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03. 『理想』の天使

「ぷ、ぷろもーしょん…?」


天乃 美琴は、オウムのようにその言葉を繰り返した。彼女の美しい顔には、純粋な困惑だけが浮かんでいる。


「そうだ。プロモーション。マーケティングと言い換えてもいい」


神薙 輝石は、苛立ちを隠しもせずに断言した。


「あんたたちがやっていることは、自己満足の慈善事業だ。いいか、今は時間がない。48時間以内に、目に見える形で結果を出さなければならない。即効性のある施策が必要だ」


彼はホワイトボードに書かれた美琴の施策案――『人々の心に寄り添い、日々の小さな幸せを祈る』――を、マーカーで無造作に打ち消した。


「あんたのその施策は、中長期的な満足度の改善には有効かもしれない。だが、48時間後の『いいね』獲得数というKPIに対しては、貢献度ゼロだ。無意味なんだよ」


「で、ですが、それが私たちの…」


理想(ビジョン)、それとも理念(ミッション)か? そんなものは、会社が潰れてから好きなだけ語ればいい」


輝石は冷たく言い放つと、再びホワイトボードに向き合った。そこに書き出された天界の『制約事項』を、指でなぞりながら思考に沈む。


・人間界への物理的干渉:可能(職員の派遣、天候操作など)

・倫理規定:社会倫理に反する行為は不可(基準は曖昧)

・精神操作:不可


(精神操作ができないのは厄介だが、物理干渉が可能なら、やれることはある。倫理規定とやらは基準がない。つまり、解釈次第でどうとでもなる…)


考えを巡らせながら、輝石はオフィスにいる職員たちを見渡した。美琴に用意させた社員名簿の記載と、目の前の彼らを頭の中で正確に結びつけていく。


豪快に腕を組んでいるのは、風神の風間かざま。特技は天候操作だが、今は昔の武勇伝に花を咲かせているだけのおじさんだ。

その隣で胡散臭い笑みを浮かべるのは、稲荷神の紺野こんの。人心掌握を得意とするらしいが、ただ茶をすすっている。

そして、少し離れた小上がりで、キャッキャと囁き合う末端の若手社員(木霊)たち。


(ダメだ。どいつもこいつも、その能力(リソース)を全く活かせていない。当事者意識が欠落している。使い物にならん)


輝石が失望のため息をつこうとした、その時。彼の視線が、部屋の隅に立つ一人の少女に釘付けになった。


プラチナブロンドの髪、碧い瞳。フリルの多い白いドレス。誰が見ても「天使」としか言いようのない、完璧なまでの可憐な容姿。だが、その肩は縮こまり、不安げに俯いている。


――フランス事業部から来たとかいう、カノン、だったか。


見た目だけで、中身は空っぽ。特段のスキルも持たず、まるで使い物にならないと評された落ちこぼれ。


輝石の口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。


「お前」


彼が声をかけると、少女の肩が大げさなほどに跳ねた。


「名前は?」


「ひゃっ!? わ、わたし、ですか!? か、カノン、です…!」


裏返ったアニメ声。怯えきった小動物のような瞳。その全てを確認し、輝石は満足げに頷いた。


「いいな。『理想的』だ」





その日の夕方。多くの人々が行き交う、新宿駅南口。雑踏の中に、ぽつんとアコースティックギターを抱えた少女が立っていた。カノンだ。彼女の足元に置かれたケースに、通行人が訝しげな視線を向ける。


やがて、彼女が震える指で弦を弾き、歌い始めた瞬間――世界の空気が、変わった。


透き通るようで、それでいて魂を揺さぶるような、切ない歌声。それは、まさに天使の歌声だった。


足を止める人々。スマホを取り出し、動画を撮影し始める若者たち。SNSに投稿された映像は、瞬く間に拡散されていく。


『新宿に天使がいた』

『歌声がヤバすぎる』

『この子誰!?』


ハッシュタグはトレンドを駆け上がり、「いいね」の数が爆発的に増えていく。


だが、その奇跡の裏側では。


「――よし、ボーカル担当、そのまま! 感情を乗せて! ダンス担当、腕の振りが少し大きい、もっと繊細に! 梓さん、同期は問題ないか!?」


天界日本事業部の一室で、輝石がヘッドセットマイクに怒鳴っていた。彼の目の前の巨大モニターには、新宿で歌うカノンの姿と、リアルタイムで上昇していく「いいね」のグラフが映し出されている。


その隣では、物静かな巫女・梓が、目を閉じて集中していた。

彼女の能力『憑依』によって、今この瞬間に、別室で朗々と歌い上げる風間と、幻惑の仕草を演じる紺野のスキルが、カノンという「器」に接続(リンク)されている。


歌っているのは風神。その(かぜ)に声をのせて、どこまでも深く豊かに響かせる。

人々を魅了する繊細な仕草は、稲荷神(狐神)の幻惑術。その独特の動きが、観る者を惑わせ認識を「天使」に塗り替える。

そして、人々を惹きつけるMCは、輝石がたった今、即興で考えたものだ。


カノンは、ただそこに立っているだけ。その外面ビジュアルだけを提供する、完璧な操り人形に過ぎなかった。


そして、数曲を歌い終える頃には、彼女の周りは黒山の人だかりとなり、鳴り止まない拍手と喝采に包まれていた。


「いいね」の獲得数は、48時間という期限を待たずして、あっさりと目標値の100万を突破。


天界のコントロールルームに、「おおっ!」という歓声が上がる。輝石は、喝さいをあげはじめた職員たちを冷ややかに一瞥すると、ヘッドセットを外し、深く椅子にもたれかかった。


モニターに視線を向けると、テレビ局の人間らしき男が、必死の形相でカノンに名刺を渡そうとしているところだった。


それを確認すると、輝石は小さく口角をあげた。


「……第一フェーズ、クリアだ」



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