平井と梶部(中編)
お借りしたお題は「やさしさエンドレス」です。
カラオケボックスにいきなり現れて梶部係長を殴りつけた平井次長の鬼気迫る様子にそこにいた律子を除く全員が息を呑んだ。
「見損なったって、どういう意味ですか、次長?」
梶部は殴られた頬を撫でながら起き上がった。
「ここじゃ話せん。ちょっと顔を貸せ」
平井は部屋の外に出て行った。梶部は首を傾げたが、いつもヘラヘラしている平井が妙に真剣な顔をしているので只事ではないと思い、彼に続いて部屋を出た。
「どしたの、みんら?」
酔いどれている律子はニヤニヤして一同を見渡した。
「お気楽なんだから」
香は溜息混じりに呟いた。
平井は誰も入っていない部屋のドアの前まで行くと梶部を睨みつけた。
「お前、何を考えているんだ? 奥さんが泣いていたぞ」
突然そんな事を切り出され、梶部は心臓が止まりそうになったが、
「何の事ですか、次長?」
平井は梶部を睨みつけたままで、
「次長はよせ。お前、浮気してるのか?」
梶部の顔が引きつった。
(女房には気づかれていないと思っていたのに)
嫌な汗が身体中から噴き出すのがわかる。
「ああ、浮気をしていますよ。それが何か?」
「何だと!?」
平井がまた拳を振り上げたので、梶部はそれを制して、
「同じ課の真弓君と三年も不倫していた貴方に言われたくないですね、次長」
皮肉な笑みを浮かべる。しかし平井は、
「だからこそ、女房がどんな気持ちになるのかわかるんだよ! 取り返しがつかなくなる前にやめろ」
梶部の手を振り払った。梶部は自嘲気味に笑って、
「貴方にそんな説教をされるとは夢にも思いませんでしたよ。何かアドバイスしてくれるかとは思いましたけどね」
「俺は真面目に話をしているんだよ。茶化すな!」
平井は梶部の襟首を捩じ上げた。そして、
「相手は誰なんだ? 奥さんは心当たりがあると言ってたぞ」
梶部の笑みが止まった。
(女房は弓子さんを知っているんだった……)
そして、ある決意をした。
「相手は昔好きだった人です。女房とは離婚するつもりですから、やめませんよ。失礼します」
梶部は平井を押し退けると、そのまま受付まで行き、そこまでの精算をすませて帰ってしまった。
「次長」
心配になったのか、藤崎と香がやって来た。
「楽しい時間を邪魔して悪かったな。めぐみの分は私が払うよ」
平井は一万円札を無理矢理香に渡すと店を出て行った。
「何があったんでしょうか?」
藤崎が香に尋ねた。
「わからない。次長があんなに怒ったのを初めて見たから」
香は腕組みして首を傾げた。
ちょっと無理矢理でしたね。申し訳ないです。