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02. 神理と論理

会議室に響き渡った怒声に、天乃 美琴の肩が小さく跳ねた。

他の職員たちも、恐怖と好奇の入り混じった視線を遠巻きに投げかけている。


神薙(かんなぎ) 輝石(きせき)は、テーブルに叩きつけた資料を睨みつけたまま、荒く息を付いた。だが、すぐに彼はプロのコンサルタントの顔に戻った。鋭い視線が、美琴を射抜く。


「いいですか、天乃さん。あなたは私に仕事をオファーしました。だが、これでは話にならない。交渉以前の問題だ」


輝石は、近くにあったホワイトボードを無言で引き寄せると、どこからか取り出した黒のマーカーのキャップを、ポンッ、と小気味よい音で外した。


「そもそも、だ! 『いいね』とか『日本滅亡』とか、要件がふわっとしすぎている! まずは定義からだ。基準はなんだ!? 明確にしろ!」


彼は、まるでそこがいつもの役員会議室であるかのように、淀みない動きでホワイトボードに巨大なマトリクスを描き始めた。


「第一に、『いいね』とはなんだ? 具体的な定義は!? 誰が、何に、どうやって、それを『いいね』と認識する!?」


矢継ぎ早の質問に、美琴はたじろいだ。


「え、ええっと…それは、地上に生きるみなさんの、ありがとう!! とか、うれしい! とか、すごい! といった、ポジティブな感情が…」


「トリガーは人間の感謝、喜び、感動。なるほど。では、それぞれのエネルギー換算値…。仮に『いいねレート』と定義しましょう。『いいねレート』の違いは? “ありがとう”一件あたりの『いいね』と、“すごい”一件あたりの『いいね』は等価か? 感情の強度による変動は?」


「ええっと・・・それは、その、とても純粋で尊いものなので、一概に数値では…」


「定量データなし!!!」


輝石はホワイトボードに素早くそう書きなぐった。


「これは、酷い…!早急にKPI(重要業績評価指標)の定義が必要だ…! 次! 『いいね』低迷の根本原因は? あなた方の分析を聞きたい。競合、つまり他事業部の動向は? アメリカ事業部やヨーロッパ事業部は、どうやって『いいね』を稼いでいる?」


「『日本滅亡』とは具体的にどういう事態を指す? 物理的な消滅か、概念的な消滅か? 滅亡までのプロセスと、それを回避するための絶対的な『いいね』閾値(しきいち)は!?」


議論は、数分間にわたって続いた。いや、それは議論ではなかった。輝石による、一方的な情報の吸い出しと、構造化のプロセスだった。





数分後。オフィス中から掻き集められた三枚のホワイトボードが、びっしりと細かい文字で真っ黒に埋め尽くされていた。

特性要因図、ロジックツリー、SWOT分析…。天界の住人には理解不能な図式が、彼らの世界の曖昧さを無慈悲に解剖していた。


「……話にならん。前提条件すらまともに定義できていないとは…」


輝石は、最高潮に達した苛立ちとストレスを、ぶつぶつとした呟きに変えて吐き出す。美琴をはじめとする天界人たちは、その鬼気迫る様子を、ただおろおろと見守るしかなかった。


輝石は、自分が書きなぐった情報を睨みつけながら、内心で思考を整理していく。


要は、こういうことか。

天界の存続エネルギーは、人間のポジティブな感情の総量に依存する。

日本事業部は、そのエネルギー獲得量が著しく低下し、事業継続のデッドラインが迫っている。


手渡された資料のデータは不十分だったが、読み取れる情報もある。

この数十年の日本の状況。平均寿命は向上し、経済格差は縮小。治安は改善し、生活は便利になった。数年前とは雲泥の差だ。

こんなに平和で、安全で、便利な国になっているというのに、なぜか人々の満足度は低下し、出生率は下がり続けている。これが、過去と比較して、「いいね」が自然発生しにくくなっている根本原因だろう。


「神薙様…」


困り果てた美琴が、必死にフォローしようと口を開いた。


「私達も、この状況を改善しようと必死なのです…! こちらに記載したように、今は、すべての人々が健やかに、そして穏やかに暮らせるよう、日々、細やかな奇跡をお届けするという施策を…!」


「…言いたいことは、それこそ山ほどあるが」


輝石は、美琴の言葉を遮った。その瞳には、呆れと、そして確信の色が宿っていた。


「そういうことじゃない」


彼は、マーカーの先で、ホワイトボードの中心をトン、と突いた。


「『いいね』低迷の理由と、お前たちの『奇跡』の内容には相関がない。その説明は聞くだけ無駄だ」


輝石の言葉に、美琴だけでなく、遠巻きに見ていた他の職員たちも息を呑むのが分かった。神の仕事を根源から否定する不遜さに、空気が張り詰める。


彼らを一瞥すると、輝石は冷ややかに切り捨てた。


「注力すべきは、“中身”じゃない。その“演出プロモーション”だ!」




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