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短編ホラー

東風-上方

作者: 壱原 一

今年は東風ひがしかぜが良く吹いているので屋外上方(じょうほう)のお化けが活発ですね。


何と言ってもず、あちらこちらの住居の屋根には、東風に吹き扇がれて成す術なく舞い下りたお化けらが、雨に打たれ風に吹かれ陽にも霜にも焼かれながら健気に軒のふちを目指し、漸く辿り着いた岸辺に押し合いし合い横列して、住人や訪問者や通りすがりの人達がふと上を見上げてれるのを不断の指向性で以て待機していますね。


余りに長く誰も見上げなくて下りられずにいると、そのうち土埃や苔に融けて雨粒と一緒に滴り落ちたり、風に乗って飛び散ったり、建材の隙間から染みて屋内へ滲出しんしゅつしたりしていますね。


それから屋根と似た所として高い建物の屋上では稀に、思い掛けず落ちたり落とされたり自ら落ちたりした結果のお化けらが屋上の縁から乗り出して、下りようとする指向性と落ちまいとする指向性とを併発させ、縁をしっかり握り締めながら蜘蛛の糸の様に首を長くして盛んに下りようと指向する頭だけ地上へ下ろしていますね。


体はずっと屋上に居ますね。


顔は決まって地に伏していますね。


幾本も首を長くしているお化けらの居る建物は遠目に髪の毛の様ですね。


或いは均一に干されて乾燥するのを待っている素麺の群れの様ですね。


東風が良く吹いていると穏やかにそよそよなびくので、無性に妹が思い出されて気付けばぼうっと見入っています。


こう言う時機に宗教施設へ参詣や礼拝等に赴くと、多くの場合寄り添ってあらたかなご加護を賜れますね。


けれど些かの信心も無い宗教施設で迂闊に信仰を捧げると、思ってもみない霊験を授けられ難渋する事もありますね。


先般、日頃せわになっている職場の先輩に誘われてパワースポット巡りの日帰り旅行へ繰り出しました。


一環で界隈に疎い自分は寡聞にして初耳の宗教施設の集まりへ参会しました。


内容は至って健やかでした。


すっきりした味わいの甜茶てんちゃともったりした練り切りの様な舌触り且つ抹茶に通じる苦みを帯びた漢方薬のお団子を頂きながら、人と人との交流や結び付きの促進を願って手近に出来るアクションとして挨拶運動やボランティアや募金等の計画が話し合われていました。


施設は敷地内を東西南北に走る十字路の北東の一画に建っていて、締めに当該の宗教が信仰する対象にお祈りを捧げた後、全員が施設から出て1人ずつ十字路の中央に立ち足元の路面を見下ろして散会しました。


路面を見下ろしたら上空を見上げず、過程で体験する一切を口外せず、自らの心の中へのみ大切に納めるよう求められましたが、その時からあまねく十字路を通ると欠かさず足元の路面に大の字の巨大な人影が差します。


晴れの日はくっきり黒々と、曇りの日はぼんやり広々と、雨の日は雨滴うてきの波紋をまとって常にぴしっと両手足を開きぴくりとも動きません。


まるで真上に巨人が居て此方を追跡しているかの如く両手足を広げた人影が十字路中ずっと現れます。


十字路を通り終えるとき自然に瞬きしたくなって、した後は忽然と消えています。


一度どうしても気になって瞬きをこらえてみたところ、十字路を通り終えるとき見開いた目の表面にあたかも生姜の繊維みたいな柔いもしゃもしゃが張り付く感じがして、堪らず瞬きして仕舞い、人影は忽然と消え、数週間ひどい角膜炎を患ったので以後はあるがままに任せています。


あんなに大きな人影に誰一人見向きもしません。


それが不満で口外せぬよう言われていたのに全部あかしてしまいました。


東風が良く吹いているので、屋外上方が活発で、つい明かしたくなりますね。


こうなるともう思い切って十字路で見上げたくなりますが、多分あれはお化けではないから下りる指向性を示さず、見下ろす指向性を示していて、此方が見上げようものなら一層しっかり見下ろされ双方向になりそうですね。


