数字
「そう。だからこれ、売っといてくれます?もし俺の計画が上手く行けば…貴方ももうこんな退屈な仕事なんてしないで済むし、苦しまず死ねるんですよ。」
「そ、そんなこと言ったって…」
とある100均での店員と男の会話。オレンジの毛が長く肩の下まで垂れ下がり其の男の肌は真っ青だ。瞳もまるでつき刺さるようなオレンジ色をしている。店員はその男に突然そんなことを話しかけられ、怯えた表情で必死に言い返した。
「まぁー、赤の他人なんて信じられないですよね。俺も赤の他人は信用出来ません。でも、表情、態度で分かることがひとつだけあります。なんだと思います?」
視線を手元に落とす仕草。常に泳いでいる瞳。小さな声。反論の下手さ、無駄にニコニコしている接客。この男は店員の全てを外側から観察していた。青い触覚の生えたようなデザインに、紐が垂れたボロの様なヘアバンド─に、傍からみれば見える悪魔。
男は店員に黒色のヘアバンドを手渡した。
「弱者か、強者かですよ」
「…えっ、」
「死にたいんでしょ?きっとうまく行きますから」
「はい!今日の配信はここまで~!」
生配信。停止ボタンを押して1時間以上長引いた配信を止めた。視聴者数もいいね数も、何もかも伸びない。
「全然ダメだ…オイ、言葉繰り返すだけじゃなくてお前なにかできねぇのかよ?」
俺は昨日台風の中足に引っかかった喋るヘアバンドの悪魔の触覚に触ってグイグイと引っ張った。悪魔は身体に力を入れることすらなく、「お前なにかできねぇのかよ?」とまた復唱する。
「あ゛~~~~~~~~…」
俺は深い溜息を吐いてはたった数分経つ度に通知欄を更新するが、どれだけ何度読み込んでも青色の枠が増えることは無い。
配信をしていると自然と、配信するためのアプリを入れる必要がある。オススメに流れてくるのはどれも有名な配信者ばかりだ。
コスメ系、ドッキリ系、ホラー系、実験系、実況系、歌ってみた系…どれもこれも見覚えのあるものばかりでつまらない。
「何でこんな二番煎じみてぇなモンばっかり流行るんだか。顔で売ってんのか?歌い手とかは。俺は目がちいせえし、すげぇブスだからそれだけで売れねぇってこと?」
勿論、顔だけの問題ではないことはわかっている。在り来りで見覚えがあるなんて思いつつも、世間じゃそんなのばかり流行り続けるのだから仕方ない。俺は単に、他と被るのが嫌という理由で近所の店を歩くだけの配信をしていた。─が、自分でもわかる。見るまでもなくつまらない配信内容だということに。
白ベースに紫色のメッシュが細かく入った髪をガシガシと掻いては、また深く溜息を吐いた。
「せめてイケメンになれたらな…」
そんな言葉を吐き出しては、白いヘアバンドの悪魔は言葉を復唱して、布が大きくなり俺の顔に覆い被さる。
「うわっ?!何だよ…!」
「うわっ?!何だよ…!──────じゃないよ。鏡、見てごらんよ」
え?コイツ、言葉を話せたのか?いやそんなことよりも、俺は今何をされたんだ。恐る恐る、洗面台まで行って鏡を覗き込んだ。すると、肌は薄い青色へ変化しているが、明白に顔が整っていたんだ。小さな瞳はパッチリと大きくなり、汚かった肌もツヤツヤになっている。低い鼻は高くなり、コンプレックスだった小さな口も大きくなっていた。いかにも流行りそうな顔だ。
「これなら………バズれるんじゃね?!」
「ケケケケケ…」
悪魔は小馬鹿にしたような笑い声を上げるが、俺は直ぐにでも【ブスな俺が悪魔にイケメンされた件www】というタイトルをつけて生配信を始めた。
「はいどーもー!茄子川 紫月でーす!いやぁ俺さ、みんなが知っての通り圧倒的なブスだったんだけど、この悪魔に出会って顔面変わりました~笑」
「見てみて~」なんて白いバンダナの悪魔を配信画面に映すが、少しばかり増えたと思っていた視聴者は其れを見せられた途端、ぽつ、ぽつ、と消えていった。
〝いや、嘘だろ?〟
〝おもんな〟
〝悪魔w〟
〝いよいよこれ系に走ったか〟
〝どれ?ただのボロいヘアバンドにみえるw〟
どうしてだ?ちゃんと顔が描いてある。配信中の俺の言葉だってこの悪魔は復唱しているのに。もしかして、見えてないのか?
