梶部係長の場合(後編)
お借りしたお題は「事業拡大」です。
かなり無理矢理感満点ですが、お許しください。
律子は女子会の帰りに駅へ向かう途中、梶部係長のいけない現場に遭遇した。
「梶部係長ったら、大勢人が行き交っている駅の前でガバーッて……」
律子はそこまで喋った時、背後に殺気を感じて固まった。
「私が何かね?」
梶部が顔をピクピクさせて律子を睨んでいた。
「うひ!」
律子は弾かれたように飛び退き、
「いえ、何でもありません、係長」
顔を引きつらせて誤魔化そうとする。
梶部も自分に非がある行動を律子に目撃されたのがわかったので、
「あまり人のプライベートに立ち入らないようにな」
と言うと、自分の席に行ってしまった。
「ああ、びっくりした……」
律子はない胸を撫で下ろして溜息を吐いた。
「お喋りもほどほどにね」
香が忠告する。
「へぇい」
律子は落語の八つぁんのように額を叩いて舌を出してみせる。
(ホントに反省しているのかしら?)
香は呆れ顔になった。
梶部は焦っていた。
(律子君に見られたのはまずい。弓子さんを抱きしめたのは軽率だった)
梶部が思わず昔の思い人の井野弓子を抱きしめた時、
「梶部君、ダメ。貴方には奥さんがいるでしょ?」
彼女に諭され、梶部は我に返って謝罪した。
「ごめん、弓子さん。バカな事をした……」
頭を下げて詫びる梶部に弓子は優しく微笑んで、
「でも嬉しかった。ありがとう」
「え?」
梶部はハッとして顔を上げた。すると弓子はバッグの中から名刺入れを取り出し、
「これに携帯の番号が書いてあるわ。飲みに行く時に誘って」
と自分の名刺を梶部にくれた。
「じゃあ、俺の名刺も……」
梶部が慌てて鞄を探ると弓子は、
「梶部君がかけてくれれば、番号が残るから平気よ」
と言い、去ってしまった。
(あれはどういう意味なんだろう? 俺を誘っているのか?)
思い人だった人に携帯番号が書かれた名刺をもらい、梶部は混乱していた。
(そんなはずはない。自分に都合よく考え過ぎだ)
梶部は妄想を振り払い、事業拡大のプランの草案に目を通した。
「係長」
すると神妙そうな顔の律子が机の前に立った。
「何かね?」
梶部はギクッとして律子を見上げた。
「さっきはすみませんでした。奥様と仲がいいのが意外だったので、その……」
律子は頭を下げてそう言った。
「え?」
梶部は律子が自分の妻の顔を知らないのを思い出した。
(考えてみたら会社の人間と女房は面識がなかった)
ホッとしたと同時にこれは警鐘だと思う梶部である。
(弓子さんにはお詫びの電話を入れておこう)
妻と話し合いをしようと思う梶部だった。
毎度お粗末でございました(テケテンテンテン♪)。