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プロローグ1

 魔法が発見されて早数百年の時が過ぎた。かつて魔法を発見した科学者の、記者会見での第一声「魔法は科学の先にあった」も、今では歴史上の名言として「地球は青かった」と同じ立場にある。

 人類は魔法という新たなエネルギーを得て、さらなる発展と進化を遂げた。

 しかしどれほど世界が発展し、便利になったとしても田舎は存在する。周囲には森林が広がり、動物たちの声が周囲を満たしていた。


「師匠! 健翔の試合始まっちまうぞ!」


 そんなド田舎むしろ森の中とも呼べる場所に建てられた木造一軒家。一見ロッジにも見えるその家に、少年の声が響く。

 少年の名前は保月大和(ほおづきやまと)。整った顔立ちは、僅かながら少年の印象を残し、つやのある黒髪と、透き通るような青い目が特徴的な十七歳の少年だ。


「おや、もうそんな時間かい。大和はもう少しテレビから離れな、目が悪くなるよ」


 大和の声に答え、師匠と呼ばれた女性が、台所から手を拭きながら出て来る。

 身長は百五十程度、一見二十代にも見えるその立ち姿は、細身の体とは比べ物にならないほど大きな果実を二つ実らせていた。純白の髪を後ろで束ね、利便性のみを追求した色気も何もない髪型をしている。

 家事をしていたのだから当然と言えば当然だが、腕まくりされたセーターとその上からつけられたエプロンの胸の部分が異常なまでに盛り上がっていた。

 しかし大和は、それに目を取られることは無い。当然だ、女性のことを師匠とは読んでいるが、孤児だった大和を引き取り、物心がつく前から一緒に暮らしてる親のような存在だ。そんな人をそのような目で見ることなど大和にはできない。


『師匠、言うだけ無駄よ。治るんだったらとっくに私が治してるわ』


 その声は大和の左腕に付けられた白い腕輪から聞こえてきた。

 声の正体は大和専用のサポートAIイクリプスである。

 サポートAIは現代に置いて、なくてはまともな生活など送れなくなってしまうだろうと言われているほど、生活に浸透したシステムだ。

 基礎課程教育学校(小学校+中学校の一貫教育)への入学と共に国から支給されるサポートAIは、主人の成長に合わせて自分の人格を形成し、必要な機能を自ら増やしていく。

 言わば兄弟のような存在である。


「うっせ。俺の目はすこぶる健康だから良いんだよ。それより試合だ。健翔が家を出てまだ三年だろ。早いよな」

「バベルクライムの最高ランク昇格戦だろ。あいつならゆっくりしてた方さ」

「そうか? 俺的には後二年はかかると思ってたんだけどな」


 この家で大和と一緒に師匠によって引き取られて暮らしていた少年保月健翔(けんと)は今二人の目の前、テレビの向こうで盛大な歓声に迎えられながらフィールドへと歩みを進めていた。

 真っ赤な髪は、燃え盛る炎を連想させ、その瞳は金色に輝いている。

 大和と同じ程度の体つきなのだが、着ているコートに肩パットが入っているのか一回り大きく見えた。


「あんたらは実力だけなら普通に最高ランクか一つ下ぐらいはあるからね。後はいい仲間を見つけられるかどうかで『塔』を登れるかどうかは決まってくる。あいつは天辺に行きたいって言って家を飛び出したんだ。仲間探しにも妥協はしなかったんだろうさ」


 大和と兄弟同然に育った存在。それが保月健翔だ。

 まだ言葉も上手く話せないような年に、二人は師匠によって孤児院から引き取られ、この家に来た。

 それ以来師匠の趣味で鍛えられながら育った二人だが、ある日大人気スポーツ『総合戦闘技バベルクライム』の試合中継を見た健翔がその戦いに惚れこんでしまい、家を飛び出してしまったのだ。ちょうど九年間の基礎課程教育学校を卒業する年だったと言うこともあって、誰も止めることはできなかった。基礎課程の卒業は社会人になったことを意味する。

