平井次長の幻想(後編)
お題に「夜更けの本屋」をお借りしました。
OLの律子は平井次長と米山課長の歓送迎会の二次会で、平井の愛娘であるめぐみと出会った。
「律子さんて、パパの悩みの種だったみたいですね」
未成年のめぐみは酔いどれている律子に引きながら言った。
「そうなの? 全然知らなかった」
律子はゲラゲラ笑って応じた。更に引くめぐみである。
そして、チラッと藤崎を見る。
藤崎が律子と付き合っているのを父から聞き、出先で二人が一緒にいるのを見てもそれが信じられない。
(どうしてあんなにカッコいい人が律子さんなんかと?)
随分と失礼な疑問であるが、仕方ないのである。
めぐみは初めて藤崎に会った時から彼に惹かれているのだから。
同じ「ひかれる」でも大違いな律子と藤崎である。
「めぐみさん」
一番年が近い出島蘭子が声をかけて来た。
「はい?」
めぐみは何だろうと思って蘭子を見る。
「もしかして藤崎さん狙い?」
蘭子は小声で尋ねた。思わぬ人から思わぬ質問をされ、めぐみは狼狽えた。
「そんな事ないですよ」
蘭子はクスクス笑い、
「あの二人の間に割り込もうと思っても無理よ。何しろ、課のマドンナの香先輩も勝てなかったんだから」
「そうですか」
めぐみは顔が火照っているのを知られないように俯き、溶けかけの氷しかないグラスのストローを啜った。
(そんな簡単に諦めないんだから)
めぐみは心の中で律子に宣戦布告をした。
新課長の米山が先頭に立って三次会に繰り出すところで、めぐみは帰る事にした。
「心配だから送ろうか?」
藤崎がそう言った時、天にも昇る気持ちがしたが、
「大丈夫です」
不機嫌そうな顔の律子をチラ見してそう答えてしまう。
(何やってるんだ、私……)
大きな溜息を吐き、夜更けの街を歩き出す。
未成年の女子が一人で歩くには心細い。
(パパに迎えに来てもらおうかな……)
深夜営業をしている大型書店の前で携帯を取り出した時、
「めぐみじゃないか」
聞き覚えのある声が聞こえた。
顔を上げると、そこには父がいた。
「パパ、どうして?」
「手持無沙汰だったので、本でも買おうと思ったんだ」
平井は咄嗟に嘘を吐いた。本屋なら家の近くにあるのだ。
「ふーん」
めぐみは父の優しさが嬉しくて、腕を組んだ。
「何だ、めぐみ?」
狼狽える父。めぐみは悪戯っぽく笑い、
「会社の人に愛人と間違えられると思ったの?」
「いや……」
娘にそんな事を言われて平井は動揺したが、
(娘と腕を組んで歩く。いいものだ)
鼻の下が伸びた平井はどう見ても若い愛人と歩く中年オヤジだった。
お粗末様でした。
これからめぐみの出番が多くなります。