「いやいや笑信じてくれよ、ほら喋ってんじゃん。………ほら、今!俺の言葉しつこくオウム返ししてくんの。でも、顔良くなりてぇ的なこと言ったら突然こいつが動いて、それで気付いたら─」
長々と必死に説明を続けたが、SNSの引用で悪口を書かれるばかりで、話しているうちに視聴者数は0人になってしまった。
「…は?なんで?!ふざけんなよ!」
「…は?なんで?!ふざけんなよ!」
「それはこっちのセリフだっつーの!お前声小さいんじゃねぇの?誰も信じてくれなかったぞ?!」
俺は怒りに身を任せて勢いよく配信画面を切り、スマホを地面に叩き付けた。細い声でケタケタと笑う悪魔。
「なぁんか悪口言われてるネ。顔が良いだけで売れるとは限らないよ。だって、内容が面白くなかったらネットの玩具にされるだけなんだって。」
「じゃあどんな配信しろって?二次創作みてぇな配信は嫌なんだよ、そんなのでバズっても嬉しくねぇ。」
「つまんない今までのアップしてある動画、バズらせてみようか?」
悪魔が一言、俺にそう言うと、白いライトのスマホの画面が真っ青なライトへと変化し、薄暗い部屋を照らすように光った。片目を擦りながら画面を覗き込むと、配信アプリにアップしてあった数回再生の動画の数字が、目を疑う程の数字へと跳ね上がっている。
「10、10…万回再生?!」
数字がそれだけ跳ね上がった分、チャンネル登録者数もいいね数も数が格段に上がった。─もしかして。そう思って画面を変え、SNSの自分のプロフィール欄に飛ぶと、フォロワー数が53から、3201人にまで増えていた。これは…
最っ高の気分だ…!
「オイオイマジかよ、こんなに一気に人気になるとか!俺が?!この俺が?!」
そうして俺はその画面をスクリーンショットして、フォロワー数に向かう集中線の加工をした後、【3000人フォロワーありがとう!目指せ1万人w】と呟いた。その投稿へのいいね数も、投稿して数秒でグングンと上がっていく。
然し…だ。タイムラインに流れてくる有名人のフォロワーは、1万人どころじゃない。何十万が当たり前みたいに振る舞う世界。急に伸びたと言っても、俺には到底届かない世界だった。
「なァ、シヅキ。」
「あ…?」
「もっともっと、数字が欲しくない?」
数週間後の朝食中、顔立ちが変わった俺に触れることすらせず、会話もせず、ただ自分が作った豆腐丼という名の豆腐を醤油に混ぜ、潰した後白米に乗せただけの、手抜き料理を口に含む。まぁまぁ、悪くはない味だ。目の前に座る父親は、咀嚼音と食器音だけが響く静かな部屋で、ずっとスマホを見ている。
「なぁ、父さん…俺、これから有名人になるんだぜ?今のうちに自慢しといた方がいいかもしんねぇよ?」
そう笑顔で話しかけて見たが、返答されることは無かった。ただ気不味く、時間が過ぎる。俺は直ぐに黙って、食器を手に持ち、台所に片付けた。俺の親は─無関心型の毒親らしい。
昔から学校で親の話をすると、毒親だと周りに言われてきた。毒親…だとは思わない。俺からしたらそれが普通だったから。子にとって1番認められたい存在に値する、親。其の親に興味すら持たれずどうでもいいと言われているような態度を続けられた結果…周りからはイタいと言われるような〝承認欲求オバケ〟になってしまった。まぁこの認識も、最新のチャットAIに聞いてみたもので、俺はそんな自覚を全くしていないのだが。
「学校、行ってきます」
静かに報告をして、俺は高校に向かった。学校ではもう進学、就職の時期だ。周りは皆必死に勉強しているのに俺は今日も担任に呼び出され、校長室まで呼ばれる。
「オイ。紫月、いつになったら髪を黒染めするんだ?」
「いやだって、俺配信者やってるから。配信者じゃ派手髪なんて普通っすよ?現代に着いて来れねぇって感じ?」
ヘラヘラと笑って、校長に嫌味ったらしい毒を吐く。
