第九話 追撃⑥
「……は? 何を言っているの!? これはリベリーナ様のロッカーよ! ネームプレートにもそう書いてあるじゃない!」
エマは呆れたように、ロッカーからネームプレートを取ると掲げた。確かに彼女の手にあるネームプレートには『リベリーナ』の文字が存在しているが、それは何も問題ではない。
「このロッカーは一つの箱を分割し、更にネームプレートは外れやすい造りです。ですから……持ち主が誰か分かるように、ロッカーの内部に名前が彫られているのをご存知でしょう?」
「……っ!? そ、それは……」
特殊な造りのロッカー故に、ロッカーの内部には名前が彫られているのだ。これは入学時に説明があったが、エマはそのことを忘れているようだ。因みにロッカー内部の名前は木の板で隠されている。
念のために王太子とイリーナの様子も伺うが、エマと同様に驚いた顔をしている。つまり誰もロッカー内部の名前には気が付いていなかったようだ。これでよく断罪など起こす気になるものだ。
「それでは、バルボさん。ロッカーの名前を確認してください」
「……っ」
「何か不都合でも?」
「ないわよ! 確認するわよ!! すれば良いのでしょう!?」
俺の指示に苛立ちを見せたが、エマはネームプレートが外された『リベリーナ様のロッカー』の内扉の木の板をスライドさせた。
本来この作業は俺が行うのがスムーズだが、聞き分けが悪い人間には証拠を自分の手で見つけるのが効果的である。
「……なっ!? な、なんで……」
「如何かしましたか? さあ、そのロッカーの真の所有者の名前を述べてください」
エマは驚きの声を上げているが、それは想定通りである。そしてロッカーの所有者の名前を告げるようにと促す。
「……くっ、ル、ルイズ・ハーバレント王太子殿下です……」
「すいませんが、もう少し大きな声でお願いします」
予想通りの名前が告げられたが、彼女の声には先程までの勢いがない。相手に非があると思い、責め立てる時は五月蠅い程に大声だった。それが不都合な事実に遭遇した途端に、その事実を隠すように小声になるのは卑怯である。
逃げられると思うなよ。俺はわざとらしく声量を上げるようにと指示を出す。
「ル、ルイズ・ハーバレント王太子殿下のロッカーです!」
「ぼ、僕は知らないぞ!! 愛するイリーナのドレスを僕が破るなんてことするわけないだろう!?」
ロッカーの所有者の名前が大声で告げられ、周囲に驚きと衝撃が駆け巡る。勿論、俺の後ろに居るリベリーナからも息を吞む気配が伝わる。王太子は狼狽しながらも弁明を述べた。
「そうだわ! 王太子殿下がイリーナ様の物を壊すなんてなさる筈がない! そもそもこのネームプレートが入れ替わっていたのが悪いのよ!」
「嗚呼、それは……4日前の夕方に王太子殿下とリベリーナ様のネームプレートが落ちていて、私が掛け直したからですね」
エマは王太子を擁護するように言葉を重ねる。ネタ晴らしをする。俺は4日前の夕方に王太子殿下とリベリーナ様のネームプレートを『間違えて』掛け直してしまったことを告げる。
「クライン! 貴方!!」
「何か? 『クラインだって人間だから間違うのではないかしら?』そう先程、バボラさんは仰いましたよね? 私は人間でうっかり間違えてしまっただけですが? 何か問題がありますか?」
エマは怒り心頭という様子だが、俺は先程受けた屈辱を倍にして返す。きっと揚げ足を取り、優越感に浸っていただろう。だが俺はリベリーナの冤罪を証明する証拠をあしらわれ、なかったことにされそうになったことを決して忘れていない。
「ひ、卑怯よ! こんなことをして!」
「私は只、ネームプレートを掛け間違えただけですよ? それに貴女はそのロッカーについて『事件後、直ぐに王太子殿下が証拠として確保し保存なさったわ! つまりクラインの小細工は通用しない』と発言しています。私が触れたのは事件発生前、犯人が触れる前です。何が卑怯なのですか?」
苦し紛れに幼稚な文句を叫ぶ彼女を正論で捻じ伏せる。数分前の自身の発言ぐらい覚えていて欲しいものだ。
「だって……」
「それに卑怯というのならば、破られたドレスがリベリーナ様のロッカーから出てきていた際には非難し犯人だと決めつけた。しかし破られたドレスが出てきたロッカーが実は、王太子殿下のロッカーだと分かった途端に王太子殿下を庇う方が卑怯ではありませんか?」
再びエマの発言を使い、責め立てる。自身から紡がれる言葉に感情は乗らない。只の業務内容を伝えている時のような気分である。
「だったら……誰が犯人だって言うのよ!?」
「分からないのですか? リベリーナ様を犯人に仕立て上げ、王太子殿下からの寵愛を確実なものとし、この場で一番、得する人物が居るじゃないですか」
思考を手放したエマが吠える。何故こうも自身で考えることを忘れ、他者に答えを求めることが出来るのだろう。
答えは実に簡単明瞭である。
「そうですよね? イリーナ・フォロン子爵令嬢?」
俺はイリーナへと人畜無害な笑みを向けた。
 




