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4話 「変化:その2」

 センター試験を終えて、太一の高校ではいよいよ受験勉強も佳境を迎えていた。センター試験の結果が上々だった者は、第一志望合格への希望が現実になり勉強に燃え、芳しくなかった者は焦りから、もしくは慌てて私立への進路変更を余儀なくされ、やはり必死に机にかじりついていた。私立受験組も、早ければ二週間後には前期試験が控えている。

 太一もやはりその空気に当てられ、休日の昼間から自分の部屋に籠り、机と向き合っていた。窓からほのかに暖かい陽光と、冬の寒さの中でも元気に走り回る子供達の活気が飛び込んでくるのを感じながら、太一はシャープペンシルをノートに走らせる。昼間の住宅街は車の交通量も少なく、毎日のように、家々の間の車道で縄跳びや、訳もなく外で携帯ゲームをする子供達がいた。

 シャープペンシルを赤のボールペンに持ち替えると、ふと太一の脳裏に昔の光景が蘇った。太一が小学生になったばかりの頃の思い出だ。




 公園の砂利の上で、太一が片方、桜と楓がもう片方に別れて、ゴム製のボールを蹴り合っている。

 太一が足で軽く押さえつけたボールを楓の方へ蹴り返した。ボールは三味線を弾いたような独特の音を出して楓の足元へ転がる。

 楓は小さな右足で器用にボールを止めると、一歩大きく踏み出してボールを蹴った。蹴られたボールは先ほどより少し軽い音を上げて、太一の左足に当たって止まった。

「へー、楓結構やるじゃん」

 太一が両足で足元のボールを遊ばせながら言った。

「あたりまえじゃん!お兄ちゃんより上手くなるもんね!」

 楓が得意気に胸を張る。実際、楓は同年代の男の子よりも抜群に運動が出来た。楓が通う幼稚園の鬼ごっこでは、「楓ちゃんは鬼になっちゃいけない」というルールが作られてしまうほどだった。

「むりむり!サッカーは蹴るだけじゃなくて、走ったりフェイントかけなきゃいけないんだから!」

 太一はそう言いながらボールを蹴りだし、助走を付けて右足で蹴ろうという瞬間、素早く体勢を変え、足を交差させるように左足でパスを出した。ボールは桜の方に向かっていく。

 二人の様子をぼうっと眺めていた桜は、「え、え?ああ、えっと」と言いながら足や体勢を色々と動かす。なおも跳ねながら近付くボールを見た桜は、思い切り目を瞑り、右足を後方へ高く上げた。

「あ、おい…」

 太一が呼び掛けた時にはもう遅かった。

「うひゃあっ」

 公園に間の抜けた悲鳴と、右足が蹴り上げた微かな砂埃が舞った。

 尻餅をついた桜に楓が駆け寄る。頭を打っていない事を素早く確認すると、桜の手を取って立たせる。

「もう、何やってんのよ桜!ちゃんとボール見て蹴らないとダメじゃん」

「えへ、だって急にボールが来たから」

 服に付いた砂を楓に叩き落とされながら、桜は困ったような顔で笑った。

「そりゃパスしたんだから来るのは当たり前だろー」

 太一が呆れ顔で言うと、桜はパッと顔を輝かせて、

「にいちゃん!ちゃんとボール蹴れてたー?」

「いやいや…」

 太一が苦笑しながら桜の後方を指さした。ボールははるか向こうの壁にぶつかって止まっていた────。


 


 太一は、いつの間にか答え合わせの手が止まっている事に気が付いた。どこかへ移動したのか、外の子供達の声は聞こえなくなっていた。

 太一は軽く伸びをして再び問題に取り掛かるが、どうしても捗らない。ノートの数式に大きく付けた赤い丸を眺めて、ぼんやりと考えに耽った。

 そういえば、最近桜と話してないな。

 太一の方から何か明確に拒絶した訳ではなかった。激化する受験勉強に徐々に時間が取れなくなり、その様子を見た桜も強く迫れず、いつの間にか会話が無くなっていった。

 太一にとっては桜が少し気がかりではあったが、日々の忙しさや、元々自分への過度な依存を憂えていたこともあり、これが本来あるべき兄妹の関係だと思ってさえいた。

 隣の部屋から物音が聞こえ、太一は思わず聞き耳を立てる。しばらくじっと耳を澄ましていたが、それ以上は何の音も届かなかった。

 無意識に桜の事を気にかけているのに気付いた太一は、頬を両手で思い切りはたくと、椅子から立ち上がった。クローゼットから上着を無造作に取り出して羽織ると、部屋から出た瞬間に姉妹の部屋を真っ先に見た自分に嫌悪しながら、家を後にした。

 外は真冬には珍しい快晴の陽光と、冷たい風が混在していた。太一は春のように朗らかな日差しが差す車道を通り、冷えた闇が満ちた家の影を抜けた。

 太一の足はやはり無意識のうちに、あの時にいた公園へと向かっていた。

4話はまだ続くんじゃ。

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