第九十話 『計画の主』⑲
「私は只、『証言』をして欲しいだけだ。簡単だろう?」
クロッマー侯爵から『頼み事』の内容が語られる。
「……『証言』ですか?」
俺はクロッマー侯爵の言葉に眉を顰めた。黒幕が此処まで執拗な勧誘を行う『頼み事』が、本当に『単純』で『簡単』な筈がない。そしてそれらは『証言』という言葉に集約されるのだ。『証言』の内容が穏やかなことではないことは確かである。
「そうだ。……だから君は明日に行われるパーティーで、卒業パーティーでの件は全て噓であること。それらはマルセイ第二王子殿下の指示によるものだと証言をしなさい」
「……は?」
クロッマー侯爵は俺にさせたい『証言』について告げた。その内容に思わず呆れた声が、俺の口から漏れる。それはそうだろう。『卒業パーティーでの件は、全て噓であること』を『証言』するということは、俺の今までの努力を無に帰す内容なのだ。いや、無に帰すどころか、クロッマー侯爵の言う通りにすれば全てが無駄になる。そしてリベリーナとマルセイ第二王子は、窮地に追いやられることになるのだ。
それを俺に『頼み事』として『証言』を強要しようとしている。クロッマー侯爵の神経は矢張り異常であるとしか言えない。全てを仕組んだ黒幕だというのに、その罪を他人に押し付けるつもりなのだ。何処までも性根が腐った男である。
「勿論。君が卒業パーティーで提示した証拠品は、全て偽りと噓だということも証言するのを忘れないように。それから君は、マルセイ第二王子に監禁されていたことも証言しなさい。
そうすれば全て上手くいく」
俺の逃げ道を塞ぐように、クロッマー侯爵は『証言』の内容を丁寧に説明する。誰も俺が仲間になるなど一言も言っていない。誘いも断っているというのに、勝手に俺が仲間になるのを前提に話をするのは止めて欲しい。一段と気持ち悪さが増す。
「…………」
吐き気がするような『証言』の内容に、激しい怒りを覚える。それと同時に、クロッマー侯爵の真の目的が明らかになった。
如何やら俺を粘り強く、執拗に仲間になるように誘っていたのは全てこれの為だったのだ。マルセイ第二王子を失墜させ、リベリーナを再び貶めるには俺の『証言』が最適解である。
クロッマー侯爵はリベリーナを再び貶めたいのだ。
しかしそれには俺という存在が邪魔である。俺は卒業パーティーでリベリーナの無実を証明した。その事実を覆すには、リベリーナの無実を証明した本人である俺に『卒業パーティーでの件は、全て噓であること』を『証言』させることである。
他人が新たにリベリーナの罪を証明するよりも、無実を証明した人物が『卒業パーティーでの件は、全て噓であること』の『証言』をする方が有力だ。それにより国王と宰相や、他の貴族たちにも異論を唱え難くなる。
あの卒業パーティーで一度、リベリーナの無実は証明された。それを証明した俺が『卒業パーティーでの件は、全て噓であること』を『証言』すれば、リベリーナの無実を認めた国王や宰相も巻き込まれる。俺もそんな『証言』をすれば、噓を吐いたとして罪に問われるだろう。
だが『マルセイ第二王子殿下の指示によるもの』と俺が『証言』をすれば、全て説明がついてしまうのだ。
クロッマー侯爵は『黒幕』を自身から、マルセイ第二王子へと挿げ替えるつもりである。
相変わらず悪知恵は働く者だ。




