溺れる
彼女はながい髪を持っている。
黒くて艶やかな、そう、流れる滝のように神々しくも美しい髪を。
しかし彼女はその髪にまったく頓着しない。
めんどくさければきちんと乾かさずに寝るし、纏めるときも適当だ。
なのに傷むこともなく、いっそ不思議なくらいに美しい。
彼女は丸まるように、寝転がっていることが多い。
今日もまた、いつものように俯せていた。
例のごとく構わない髪は、背から彼女を抱くように覆っている。
その姿は、彼女がそのながくて多い髪に溺れているようにも見えるのだ。
いつもは上から下へと流れるように落ちている黒髪が彼女に絡みつくようになっている様は、まるで髪が彼女に執着しているようにも見えた。
その姿勢のまま、彼女はこちらを見上げ、
「葉ちゃん」
と、僕を呼んだ。
小さく、呼んだのか呟いただけなのかわからない。
そうして気だるげに上半身を起こすと、髪は、彼女の体を伝うように滑った。
「髪、切って」
甘えるように、彼女は頼む。
「どうして」
「失恋したから。髪、切って」
僕はひっそりと笑った。
いつも失恋したと彼女は言うのだ。
いったい誰が君を袖にしているのか、世界は広いものだ。
「どれくらい?」
「この辺りまで」
と、首の下辺りを手で示した。
「嫌だね」
「けち」
彼女は、時々、その髪を厭うように切ってくれと僕にねだる。
彼女はその髪に溺れるのを怖がっているのかもしれない。
しかし彼女は、僕以外の者に、きってくれと甘えることはしなかった。
でも僕は彼女の髪を切ることはしないのだ。
なぜなら、僕は願っているからだ。
渇いた喉が水を欲するように、悲しいくらい、切実に。
君に。そのながい髪に。
溺れたい。




