第九十八話 了承④
「勘違いをしないでいただきたい。元より、仲間になることを了承した覚えはありません」
俺が意図的に『証言』を勘違いさせたのは事実である。だが、俺は一言も黒幕の軍門に降るなど発言をしていない。寧ろ、全て否定をしてきた。
「このっ! クロッマー侯爵様がこれだけ、お心を砕き! 気にかけて下さっているというのに!!」
苛立ちをそのままに、ハリソン伯爵は扉を殴打する。良い様に鬱憤が溜まっているようだ。
「頼んでいません。寧ろ、迷惑です」
俺は事実を告げる。クロッマー侯爵から提示された内容は、酷いものだった。恐喝行為に偽証の強要。『障害』を『利点』と偽り押し付け。更には家族やリベリーナを人質にするということを仄めかした。何処に『心を砕き、気にかけている』という言葉が当て嵌まるというのだ。
クロッマー侯爵が気にしているのは、俺に『証言』をさせることだけである。その為ならば手段は問わないのだ。執拗な勧誘活動は大変迷惑である。この様なことをされて喜ぶのは、ハリソン伯爵しかいないだろう。
「なっ!? 生意気な!!」
「私が『証言』することを了承した際に、『証言』の内容を確認すれば良かったではありませんか? 其方の確認不足では?」
ハリソン伯爵は声を荒げるが、俺が生意気か如何かは論点ではない。勝手に糠喜びしていたのは、クロッマー侯爵とハリソン伯爵である。散々、『証言』をすることを断っていた俺が了承した。何かあると『証言』の内容を確認すれば良かったのだ。詰めが甘い。その不手際を俺の所為にされては困る。責任転換もいいところだ。
「……くっ!? このっ……!!」
『面倒な駄犬』も流石に、俺の回答が正しいと理解したようだ。苦し紛れに扉を激しくて蹴った。俺の思惑通りことが進んでいる。後はクロッマー侯爵が、どの様な反応を示すかだ。
「ハリソン伯爵」
今迄、静観していたクロッマー侯爵が漸く口を開いた。ハリソン伯爵の名を呼ぶ声は嫌に平坦である。
「クロッマー侯爵様っ! 今直ぐに、こいつを従わせてみせますので……」
名を呼ばれたハリソン伯爵は戯言を口にする。幾ら時間をかけた所で、『面倒な駄犬』に俺を説得させることは不可能だ。黒幕にさえ出来ないことを『面倒な駄犬』に出来る筈がない。
根本的にリベリーナに害を及ぼそうとしている者たち、俺が従うことはないのだ。
「いや、もう良い」
クロッマー侯爵は、ハリソン伯爵の言葉を否定した。
「……え? 『もう良い』とは?」
「言葉の通りだ。計画を変更する」
呆けるハリソン伯爵に、クロッマー侯爵は妙に落ち着いた声で話す。如何やら、黒幕も腹が決まったようだ。
「ロイド・クラインには、此処で消えてもらう」
黒幕は計画の変更することを伝えた。




