梶部係長の場合(前編)
沢木先生のお題に基づくお話です。
「インターカレッジ」をお借りしました。
律子はスチャラカなOLである。
今日も朝から梶部係長に呼びつけられた。
「君は会社を何だと思っているんだ!?」
梶部係長は、平井課長が次長に昇進するので、今度こそ課長になれると思ったのだが、別の課から異動して来た米山米雄という年下にその座を横取りされた。
本当は米山の妻が専務の姪だという事を彼は知らない。
彼は二度も縁故採用で伸し上がる人達の踏み台にされたのだ。
(毎日これだけ説教しているのにどうして全然反省しないんだ!)
梶部は律子を説教する事にストレスを感じ始めていた。
そして今日も憂鬱な思いだけが増え、帰宅する。
「あら、梶部君じゃない?」
駅の改札を通り抜けた時、女性に声をかけられた。
「どちら様ですか?」
梶部はその女性に見覚えがなかったので、苦笑いして尋ねた。
「そうよねえ、あれから二十年以上経つんですものね。わからないよね」
女性はニコッとして首を傾げた。
「あ……」
その時、梶部の記憶の糸が一気にほぐれた。
「もしかして、ユーミン?」
梶部の顔が綻ぶ。ユーミンと呼ばれた女性は照れ臭そうに顔を俯かせて、
「まだそのあだ名で呼んでくれるんだ。嬉しいな」
「やっぱりそうなのか。相変わらず奇麗だな、弓子さんは」
梶部は心からそう思った。
井野弓子。大学時代、インターカレッジの集まりで知り合った女性だ。
梶部は猛アタックしたが、弓子は他の男と結婚してしまったのだ。
(あれが俺の人生の分岐点だったのかな)
「やめてよ、梶部君。もうお互い人生折り返してるんだから」
弓子は顔を赤らめた。
(可愛い……)
梶部にいけない発想が浮かんでしまう。
「今は何をしているの? 専業主婦のまま?」
梶部は弓子が着ている紺のスカートスーツを見ながら尋ねた。
「主婦は五年前に卒業させられちゃった」
弓子がテヘッと笑って言ったので、
「まさか……」
弓子は梶部に左手を見せて、
「この通り、独身よ」
それを見た梶部は弓子を飲みに誘った。
そして互いの現況を報告し合った。
「また誘って、梶部君。あ、でも奥さんに叱られちゃうか?」
弓子が目を潤ませて言ったので、
「大丈夫さ。女房とはもう……」
梶部はそう言って思わず弓子を抱きしめてしまった。
「梶部君……」
好きだった女性と思わぬ再会。
相手はバツイチ。
出世をできない自分も妻との生活は破綻している。
二人のいけない関係が深まるには時間はかからないだろう。
「またつまらぬものを見てしまった」
それを律子が目撃していたのを梶部は知らない。
後編へ続く(ムフ)。