともっと高水準のデータになるのだが、表示された大和のデータでも、十分トップクラスで戦闘を行えるレベルのデータだ。
「贔屓したん?」
『あはは、そんな訳ないじゃん。動画とかバベルの公式データとかから算出した結構しっかりしたデータだよ。他の子でも大和のデータを持ってるんだったらこんな感じのデータになると思うよ? 試しにやってみる?』
「だって、どうする?」
「じゃあフォルナにデータをちょうだい。フォルナには、日ごろから戦力分析とかやらせてるから、その辺の事情には詳しいはずよ」
「ならイクリプス、機体名称フォルナに俺のデータを送ってくれ」
『了解~』
『データ受信します』
イクリプスから無線で送られたデータをフォルナが受信する。そしてすぐに真彩の指示で戦力データの解析に入った。
数秒後、フォルナからの解析データが画面に表示される。
『こちらが私の算出したデータになります』
画面に表示されたデータ。それは、イクリプスとほぼ変わらない物だった。
「うそっ……」
その事実に、奏が言葉をこぼす。
「すごいですねぇ」
「私の目に狂いは無かったのね!」
「まあ、俺の実力ならこんなもんだろ。魔力こそ志保に劣るけど、その分技能でカバーする感じだな。戦闘は魔法と武術の併用で、バランスよく使う感じだな。魔法のレパートリーもかなり多めになってるぜ」
大和の説明する通り、使用魔法欄にはびっしりと魔法名が書かれている。その中には、何種類も奏たちが聞いたことも無い魔法名が並んでいた。
「そんな量の魔法、どこで勉強したのよ」
「そりゃ、師匠に教えてもらったんだよ。後は自力で作ったな。健翔と開発勝負とかしたし」
「開発勝負って……健翔があんたの家にいたのって、もう三年も前でしょ? 何歳の時に魔法作ってたのよ……」
簡単に逆算しても、十一歳のころには新種の魔法を開発していたことになる。そんなことが出来るのは、一握りの天才だけとされていた。
「まあ、師匠の勉強ってかなりスパルタだったからな。今思えば、虐待レベルって言われてもおかしくなかったし」
問題に間違えれば素振り百回。もう一度間違えれば二百回。そんなのが日常的に行われていたのだから、必死になるのも当然だった。
その頃は健翔という競争相手もいたから頑張れたのだろう。今同じことをやれと言われても、速攻でめげる未来が大和にははっきりと見えた。
「まあ、こんな感じだな」
「じゃあ後は気になるアビリティーね」
大和のデータにもアビリティーの欄がしっかりとある。しかし、他の説明のせいで、スクロールしないと名前が見えない状態になっていた。
「言わないとダメ?」
「今さら何言ってんのよ。真彩、早く見せなさいって」
「そうね、私も気になるわ。さっきの話しぶりからして、バベルクライムでも役に立ちそうなんでしょ?」
「あの能力にアビリティーなんて、凄い補強になりますよね」
奏が急かし、真彩と響が期待に胸を膨らませる。志保は黙って画面を見ていた。
そして真彩が画面をスライドさせると、アビリティーの名称が画面内に表示される。
「ハーレム……」
それは誰がつぶやいた言葉だろうか。その言葉が耳に届く瞬間、女性陣の感情が凍り付くのを大和は感じた。
その視線は冷たくなり、奏の鋭い目つきには、剣呑な光が灯っている気さえ起こさせる。
奏の表情は笑ってこそいるが、目は笑っていない。まるでハイライトが消えた瞳のように、暗く軽蔑するような笑みを大和に向ける。
真彩はおでこを押さえ、小さくため息を吐く。
志保は、静かに立ち上がり、練習の準備を始めてしまった。
「さて、私たちも練習を始めましょうか」
「そうですね。あまり時間もありませんし」
「じゃあいつも通り、響と志保は射撃練習。奏は仮想プログラムを使った模擬戦よ」
「ちょっ!? ちょっと待てって! ちゃんと説明させろよ!」
全員がその場から立ち上がり、各々の練習に入ろうとする中、大和の必死な声だけが練習室に響き渡っていた。
皆様よいお年を。次の更新はおそらく1/4です。