 もともと行動力がある健翔だったが、まさか家を飛び出してしまうとは、健翔を親代わりに育ててきた師匠でも予想外だった。

 社会人と認められると言ってもまだ十四十五歳の子供。一人で生きていくには世の中は厳しすぎる場所だ。しかし、師匠は健翔を連れ戻そうとするのでは無く、自由にさせた。

 そして再び健翔の名前を聞いたのは、家を飛び出してから一年後。バベルクライムに新規参入する企業チームの一人として紹介された時だった。

 それ以来、健翔は破竹の勢いで塔を登って行った。

 そして家を飛び出して三年後、バベルクライムに参加してから二年後の今日。健翔の夢だった、最高ランクへの挑戦を掛けた戦いが始まろうとしていた。


「健翔なら勝てるよな」

「健翔は間違いなく勝てるよ。あたしが教えた子なんだからなね。あとはチームメイトが勝てるかどうかさ」

「師匠から見て他の連中の強さは?」


 健翔の試合がある時は、欠かさず二人で見てきた。それは同時に、健翔の連れている仲間たちの実力を見る機会でもあった。


「皆良いのが揃ってるからね。どいつもこいつも最高ランクに行くだけの実力はあるんじゃないかい? 後は覚悟の問題さ」

「覚悟?」

「どれだけ力を高めても、どれだけ強い魔法を使えても、どれだけ特殊な能力を持っていても、人間である以上必ず限界ってのはある。勝つ連中はそんな限界を覚悟で少しだけ超えるのさ。だから覚悟を持った奴らは強い」

「健翔は天辺取るって覚悟があるから、登って来れたってことか?」

「そう言うことだね。まあ、仲間も面構え見る限り覚悟決まってそうな連中ばっかりだけどね」


 健翔の後ろに続いて出てきた仲間たち。甲冑を着た大男に、魔女のようなコスプレをした女性、そして侍のような恰好をしたイケメン。

 全員が全員、健翔と同じような目をしていた。

 目標に向かって邁進する、鋭い目つきだ。


「ならいけるのかな。最高ランク」

「それはこの試合で決まるさ。しっかり見てやりな。あいつの一世一代の大勝負になるんだろうしね」

「おう、しっかり見ておくぜ」


 大和は真剣な表情を画面の向こうへと向ける。しかし、ソファーに座り、ポップコーンを持って、目の前にコーラが置いてある状態ではやや緊張感に欠ける光景だった。




「ああ、やっとここまで来れた」


 大観衆の歓声に包まれたフィールドに立ち、天を仰ぎ見る。

 照明が大量に設置された無骨な天井だが、それでも健翔にとってはあこがれの天井だ。

 この天井を見るために家を飛び出し、仲間を探し、三年かけてやっとここまで上って来れたのだ。

 その感情が、健翔の心を満たしていく。


「健翔、感動に浸っているのは良いけど、気を抜きすぎないでよ。こんなところで負けたら洒落にならないんだから」

「そうだぞ。ここが一番気合いを入れるべき場所だ」

「そんなことは分かってるさ。それでも少しぐらいは良いだろ。なんせゼロから始めたんだ」


 魔女のコスプレをした女性、佐藤リリルと甲冑の大男山城郷戸(やまぎごうと)に注意され、健翔は拗ねたように口をとがらせる。


「まあまあみなさん、ここでの喧嘩は無しで楽しく行きましょうよ」


 三人の仲裁に入るのは侍の恰好をしたイケメン、斉藤一真(さいとういっしん)だ。この流れは試合前の恒例行事と化している。

 ゆえに全員が同時に笑い声を上げる。


「ハハハ、お前たちはここまで来ても何も変わらないな」

「当然よね。ここが最後じゃないんですもの」

「そうですね」


 三人がそれぞれに言い合う。それを聞いて健翔も大きくうなずいた。


「そうだ。天辺を取るのは、これに勝ってからが始まりだ。まだ天辺に手すら付いてないんだから」

「ならこの試合も」

「いつも通りに」

「全力で」

「試合を楽しみ勝利を勝ち取る!」


 挑戦者である自分たちを睨みつける五人の影。

 現在最高ランクの中で最下位に位置するチームだ。このチームに勝つことで健翔たちと相手チームのランキングが入れ替わり、自分たちは最高ランクの舞台に立つことができるようになる。

