平井次長の幻想(前編)
お題小説第二弾です。
「有給休暇」をお借りしました。
平井卓三。某建設会社の課長から昇進し、次長になった。
(これでようやくあのスチャラカ女と顔を合わせずにすむ)
平井次長は一人ほくそ笑んだ。
後任の米山米雄に仕事の引継ぎをしている時、そのスチャラカな女である律子が涙ぐんでいるのを見た。
(律子君、そんなに私の事を慕ってくれていたのか……)
律子と顔を合わせなくなると喜んだ自分が小さい人間に思え、平井は反省した。
同期の梶部係長が平井と米山の歓送迎会を開いてくれた。
(梶部……)
出世で出遅れた梶部には嫌われていると思っていたので、平井は感動した。
「平井次長の名前を穢さないように頑張ります」
米山は五回も同じ事を言い、そのたびに泣いた。
(面倒臭い奴だ)
平井は苦笑いして応じた。
歓送迎会はお開きになり、ほとんどが二次会へと向かう中、主役の一人の平井は帰り支度をした。
「二次会に行かないんですか?」
課のエースであり、律子と交際中の藤崎が尋ねた。
「家で妻と娘が待っているんだよ」
平井は照れ臭そうに言うと、駅へと歩き出す。
酔いが酷くなった米山が万歳三唱して見送る。
同じ課の香や蘭子達は引いていたが、律子は涙を流しながら米山と万歳を繰り返した。
(律子君、藤崎と幸せになれよ)
万歳をしている律子と米山をチラッと見て、平井は思い、涙ぐんだ。
(私はいい部下に恵まれたな……)
平井は顔を綻ばせ、駅に入って行った。
(めぐみは起きているかな?)
平井は一人娘のめぐみの事を思いながら帰宅した。
「早かったわね」
テレビを観賞中の妻の蘭子が首だけ動かして言う。
「ははは、そうか?」
次長に昇進した夫を出迎えないのか、と思う平井だが、蘭子の父親は専務。
今回の昇進も専務の力添えがあったからなのだ。
だから、何も言えない。
「めぐみは?」
平井は尋ねた。
「お友達と飲み会よ」
妻の言葉に項垂れる平井であった。
(めぐみはいないのか……)
平井は風呂に入ろうと歩き出した。
「お風呂のお湯、抜いちゃったわよ」
蘭子は振り返りもせずに告げた。
「いいよ、シャワーだけ浴びるから……」
また項垂れる平井である。
(有給休暇を使って家族で旅行に行こうと思ったのに、どうしたものか……)
平井は悩んでしまった。
めぐみは偶然出会った律子達とカラオケで盛り上がっていた。
「平井次長のお嬢さん、可愛いなあ」
三年目の須坂が呟いたのを二年目の蘭子は聞き逃さなかった。
「いてっ!」
蘭子が腿を抓ったのに気づき、それはそれで嬉しい須坂である。
後編に続く(ムフ)。