第九十六話 了承②
「……おぉ! 漸く、分かってくれたか!?」
クロッマー侯爵は感極まったように歓喜の声を上げる。それはそうだろう。散々、俺に否定されていたが、漸く了承されたのだ。喜ばない筈がない。
全ての状況を逆転することが出来る俺が『証言』をすると言ったのだ。これで『全ての罪をマルセイ第二王子に着せ、リベリーナを再び貶めよう計画』が成功しとも同然である。黒幕は安泰だ。
「ええ。『証言』しますよ」
俺はクロッマー侯爵の言葉を肯定した。『証言』をするのは本当である。
「やりましたね! クロッマー侯爵様!!」
「嗚呼! これで私は全てを手に入れられる!!」
ハリソン伯爵が大声を出すと、クロッマー侯爵はその声に応じるように大声を張り上げた。無邪気な子どもの様に騒ぐ二人に、煩わしいという感情が湧き上がる。しかし、それを表に出すにはいかない。
「漸く、クロッマー侯爵様の素晴らしさを理解したようだな! ロイド・クライン! 鈍くて愚かなお前には、クロッマー侯爵様の素晴らしさを理解する迄の時間が必要だったのだな!! だが、一応は褒めてやる!!」
興奮した様子でハリソン伯爵は言葉を並べた。とても褒めている内容ではない。如何やら、相手を貶しているというのに、褒めているという認識をしているようだ。流石は黒幕の『面倒な駄犬』である。
「ハリソン伯爵の言う通りだな。ロイド・クライン。君は賢い選択をした。それは大いに評価出来る」
続いてクロッマー侯爵が陽気な声で、俺を褒めた。言葉だけ見れば、ハリソン伯爵よりは幾分真面に聞こえる。だが俺への皮肉な意味が込められているのだ。
『賢い選択』というのは、俺が『証言』をすると了承したこと。そしてそれにより『全ての罪をマルセイ第二王子に着せ、リベリーナを再び貶めよう計画』が成功する。黒幕であるクロッマー侯爵は、自身の手を汚さずに俺へ最大の『復讐』が出来るのだ。
それから『大いに評価が出来る』というのは、俺が黒幕に屈したという最大の皮肉であり侮辱である。俺はリベリーナの無実を証明し、黒幕の計画を頓挫させた。その張本人が、今度は黒幕に『証言』すると了承したのだ。クロッマー侯爵は優越感に酔いしれての発言である。
「喜んでいただけて、嬉しいです」
俺は本心を隠して、彼らの言葉を肯定する。そうしなければ、此処まで黒幕たちを喜ばせる意味がない。しかし嬉しいのは本当だ。
「そうだ! 俺が先輩として、ロイド・クライン。お前の面倒を見てやる! そしてクロッマー侯爵様の素晴らしさを教えこんでやる!!」
「それは良い。ロイド・クラインも、素晴らしい人間になれるだろう!!」
クロッマー侯爵の全てに反抗し、提案を否定していた俺が『証言』することを了承したことに二人は浮かれているようだ。ハリソン伯爵の世迷い言にクロッマー侯爵が賛同する。良い訳がない。ハリソン伯爵が先輩で俺が後輩など、聞いただけでも気分が悪くなる。『面倒な駄犬』に後輩の面倒を見るという高度なことは出来ない。
更にクロッマー侯爵は『素晴らしい人間になれる』と語るが、それはクロッマー侯爵にとって都合の良い『素晴らしい人間になれる』という意味だ。つまりクロッマー侯爵は最低最悪の人間になれると、俺を嘲笑している。
ハリソン伯爵とクロッマー侯爵は、俺の返事が大いにお気に召したようだ。
それは大変宜しい。
「楽しそうで何よりです」
「嗚呼! 最高だ!」
俺の言葉にクロッマー侯爵は、上機嫌で声を張り上げた。
「私も『証言』をするのが楽しみです」
「そうか!! 任せたぞ!」
機は熟した。茶番は此処までだ。
「お任せください。あなた方の悪行の全てを『証言』致します」
そろそろ、絶望してもらうおう。