指向性が開通して行き来できるようになりますね。


他の時機ならいざ知らず、如何せん東風が良く吹いていて、屋外上方が活発なので、そんな時機に見上げて仕舞ったら愈々(いよいよ)あとがいけませんね。


我慢するしかありませんね。


事態を相談したくて先輩に話し掛けたものの、先輩は気不味げな顔で言葉を濁して避けるばかりで、此方が業を煮やすより早く付き纏い行為を止めるよう厳重注意を受けました。


それなら自分で調べようと旅行の記録を見返すと、メッセージや写真のアプリから改めてログインを求められ、応じてログインしてみたら旅行の記録だけ消えています。


写真のデータが1つだけ写真アプリに残っていて、それは確かにあの施設で最後に十字路の中央に立ち足元の路面を見下ろす自分を先輩が撮った呉れた物ですが、撮影日時はn年前で背景に家族が揃っていて今の職場に就く前で先輩と知り合っていません。


これは自覚なきまま脳なり神経なりを病んでいると合点して病院の予約を取り先輩にその旨を添えて誠心誠意謝ったところ、先輩から人目をはばかる風に職場の階段の踊り場へ連れ出され、気を強く持って頑張れと痛ましそうな顔で言われ、行き成りぎゅっと抱き竦められて慌ただしく去られて仕舞いました。


けれど以降また避けられているので記憶違いかもしれません。


どうでしょう。分かりません。


不安が増して心許なく休職を視野に入れた療養を要する可能性があると実家の家族らへ連絡したのに一向に誰も反応しません。心配になって片道3時間の実家へ向かう新幹線を予約して駅へ急ぐ道程で必ず通らざるを得ない十字路の路面に大の字の人影が差しています。


今の時季の陽の差し方の所為か更に大きくなっているように見えます。


ぶつかって仕舞いそうに感じ急いで十字路を通りますが同じ速さで付いて来るので全然意味がありません。


家族の誰からも反応がない穏当な理由を捻り出しながら足早に実家へ着くと、其処には古い文房具店が建っていて実家は建っていませんでした。


実家の住所を地図アプリで検索したのは初めてです。現在地と位置アイコンがアプリ上でぴったり重なり、貴方の実家は古い文房具店だと分かり易く教えて貰いました。


ちょっと良く分からなくなって古い文房具店から後退あとずさり道の半ばで親の携帯に電話を掛けると上空で着信音が鳴ります。


「えっ」と見上げたぐ先に俯せで人の形に絡んだ5人の家族らが居ました。


祖父が胴になり右腕に父、左腕に母、甥が頭に居て、姉が右足に義兄が左足で自分の居場所はありませんでした。


悲しく惨めな気持ちに深々と胸を貫かれ涙ぐみながら家族らを見上げ納得できずに震えます。


すると祖父がぱかっとお腹を開けて、中にもうn+m年前に高い建物の屋上から自ら落ちて以降は屋上から首を長くしていた筈の妹が膝を抱えて横向きに座り顔を此方へ向けた口から着信音を上げて自分を呼び寄せて呉れていました。


他の家族らも花開くように大小縦横に口を開けて融合した一つの着信音を上げ自分を呼び寄せて呉れます。


今までずっと上に居たのは何の事はない家族でした。


自分を呼び寄せて呉れていて遂に自分が帰宅したので此処で向き合えたのでした。


東風が良く吹いていて、屋外上方が活発な時機に、些かの信心も無い宗教施設で迂闊に信仰を捧げると、こう言う灼たかな霊験を授けられる事がありますね。


思い返すと先輩は旅行に誘って呉れたのとは全く別な人の様で、気さくで親しみ易いけれど時々みょうに距離が近くて得体の知れない印象から何時も気落ちしている後輩を旅行へ連れ出して呉れてもそう可笑しくはないだろうと体裁を求める脳味噌がこじつけたように思います。


実際旅行に誘ったのは、n年前宗教施設の十字路で妹に先立たれた悲嘆に暮れ心底から信仰を捧げた家族全員を召し上げられて受け入れ難く逃げ帰り仕方なく綺麗に忘れて2度と関わらず生きていこうと決めたのに結局さみしくて会いに行ってちゃんと迎えに来て貰えた自分のn年前当時の残影でした。


見下ろすあちこちに掲げられた看板や電柱や風見鶏や洗濯物なぞに、吹き扇がれて舞い下りて下りる術の無いお化けらが、何の指向性も示さずあるがまま靡くのが見えてきます。


家族みんなと繋がって用件の済んだ通話を切り、急いで病院をキャンセルして、もうやめますと伝えました。


信心はとても大切ですね。


東風に吹き扇がれて舞い上がって行きます。



終.

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