 司会の声が降り注ぎ、試合開始まで秒読みの段階に入った。


「それじゃあみんな、(ロッド)を起動しようか」


 相手はすでに杖を復元している。その形は槍であったり杖であったり剣であったりとバラバラだ。


「そうね、対戦してくれる相手を待たせるのも悪いし」

「客にも悪い」


 リリルとガーランドがポケットから丸いガラス玉のような物を取り出した。

 それが通称(ロッド)と呼ばれるものの本体である。

 杖を左手に持ち、左腕に付けられている腕輪からAIチップを取り出した。そしてそれを杖の挿入口に差し込む。


「起きて、ワンダーランド!」

「始めるぞ、ディバイン!」


 二人の声に反応するようにして、杖が光を発する。そしてみるみるうちにその形を変えていった。

 リリルの杖は箒に、ガーランドの杖は身の丈ほどの大剣にその姿を変える。


『おはようございます、ウィッチ』

『狩りの時間かい? 主様よ』


 杖から声がする。それに二人は一言ずつ答えて武器を構える。


「それじゃあ僕たちも」

「そうですね」


 二人の杖が変形を完了したのを確認して、今度は健翔と一真、2人と同じ動作をした。


「起動しろ、ノヴァ!」

「行きましょうか、デュアル・アドバンス!」


 二人の声に合わせて、ノヴァが長剣に、デュアル・アドバンスが二刀の刀に形を変える。


『起動完了。異常なしよ』

『優雅に薙ぎ払いましょう』


 そうして、選手全員の武器が復元された。


「行くぞ、みんな! 勝利をこの手に!」

『おう!』


 健翔の掛け声に合わせて、杖も含めた全員が声を上げる。

 それと同時に試合開始のゴングが鳴った。




 健翔たちのチームと、相手チームの試合は想像以上に白熱した物となった。

 相手チーム五人に対し、健翔たちのチームは四人と数の面では不利な所もあったが、ルール上問題ないとされているのだから、不満を言っても仕方がない。

 だが、健翔たちはその不利な状況の中で、絶妙な連携を見せ、最後には健翔と相手チームのリーダーのみが立っている状態となっていた。

 両者満身創痍に近い様子での戦闘だったが、その動きはキレが悪くなる所か、打ち合うたびに良くなっているような気さえさせる。


「お互い一人になっちゃいましたね」

「俺は負けないぞ。貴様を倒して、まだ残り続ける!」

「そういう訳にはいかないんですよ。僕はあの頂点に辿り着くと決めていますからね」

「頂点とは大きく出たな。ならまずは俺を倒して見せろ!」


 リーダーは大剣を肩に担ぐように構える。


「豪炎纏え」

『OK』


 リーダーの声に反応し、大剣の刀身を炎が渦を巻くように上っていく。一瞬にして炎に包まれた剣は、リーダーを焼くことなく、その顔を赤々と照らす。

 照らされた顔は暗明がはっきりと別れ、まるで鬼の形相のように見える。


「この一撃で貴様を潰す!」

「させません! ノヴァ!」

『分かってるわ』


 リーダーが駆け出すと同時に、健翔は愛機へと指示を出す。具体的な指示が無くとも、長年ともにいたサポートAIは主人の意思を組みとり、その場に最適な魔法を発動させる。

 瞬間、健翔の体がビクンと跳ねた。

 魔技・雷神。自らの体に魔法で制御した電気を流し、神経を強引に活発化させる技だ。

 自らの体に電気を流すため、少なからず自分にもダメージを受ける捨て身の技だが、その瞬間の瞬発力は人間の限界を超えた速度になる。


「轟爆炎!」


 振り下ろされる大剣。健翔は上昇した反射神経でそれを容易く躱す。しかし、大剣が地面に触れた瞬間、その場が大きく爆発を起こした。

 抉れ飛び散るフィールドの破片。それはリーダーと健翔を同時に飲み込む。

 数瞬の後、巻き上がった煙がリーダーの大剣によって振り払われた。

 そこには傷だらけで尚、しっかりと立つ敵リーダーの姿。そしてそから少し離れた位置に片膝立ちの健翔がいた。


「このタイミングで自爆覚悟ですか……」

「負けるつもりはない。勝つために使ったまでだ。そしてそれは正解だったみたいだな」


 片膝を着いた健翔の姿は、一目で分かるほどボロボロだ。

 コートはズタズタに破れ、愛機である片手剣型のノヴァも所々に破損が見られる。


「お前に最高ランクはまだ早い。出直してきてもらうぞ!」


 再び大剣を構えたリーダーが突っ込んでくる。もう、先ほどの魔法を使う余裕はない。


「僕たちはこんなところで躓くほど、弱くない!」

「言葉だけならなんとでも言える!」


 リーダーが目の前に迫り、大剣を振り上げる。瞬間、健翔の中で何かがはじけた。すると、リーダーの動きが急に遅くなったように見える。その速度はまるでスローモーション再生をするかのように緩慢だ。

