平井と梶部(後編)
お借りしたお題は「青春のお荷物」です。
カラオケボックスを出た梶部は不倫相手である井野弓子に会おうと思った。
平井に非難されたせいで、余計に彼女との関係が大切に思えたのだ。
「待て、梶部。浮気相手に会うつもりか?」
平井が追いかけて来て言った。
「何故そう思う?」
梶部は上司と部下の関係を忘れ、同期として平井に尋ね返した。
「私がそうだったからだ。ムシャクシャした時、よく真弓に会いたくなった」
平井が詰め寄った。すると梶部は、
「薄汚れた中年オヤジが部下とする浮気と、青春時代の憧れの人とする真剣な恋を一緒にしないでくれ」
射るような目で平井を睨んでそう言うと、踵を返して歩き去った。
(そこまで本気なのか、梶部……)
平井は呆然として彼を追いかけるのを忘れた。
「そうだ」
平井は何かを思いついて、携帯を取り出した。
梶部は平井が追いかけて来ないのを確認してから弓子の携帯に連絡した。
「どうしたの、こんな時間に?」
弓子に言われて梶部は腕時計を見た。もう深夜の十二時を過ぎていた。
「会いたい」
梶部は絞り出すような声で告げた。
「嬉しいけど、今からだと一時過ぎちゃうわよ?」
「それでもいい」
梶部は携帯をギュッと握り締めて言った。
「わかったわ。じゃあ、いつもの場所で」
弓子は声を弾ませて言い、通話を終えた。
梶部は舗道を足早に歩いた。
(弓子さん……)
彼の顔は紅潮していた。
二人の待ち合わせ場所は終日営業のファミリーレストラン。
先に着いたのは弓子だった。彼女は店内を見渡し、梶部の姿がないのを確認すると一番奥のボックス席に座った。
そこが二人の「いつもの場所」だった。
「井野弓子さんですね?」
聞いた事のない男の声が聞こえた。
「はい?」
弓子は声の主を見た。声の主は平井だった。
弓子は梶部に見せてもらった会社の慰安旅行の写真で平井の顔を見知っていたので、
「平井さんですか?」
平井は自分の事を弓子が知っているとは思っていなかったのでギョッとしたが、
「はい。梶部と同期の平井です」
スッと向かいの席に座った。弓子は何となく察していた。
「梶部君の奥さんに頼まれたのですね?」
「はい。貴女と親友だったと聞きました」
平井は辛そうな顔で言った。
「そうですか」
弓子も悲しそうに俯く。
「梶部は来ません。奥さんと家に帰りました。彼の家庭を壊さないでください」
平井がテーブルに額を擦りつけて言った。
「わかりました。もう彼とは会いません」
弓子は涙を一粒零して応じた。
「申し訳ない」
平井は顔を上げて詫びた。
ちょっとスチャラカじゃなくなってしまいましたね。