「はぁ、それとさぁ…整形までしただろ。」
「整形じゃねぇよこれは特別な力で─」
「もういい、帰れ。お前みたいなやる気のない生徒は学校に通わせるまでもない。頑張っている生徒の邪魔だ。はい、さようなら」
溜息混じりの諦めた声音で校長は俺を校長室から押し出した。先生は帰れと言いながらも強制的に帰らせることは滅多に出来ないらしい。其れを知っていながら、「帰れと言われたから帰った」をいつも通り言い訳にして素直に家に帰る。
「あー…フォロワー数どれくらい増えたかな」
そんな事ばかりを気にして、俺はまるで学校のことなんて気にしていなかった。やがて家に帰ると、ヘアバンドの悪魔を軽く撫でてからスマホを開く。フォロワー数、3193…
「は?減ってんじゃん」
また〝数〟でイライラしてしまう。無理もない、もしかしてフォロバ目的なのか?ろくでもない奴らばかりでネットは溢れかえっていて、本当に嫌気がさす。
「数字を貰うためにお前が提案した自傷系、視聴数はめっちゃ上がるけどフォロワー数減ってるし、アンチコメント大量にきてんだけど。」
文句をタラタラと悪魔に話すと、悪魔はニヤリと笑った。
「ビビって腕とか浅く切るだけなんだもん、そりゃあ伸びないよネー。」
「ふざけんな!じゃあどうしろっていうんだよ!伸びるためにならなんでもしてやる!」
「…なんでも?」
ニタニタ笑いで、悪魔は此方を見てくる。俺は迷うことすらせず、ただ一言「おう」と頷いた。
そして、今夜。
「はいどーもー、茄子川 紫月でーす」
〝でたw〟
〝顔死んでる〟
〝何?今夜有名人になりますってタイトル〟
〝何回目?〟
〝カマチョ茄子www〟
そんな嫌味なコメントが流れるのを横目に、俺は立派な包丁を配信中に研ぎ始めた。そして、切れ味が良くなったであろうタイミングで、其の刃物を首元に当てる。
〝え?〟
〝何してんの?〟
「今から死にます笑」
そう言葉にした途端、SNSの拡散通知がスマホ画面の上から何通も何通も送られてきた。配信の視聴者数は3万にたどり着こうとしている。チャンネル登録の通知も、DMやリプの通知も鳴り止まない。コメント欄は嘘みたいに流れるのがはやくなっていった。最早、目で追えないくらいに。
〝本気?〟
〝死ぬなら早く死ねよ〟
〝え?またこれ?wカマチョ茄子君、それ飽きました〟
〝住所特定しました〟
〝はよやれ〟
〝悪魔に寄生されてからおかしくなった男ナンバーワン〟
〝そしてイケメンになった男↑〟
〝まだ?〟
〝やれるならやってみろよ〟
〝カマチョ茄子〟
ブシャッ!!!
深く刃物を沈ませた首からは、青い血液が飛び跳ね部屋の壁を染めた。
〝え?マジ?〟
〝AI?〟
〝通報した〟
〝通報しました〟
〝ニンジンの為に死ぬナス、哀れ〟
〝どっかで聞いたことあるのに思い出せんw↑〟
〝住所→ 〇〇県△△市〇〇 ✕✕✕✕-✕ 〟
〝通報したった〟
〝これマジ?〟
〝ちょwお前有名人じゃんwww〟
〝これは助からん出血量……w〟
俺は片手でピースをしながら、何度も何度も首を傾けて刃物に肉を沈ませた。ヘラヘラと笑う顔、視聴者数─5.6万人
俺、有名人じゃん。最初からこうすればよかったんだ。通知とまらねぇw
そうして俺は、大きな音を部屋に響かせて画面外に倒れた。どの通知も鳴り止まず、完全に息の根を止めた後にもどんどんと増えていく。部屋に映った白いバンダナの悪魔は、出た青い血液をゴクゴクと飲み込んで、やがて、白と紫の混ざった柄の悪魔へと変化した。
〝え?あれ動いてね?なにあれ〟
〝まさかマジで悪魔いたの?〟
〝血も青かったし。普通にフェイクかと思った〟
そう綴られていくコメント欄。悪魔はニヤッと笑って画面いっぱいに顔を近付ける。
〝よくやった。次はいよいよ世界だね〟
その、変わったコメント。それを見て悪魔は一言だけ配信中に皆に聞こえる声を出した。
「俺は自由になったんダ」