 さらに、周りの声援がゆっくりと聞こえる。


「これはっ――これなら!」


 何が起こっているのかは分からない。しかし、これがまたとないチャンスであることだけは確かだ。

 健翔は膝に力を入れ、体を持ち上げる。全身の怪我が痛みを発し、行動させまいと抵抗するが、その痛みは気合いでねじ伏せた。


「はぁぁああああ!」


 ゆっくりと振り下ろされる大剣。それにノヴァを合わせて自分の体の横へとすり抜けるように角度を調整する。

 次の瞬間、世界がもとに戻った。

 健翔の腕、そのコートを削ぎ落しながら振り下ろされる大剣は、地面に突き刺さって止まる。

 まさか、あの状況から躱されると思っていなかったリーダーは、その光景に驚きを持って動きを止めた。

 その隙を健翔は見逃さない。


「あぁぁぁああああああ!」


 ノヴァを渾身の力で振り下ろす。

 その斬撃は、リーダーの肩から胴体までを袈裟がけに切り裂いた。

 瞬間、フィールドにブザーが鳴り響き、試合の終了を告げるとともに、会場のスクリーンには、健翔たちが勝ったことを知らせるWINの文字が躍った。




 フィールドで喜び抱き合う四人は、会場中からの拍手を浴び、満身創痍の中、笑顔で控え室へと戻って行った。

 画面が変わり、司会と解説が今の試合のハイライトを写しながら感想を話し合っている。

 師匠はテーブルの上からリモコンを持ち上げ、電源ボタンを押した。一瞬で真っ黒に染まった画面には、大和と師匠が映り込む。

 その表情は二人ともどこか呆けている。


「本当に勝っちまった」

「両チームとも良い動きをしていたね。最後一対一に持ち込まれた時は、私も思わず鳥肌が立ったよ」

「あれが覚悟の差ってやつなのか」


 試合を終わらせた最後の攻防、それまでの試合でお互いの実力はほぼ互角なのは分かっていた。あの刹那だけ健翔が相手を上回った力こそ、まさしく少しだけ限界を超えた力だったように大和は感じた。


「そうだね。あの一瞬、確かに健翔は今までとは別次元の動きをしていたよ。もしかしたらアビリティーに目覚めたのかもね」


 アビリティー、それは人間が発現する超能力的な力のことだ。魔法とは異なり、その原理は全く解明されておらず、効果も弱いものから強いものまで千差万別である。まさしく奇跡と呼べる力である。


「マジか! あいつもとうとう能力者かよ。けどそれって限界を超えたって言わなくないか? ただの成長だろ」

「バカだね~。限界を超えた先に成長があるんだろうが。人は常に壁を越えて強くなるんだよ。大和もいつか分かる時が来るさ。超えられないと思った壁を、超えたいと努力した先に辿り着ければね」


 師匠はポンポンと隣に座っている大和の頭を軽く叩く。

 大和は腕を組んで師匠の言った言葉の意味を考え込んでいた。


「う~ん、良くわかんねぇな」

『大和は馬鹿だからね。でも大丈夫、私たちがしっかりサポートしてあげるから』

「うっせ、それほど馬鹿じゃねぇよ。勉強だってちゃんとしてんだ」

「じゃあその勉強成果を見せてもらおうか。一昨日魔法学のテストだったろ、見せてみな」

「…………まだ返って来てねぇし」

『おや、お忘れですか? 五十八点でしたね。平均より少し下ですよ、大和』


 腕を組んだまま明後日の方向を向く大和。しかし、イクリプスがしっかりと成績を告げる。

 ポンポンと頭を叩かれていた師匠の手が、いつの間にか大和の頭をガッチリとキャッチし、強引に師匠の方向へと顔を向かされた。


「次は頑張りなさいよ」

「は、はい」


 いたって普通だったはずの師匠の言葉。しかし、師匠の背後から立ち上る禍々しい気配に、大和はただ頷くことしかできなかった。


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