第九十七話 了承③
「……は……?」
クロッマー侯爵から気の抜けた声が上がる。きっと間抜けな顔をしているだろう。その顔が拝めないことは残念である。
「おや? 如何しました? 先程までは、あれ程喜んでいらしたではありませんか?」
俺は惚けて、衝撃を受けているクロッマー侯爵を煽る。直前までの鬱陶しい雰囲気が四散し、少し呼吸がし易くなった。
「……な、何を言って!!」
予想外のことから、立ち直るとクロッマー侯爵は声を荒げた。如何やら、俺の発言が理解出来なかったようだ。
「私はパーティー会場にて、あなた方の悪行の全てを『証言』することに了承したのですよ」
俺は懇切丁寧に、クロッマー侯爵に『証言』に関して説明をする。
如何やらクロッマー侯爵は、俺が本当に協力すると思っていたようだ。黒幕であるクロッマー侯爵が完全勝利する為には、俺の『証言』が必要になる。全ては『全ての罪をマルセイ第二王子に着せ、リベリーナを再び貶めよう計画』を成し遂げる為だ。
その為には、俺に『卒業パーティーでの件は、全て噓であること』を『証言』させることが必須である。故にクロッマー侯爵は執拗に、『障害』を『利点』と偽り押し付けてきたのだ。
だが、俺がリベリーナを裏切る訳がない。
俺が『証言』すると了承したのは、黒幕に加担することの『証言』ではない。逆だ。ハリソン伯爵とクロッマー侯爵の悪事を『証言』するという意味だ。
何故この様な勘違いをする様なことをしたかと言えば、理由は二つある。
一つ目はクロッマー侯爵とハリソン伯爵に勘違いをさせて、糠喜びをさせる為だ。二つ目はクロッマー侯爵とハリソン伯爵を怒らせる為である。黒幕と黒幕の配下に包囲されている状態で、相手を怒らせるのは危険だ。しかしこの窮地を抜け出すには、必要なことである。
通常ならば、クロッマー侯爵たちの悪行の全てを『証言』することは秘密にしておくべきだ。国王や宰相、他の聴衆が同席する、パーティー会場まで黙っておくのが得策である。自ら相手の悪事を証明すると宣言をすれば、クロッマー侯爵に警戒されるだろう。そして何とかして、それを阻止しようと画策する筈である。だが、今はそれで良いのだ。
「……っ! ロイド・クライン! 貴様っ、裏切るのか!?」
ハリソン伯爵が怒鳴り声と共に、扉を激しく蹴る。全くもって躾のなっていない『面倒な駄犬』だ。
散々、破壊行動を行っているが、この建物は離宮である。王族の所有する物に対しての敬意が一切感じられない。それはそうだろう。ハリソン伯爵にとっては、主人であるクロッマー侯爵以外に敬意を払う人物は居ないのだろう。何故、そこまで従うのか理解することは出来ない。只、哀れであるということである。




